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スカウスハウス・ツアー ニュース エッセイ&レポート

ESSAYS & REPORTS

このページでは、実際にコンサートをご覧になった方々から寄せられた感想やレポートをまとめて掲載しています。
(初出はすべて、スカウス・ハウス発行のメールマガジン「リヴァプール・ニュース(News of the Liverpool World)」です)
「スカウスハウス・ツアー」参加者のほか、東京在住のリヴァパドリアン Tim さんからもご寄稿いただきました。
みなさんに感謝いたします。ありがとうございました!


「38年目の “ポール、ありがとう” 」 / Chieko

 “ポール、リヴァプールでコンサート” のニュースが届いた途端、昨年の東京ドームでの感激の余韻が残る私は、行きたい、と思いました。そしてそれからは、リヴァプールでポールを観たい、絶対行く、と日々思いが募ってくるばかりでした。
 13才でビートルズを知り、以来38年、途中結婚に育児と脇目をふった瞬間もありましたが、ただひたすら彼等を思い続けてきた自分自身に、この辺で何か報わせてやりたい気持ちだったのでしょう。

 6月1日、キングス・ドックで私の夢は叶えられました。
ポールとの距離わずか7,8メートル。初めて自分の目でしっかりポールを見つめることができたのです。何しろ東京ドームでは、小さい私は、背伸びして頭と頭の間からやっと垣間見るという、その動作にも疲れ、結局はスクリーンのポールを見ることしかできなかったのですから。
 コンサートは、云うまでもなく最高でした。ホーム・グラウンドならではの、ポールと観客との一体感は、日本では味わうことができなかったものです。ポールも心からリラックスしていてうれしそうで、何より会場の皆と一緒に楽しんでいるのです。

 故郷ってこんなにいいものなんだと、何故かこのコンサートで実感しました。私もリヴァプール人だったらどれ程よかったかとつくづく思ったものです。
 8時にスタートした時は明るかった空も、いつのまにか暗くなり、熱くなった私の気持ちを静めてくれるようなマージー河からの心地良い風を感じた頃、ステージもそろそろ終わりに近づく気配となりました。
 ビートルズ・ソングを歌うポールを、少し冷静になった目で追ううちに、彼等に支えられてきた自分の人生を思い浮かべました。

 思わず私は、“ポール、ありがとう” と叫んでいました。

 大喚声の中、私の小さな声はすぐにかき消されてしまいましたが、きっとポールに伝わったと信じ、ステージを去るポールに、とても清々しい気分で手を振ることができました。

 もっとコンサートのことを思い出そうと考えてみたのですが、やはり夢中だったのですね。曲名も満足に思い出せません。
 今回、チケットの手配から現地でのお世話をしてくださった Kaz さんご夫妻、そしてご一緒して下さった皆様に心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。

(「リヴァプール・ニュース」第104号に掲載)


コンサートの感想 / Hiro

無事に帰国しましたー!
初日はきっとどこにも行けないだろうな〜と思っていたのに一緒に散策することができたし、忙しい旅でしたが、充実した内容でした♪

(中略)
さて、イギリスについての感想...
現地について、意外に暖かく、日が長かったのに驚きました。
おかげで2泊4日という強行スケジュールの旅でも明るいうちに観光がたくさんできました。

それから、イギリス人が割といい加減であるということ。クソマジメ(失礼、言葉が悪いですね。)な国民かとイメージしていましたが、案外そうでもありませんでした。
ポールのコンサートは...
屋外のコンサートはいいですね!
会場前の待ち時間、サウンド・チェックでローマ公演で歌ってる"Volare"(ビールのCMでおなじみ)が聴けたのはイタリア好きの私には大収穫。
ツアー延期からいつのまにか抹消されてしまったオーストラリアの人、日本人もたくさんみかけたし、他にもいろんな国の人いてお祭りみたいでした。こんな特別な会場に一緒にいるというだけで感動でした。
最後に、私は2泊4日という強行スケジュールでしたが、充実した旅になりました。
もちろんポールのコンサートを観れたのが1番ですがスカウスハウスのスタッフ、そして参加されていた皆さんのおかげで限られた時間を有意義に過ごすことができました。
ツアー参加者にはリアルタイムでビートルズを知っている方もいて、羨ましかったです。
当時の映像で失神してるファンが映ってたりしますよね。ポールのコンサートだけでもすごいのに4人揃っちゃったらどんななんだろう?...やっぱり失神しちゃいそうですね(笑)

