「スカウス・ハウス」発行のメールマガジン
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リヴァプール・ニュース News of the Liverpool World No. 130
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2003年12月30日発行
http://scousehouse.net
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◇◆INDEX◆◇
●フロム・エディター
●リヴァプール・ニュース <2003年12月23日〜12月30日>
●「ベスト・オブ・NLW」(2003年・前期)
●スカウスハウス・ニュース / 「お休みのお知らせ」 「留学生募集中」
「ビートルズ・ガイドツアー」 「スカウスハウス・ツアー」 「原稿募集中」
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●フロム・エディター
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今年最後のNLWです。
年末年始ということで、2003年の総集編を作ることを思い立ちました。
今年1年のリヴァプールを振り返ってみるのも面白いんじゃないかと思ったのと、
それからええと、「手抜きができるなあ」という魂胆もやっぱりちょっとありました。
まあとにかく、題して「ベスト・オブ・NLW」です。
今週と来週の2週間、前期と後期に分けて10本ずつ、「新しくないニュース」を
お届けします。
ちょっと長いですが、「そういえばこんなこともあったなあ」なんて言いながらお付
き合いいただければ嬉しいです。
今数えてみたら、この第130号を入れて、今年は48のNLWを発行したことに
なります。
結構ヒヤヒヤしたこともありましたが、何とか1年間無事に発行を続けることが
できました。
ご購読いただいているみなさんのおかげです。ありがとうございます。
2004年もどうぞよろしくお願いいたします。
よいお年を。
Kaz (30/12/'03)
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●リヴァプール・ニュース <2003年12月23日〜12月30日>
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12月23日(火) ---------------------------------------------------
【プレミアシップ 03−04】
イングランド・プレミアリーグの結果です。
土曜日に、ホームにレスターを迎えたエヴァトンは、3−2で勝ちました。
オウン・ゴールで1点を先制した後に2点を取られて1度は逆転されながらも、
再逆転しての勝利です。
“ティーンエイジ・スター” Wayne Rooney はベンチ・スタートでしたが、60分に交
代出場し、71分に見事に同点ゴールを決めています。
決勝点を決めたのは、Tomasz Radzinski (79分)でした。
試合後の David Moyes 監督の話です。
「(ルーニーを先発させなかったことについて)彼をベンチに置いたのは、彼にの
しかかっているプレッシャーや期待を軽くしようと考えたからだ」
「昨シーズンのような仕事をしてくれるようになるのも、もうすぐだろう。チームの
勝利やドローに貢献してくれるはずだ」
「今日の表情や動きを見ていると、最近にないくらいに楽しんでいたね」
「今日は交代がうまく行ったね。うまく行く時もあり、行かない時もある。でも今日
はいい方に転んだね」
同じく土曜日、アウェイでウォルヴァーハンプトンと対戦する予定だったリヴァ
プールの試合は、モリニュー・スタジアムのピッチ・コンディションの不良のため
に、延期されました。イングランド中部を襲った豪雨の影響でした。
延期を決めたのはレフェリーの Barry Knight で、試合開始の1時間半前のこと
でした。
ウルヴズのチーフ・エグゼクティヴは、試合開始までにはピッチを回復できたの
に、と悔しそうです。
「レフェリーにとって難しい決断だったことは理解できる。しかし、これ以上雨は
降らないという予報だったからね。あの時点では、ゲームをするのは不可能だ
と判断されても無理はないが、しかし私は、キック・オフの3時までには何とかプ
レイ可能な状態にすることができたと思うよ」
「誰にとっても、がっかりな結果だ。特に、わざわざこのゲームのためにモリ
ニューに来てくれた3万人近いサポーターたちにとってはね」
「誰もが試合を望んでいた。どっちのチームにとっても大きなゲームだったから
ね。オフィシャルがもうちょっと待って、もう少し調査の時間を取ってくれていた
ら、あるいは違った結果になっていたんじゃないかと思う」
「だが、私がどうこう言っても仕方がないことだね。それはよく分かっている。判
断を下すのはレフェリーで、我々はそれに従わなければならない」
試合の中止を決めたレフェリー Barry Knight は、こう話しています。
「難しい決断でも何でもありませんでしたよ。ボールが転がらないんですから。
予報でも雨が降るってことでしたしね」
「ゲームの中止の判断を下すのは、いつだってタフなものです。ですが今日に
限っては、他のオプションは全く存在しませんでしたね」
12月29日(月) ---------------------------------------------------
【プレミアシップ 03−04】
イングランド・プレミアリーグの結果です。
26日に行われた第18節で、ボルトンをホームに迎えたリヴァプールは、3−1
で快勝しました。
ゴール・スコアラーは、Sami Hyypia (30分)、Florent Sinama Pongolle (47
分)、Vladimir Smicer (54分)でした。
同日、アウェイでマンチェスター・ユナイテッドと対戦したエヴァトンは、3−2での
敗戦でした。
ゴール・スコアラーは、Duncan Ferguson (90分)でした。13分に入った1点目
は、ユナイテッドの Gary Neville によるオウン・ゴールでした(13分)。
試合後の David Moyes 監督の話です。
「今日のうちは良かったが、勝ちに値するほどではなかったということだろう。
2−1にされて、うちはハードにプレイした。あの時に追いつかなければならな
かったね。だが逆に決定的な3点目を入れられてしまった」
「パスワークはとても良かったと思う。すべての競り合