スカウスハウスの手配してくださる現地ツアー、Kazさんの案内とても良かったです。後ろ向き歩きの技(!?)も。

御勧めのフィッシュ・フライが唯一のご馳走でまともなものを食べれませんでしたが、知人が先日ロンドンへ行き「おいしい中華を食べてきた」というのを聞いて...悔いはありません。
今度行くときは、皆さんが食べておいしかったというパエリアのお店を聞いて行ってみようかな?

次回はいつになるかわかりませんが、Kazさん、また宜しくお願い致します!

旅行の感想といっても、なんだか考えがまとまらないので思い付くままになってしまいました。

では、また!

(「リヴァプール・ニュース」第105号に掲載)


「行ってよかった、リヴァプール」 / Aya

我ながらネガティブな発想だと思うのですが、過去三度のポールの来日公演に行く度こう思ったものでした。
「ポールに会えるのはこれが最後かもしれない」と。
当然、昨年11月の日本公演の時もそう思ったわけでして、そんな私が約半年後にリヴァプールでポールのライヴを観ることになろうとは…。全く夢にも思いませんでした。

行くと決めた時からもう楽しみで楽しみで、それこそ「こんなチャンスは最後かも」と思いました。休みを取るために仕事もバリバリこなしました。大好きなロンドンにも寄ると決めたので、楽しみは否が応でも増し、出発までの間、本当にグチひとつこぼさず仕事をしたものでした。

ロンドンに3日間滞在した後(この滞在中にポールに子供ができたことを知りました)、列車でリヴァプールに移動、ツアー参加者の皆さんと合流しました。初めて会う方々なので、やはりちょっと緊張していたのですが、すぐに皆さん本当にビートルズが好きなんだなぁとわかり、勝手に親しみを覚えてしまいました。

さて、肝心のリヴァプールでの日々についてですが、一言で言うと本当に中身の詰まった3日間でした。リヴァプールはどこへ行っても彼らの足跡が残る街。あそこもここもと行きたい所は限りなく、もちろんいい意味でですが、結構なハードスケジュールでした。
リヴァプールは2度目だったのですが、その時はちょっと立ち寄った程度だったので、本格的にリヴァプールを堪能するのは今回が初めてだったんですね。前回はここに来れたということだけで満足してしまってて。今回は効率よく行きたい所に連れて行ってもらえて本当にうれしかったです。

一番感動したのは、ウールトンのセント・ピーターズ教会でした。ジョンとポールが出会ったこの場所こそがすべての始まり。その出会いにはすべてのビートルズファンが感謝しているはずですよね。ここで二人が出会ったその時にしばし想いを馳せ、私もなんだか胸が詰まるような想いでした。
こんな殊勝な気持ちになれるのもこの街だからこそ、ですね。

彼らの住んでいた家、行きつけのパブ、演奏していたライヴハウス、たとえそのまま残っていなくても、彼らがもしここに立てば懐かしく思うはず。そう思うと、本当にすべてのものがいとおしくなってくるんです。
ビートルズファンなら、みんなこんな気持ちになるのでしょうか。
初めての場所なのに、不思議ですね。

そして、今回最大の目的、ポールのライヴ。
私にとって、この日はイギリスで過ごす最後の夜でもありました。
ノンリザーブエリアだと聞いた時から、果たしてどれ位のサイズのポールが見られるのかが最大の関心事でした。またまたネガティブ志向がむくむくと頭をもたげてきて、「最悪、フィルムコンサート状態かもしれない。でもリヴァプールでポールの生声が聴けるだけでよしとしよう」なんて考えていました。

それがなんと、ポールの表情まで肉眼ではっきり見える程のベストポジションをゲット。「こんないい位置にいていいの!?」って感じでした。
もちろんそのためには早くから並びましたが、待っている間にも本番に向けてのサウンドチェックが聴けて、かえって気持ちが盛り上がりました。ライヴで演らない「C MOON」なんかも聴けましたし。
ライヴはもちろんサイコー! 周りの観客に押され、前に立つ背の高いおじさん・おにいさんに腹を立てながらも、ちゃんとポールは見えました。こんなに近くでポールを見たのは初めてで、しかもここはリヴァプール。私にとって、本当に特別な思い出になりました。

そしてポールを見ていると、彼は本当にライヴが好きで、ジョンが好きで、ビートルズや家族や、私達ファンを大切に思ってくれているんだと感じました。
それがなによりうれしくて、私にしては珍しく、「絶対にまたポールに会いたい」とポジティブな気持ちが芽生えてくるのでした。
これはもうリヴァプール・マジックです。

本当に行ってよかった!もうそれだけです。
ポールにはまだまだ元気でがんばってもらって(子供も生まれることですし)、また会える日を楽しみに私もがんばっていきたいです。

最後に、今回の企画・手配・案内をしていただいたKazさんはもちろん、いろいろと親切にしてくださった参加者の皆さんには、本当に感謝、感謝です。ありがとうございました。
そして、リヴァプールの街にも、ポールにも、心から感謝します。

いつの日か、また会いましょう、ゼッタイに!!

(「リヴァプール・ニュース」第106号に掲載)


「 Paul McCartney Concert 」 / Tim

6月1日、ポールが故郷のリヴァプールに戻って来てコンサートをやってくれた。そしてそれは、僕のこれまでの人生の中で、まったく体験したことのないような出来事になった。

勘違いされると困るんだけど、僕がポールを観たのはこの時が初めてではないよ。去年、東京ドームに行ってるからね。
あのコンサートは、僕が観て来た中で最高のものだった。その時点では、ってことになるけど。
僕が大好きなビートルズの、ジョンと同じくらいの大天才が(あんまりみんなそう思ってないみたいだけど、それはポールがまだ死んでないせいなんだろうね)、今目の前で歌っているんだってことが、何だか信じられない気持ちがした。

リヴァプールでのギグも、東京とよく似ていた。プレイ・リストはほとんど同じだったからね。でもそれはそれで全然構わない。あれほどのクラシックを聴き飽きるなんてこと、あるわけがないものね。
もちろんポールは、1曲か2曲、リヴァプールのために特別に増やしてくれていた。でも、そんなことは大した違いじゃない。何が特別だったかって、それは、リヴァプールだったってことだ。ホームだったってことだ。リヴァプールのスカイラインを背景にした、マージー河のバンクだったってことだ。おまけにコロコロ変わりやすいことで有名なブリティッシュ・ウェザーまでが、我々に特別な贈り物をくれた。そう、ビューティフルな天気だったんだ。

個人的にも、本当に特別なコンサートになったんだ。
僕は今日本に住んでいるんだけど、それは久しぶりの里帰りの、最後の晩だったんだ。そして僕の横には、家族がいた。母と父、兄、妹、そしていとこも一緒だったんだ。言葉もないくらいに感動的で、忘れられない思い出になった。

会場では早くから、有名なフットボールのチャントの替え歌で「マッカズ・カミング・ホーム」が歌われた。実にフットボール・クレイジーの街らしくね。
そして故郷に帰って来たマッカは、とても嬉しそうだった。それは誰の目にも明らかだった。
プレイ・リストをここに書き出してもいいんだけど、あんまり意味があることだとは思わない。
このコンサートが特別なものになったのは、ポールが何を歌ったかなんてことじゃなくて、アトマスフィアがとにかく最高に素晴らしかったせいなんだから。
ビューティフルな春の日のリヴァプールは、世界のどことだって張り合うことができる。でも、それにポール・マッカートニーのライヴまで付いてるんだから、もう最強だ。どの街が束になって来ようが敵いっこない。
僕は次の日に、日本へ飛ぶブリティッシュ・エアウェイズに乗った。周りはコンサート帰りの人ばっかりだった。コンサートのTシャツを着てないのは、僕だけなんじゃないかって思ったくらいだ。で、みんなは口々に、どんなに素晴らしい体験だったかとか、どれほど温かく歓迎されたかを話してくれた。僕はすごく嬉しかったし、誇らしい気持ちになったよ。もしあなたが、それがどういうことなのかを知りたいと思ったら、ぜひ飛行機に飛び乗って、行ってみてほしい。リヴァプールを体験したあなたは、きっと、ビートルズのユーモアや才能をもっと理解することになるはずだよ。彼らがなぜああいう歌を歌ったか、彼らが何者で、なぜあそこから出てきたのか、ってことをね。
コンサートのパフォーマンスで証明してくれたように、ポール・マッカートニーは今でもこの街をとてもとても愛している。きっと、あなたもそうなるはずだよ。

あの夜のコンサートは、オーディエンスに配られたカードが有終の美を飾った。
そこには、「心はいつも故郷に」と書かれていた。
それはまったくの真実だと思う。ポール・マッカートニーにとっても、そして僕自身にとっても。

(原文は英語―日本語訳:Kaz)

(「リヴァプール・ニュース」第113号に掲載)


「ポール・マッカートニー・イリュージョン」 / Kaz

6月1日、リヴァプールのキングズ・ドック、ポール・マッカートニーのホームカミング・コンサート。
午後8時すぎ、快晴の空はまだまだ明るいが、プレ・ショウが始まった。
日本公演で観たのと同じものだけど、間近で観るとやはり迫力があった。大勢のパフォーマーたちが、ありとあらゆる奇抜な出で立ちとダンスで、摩訶不思議な空間を作り上げる。僕の周りのリヴァパドリアンたちは、皆興味深そうに見守っている。折り畳まれて箱詰めにされた少女が出てきた時には、やはりものすごく驚いていた。

日本で観た時、このプレ・ショウは、我々の住むこの世界の多様性を表現しているのだな、と思った。異なった民族や文明同士の衝突と、それらが融合し調和する様子を描いていて、つまりそこにメッセージが込められているのだな、と。
しかし今は、プレ・ショウが進むにつれて、なんだかそういうのとはちょっと違うような気がしてきた。
これは、イリュージョンを表現したものではないだろうか。いや、イリュージョンの予告編と言うべきだろうか。我々はこれから、幻想の世界へと連れて行かれようとしているのだ。

予告版イリュージョンの盛り上がりがピークに達した瞬間に、本物のイリュージョンが始まった。
ポール・マッカートニーという世界で最も愛されるポップ・アイコンと、3万5000人のエキサイティングな群集が紡ぎだす、壮大なイリュージョンだ。
しかしその中心にいるポールは、とてもリラックスしていて、とても楽しそうで、そしてとても饒舌だった。

「ハロー、リヴァプール。ホームに戻って来れて嬉しいよ」
「本当にここは特別だ。俺たち、モスクワとかローマとかでも演って来たけど、でもやっぱりここだ、リヴァプールだぜ!」
「みんな、楽しんでる? リヴァプールの外から来てくれてる人もたくさんいるよね、ちゃんとわかってるって。今マージー河のそばにいるみんなひとりひとりに、アイ・ラヴ・ユーって言いたいな」
「オーケー、まあ落ち着いて、落ち着いて。ゆっくりやるからさ」
「おいおい、ちょっと待ってくれる? メッセージを書いたボードをいっぱい掲げてくれるのは嬉しいんだけどさ、でも考えてみてよ。こっちは一生懸命コードや歌詞を考えながら歌ってるんだぞ。ひとつひとつ読んで応える余裕なんてないんだって。どれ、ナニナニ、何て書いてあるのかな、なんてやってたら、歌がムチャクチャになってしまうよ。こんなふうにさ…(即興で歌う)」
「もうすぐキャピタル・オブ・カルチャーが決まるね。でもさ、リヴァプールはキャピタル・オブ・ユニヴァースだよな!」
ポールは、リヴァプールの思い出についてもたくさん語った。
「ガンビア・テラスのことを思い出すなあ。あそこにはジョンとスチュが住んでいて、僕もよく遊びに行ったよ。レコード・プレイヤーが置いてあってね、2日酔いのへろへろ状態でスイッチを入れるとさ、こんな音楽が鳴り出したもんさ…」
間髪入れず、ポールのシャウトが炸裂した。僕の耳たぶもハートも、ビリビリと震えた。
“Weeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeell, Come into this house, Stop all the Yackey yak !! ...”
もちろん、リヴァプールのオーディエンスも全然負けていない。
拍手や歓声や手拍子だけでなく、曲の合間にフットボール式のチャントが幾度となく自然発生するのだ。
“Football's Coming Home” の替え歌で、“Macca's Coming Home” がものすごいヴォリュームで歌われる。まるでフットボール・スタジアムにいるような気分だ。

青空から夕暮れ、そして夜の闇へと、徐々に色を変化させていく空もまた、このイリュージョンに参加しているようだった。
面白かったのは、ポールが「ロンリー・ロード」歌っている時だった。ずっと快晴だった空が、突然曇り始めたのだ。そして曲が終わる頃には、ポツリポツリと雨まで落ちてきた。
北中米や日本では、この曲の後に来るのは「ドライヴィング・レイン」だった。ということは、もしかするとリヴァプールの空はステージの演出を考えてわざわざ雨を降らせたのかもしれないなあ、すごいなあ、と勝手に感心する僕。
しかし今年のヨーロッパ公演からは、「ドライヴィング・レイン」は確かカットされているはずだ。案の定ポールは、さっさと「ユア・ラヴィング・フレイム」を歌いだしてしまった。
「あれ? なんだよお、せっかく苦労して雨雲を用意したのによお」という声が空から聴こえたような気がして、しゅるしゅるしゅると雨はあがって行った。
僕はひとりでクスクスと笑った。

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故郷リヴァプールでのコンサートといっても、ポールも観衆も特別に感傷的になるわけではなく、ハッピー・モードで演奏が進んで行く。みんな、まるでホームパーティーのようにリラックスしている。

アコースティック・ギターを抱えたポールを残して、バンドがステージを降りた。
ここからは、ポールと我々だけの時間だ。まるでポールと一対一で向かい合っているような、親密な空気が流れる。
ジョンに捧げる歌「ヒア・トゥデイ」が、そして、ギターをウクレレに持ち替えてジョージの曲「サムシング」が歌われる。
ポールの顔は、今にも泣き出しそうだ。
ポールも我々も今、それぞれの心の中にいるジョンやジョージを想っているのだ。あるいは、生きることのはかなさ、切なさ、そして美しさに思いを巡らせている。
涙をこらえながら何とか最後まで歌いきったポールが、いつものようにおどけたヴァージョンの「サムシング」を披露した。会場に笑いと安堵のため息がもれる。

さらに続けて、「リンゴには何もないの、って言うんだろう? ちゃんとあるよ」とポールが言って、「イエロー・サブマリン」が始まった。いつの間に揃ったのだろう、バンドでの演奏だった。
チヴァッセ・パークに置いてある「イエロー・サブマリン」(本物の潜水艦だ)がスクリーンに大写しになると、大喝采が起こった。
ショート・ヴァージョンだったけれど、効果は充分だった。これでハッピー・モードが完全に戻って来た。
ポールは、このリヴァプールだけで特別に披露する「サプライズ・ソング」を約束していた。
コンサートに足を運んだ誰もが、どの曲かとあれこれ思いを巡らせていたことだろう。でも、おそらく予想できた人はほとんどいなかったのではないだろうか。
リヴァプールのトラディショナル・ソング、「マギー・メイ」だったのだ。意表をつかれたけれど、なるほどこの手があったかと感心する。
バックの巨大なスクリーンに、リヴァプールの名所やポールゆかりの地の写真が次々に映し出される。これが大いに受けた。写真が替わるたびに大歓声が上がる。みんなポールそっちのけで勝手に盛り上がっている。お馴染みの風景ばかりなのに、いや、だからこそなのか、後から考えると自分でも不思議なくらいに僕も興奮してしまった。
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コンサートの中盤では、数曲毎にバンド・メンバーがひとりずつ自己紹介をする。
エイブは景気付けの雄叫びを上げ、ラスティはいつものようにオーディエンスの写真を撮り、ウィックスはダブリンで買って来た巨大なギネス・ハットを被り、ブライアンは照れながらリヴァプールにお礼を言う。
最後のブライアンが喋っている時、あの大きなエイブがドラム・セットに座ったまま泣き崩れているのが見えた。ブライアンもポールも気がついていない。横のウィックスが立ち上がってそっと歩み寄り、エイブを抱きかかえる。エイブはそのまま、ブライアンの話が終わるまでウィックスの胸で泣き続けた。とても、とてもいいシーンだった。

コンサートは、クライマックスの連続だった。いや、最初から最後までクライマックスだったような感じもする。

「バンド・オン・ザ・ラン」には、カッコいいイントロがついていた。
「バック・イン・ザ・USSR」では、全員がシャウトした。
「メイビー・アイム・アメイズド」でのポールは、やはりアメイジングだった。
「レット・エム・イン」では、マッカートニー・ファミリーの名前が歌われた。
「バースディ」では、後のおばちゃんが僕の両肩を掴んで思い切り揺さ振りながら、「今日はあたしのバースディなの!!」と叫んだ。
「ヘイ・ジュード」では、曲が終わってもオーディエンスの歌は延々と続いた。
アンコールの「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」あたりになると、僕はもうボーっとなっていた。

2回目のアンコールでポールは、「アイ・ロスト・マイ・リトル・ガール」を歌った。
これも「サプライズ」のひとつになるだろう。ポールが少年時代に初めて作った曲だ。
10年前のワールド・ツアーでセット・リストに入っていた曲だが、その時はリヴァプールでのコンサートは行われなかった。
原点とも言える曲だからやっぱりリヴァプールで歌っておきたかったのかな、と思った瞬間、別の考えが浮かんだ。
ポールは今、お母さんに向けて歌っているのではないのだろうか、ということだ。
14歳で母を亡くしたポールは、ギターを手に入れ、悲しさを紛らわすように音楽に没頭するようになったという。そして出来た曲が、この歌なのだ。
ちょうどこの日の午前中に、ポールが少年時代を過ごしたフォースリン・ロードの家を見学した。
40年以上前、あの狭い自分の部屋で一生懸命ギターを練習するポールの姿を想像した。
「リトル・ガール」は、お母さんのことなのかもしれないな、と思う。

歓喜の渦と大きな花火とともに、コンサートは終わった。

コンサートの翌日、ロンドンのパブで呑んでいる時に出た話だ。
ポールはもうすぐ61で、でもあんなに元気だし声もすごく良く出るし、3時間近くも何万人ものファンを熱狂させるコンサートを世界中を回ってやっている。特に昨日のリヴァプールはものすごいコンサートだった。信じられない、これはいったいどういうことなのだろう、という疑問がみんなの口から出て、ああでもないこうでもないと、その場は盛り上がった。
確かに、とても人間業とは思えない。
いや、あのステージの上のポールを、我々と同じ人間だと思ってはいけないのだ、たぶん。
あれは、イリュージョンなのだ。
ポール本人に、ファンタスティックなポップ・ソングと、我々ファンの巨大な思い入れを投影して創り出された、イリュージョンなのだ。
そして今回はもうひとつ、リヴァプールというマジカルなファクターが加わっていたわけだから、もうほとんど奇跡と言っていいようなコンサートだったのかもしれない。
ん?奇跡? 
奇跡かあ…ポールに大笑いされてしまいそうだな、こんなこと言ってると。

(「リヴァプール・ニュース」第105, 107, 108号に掲載)


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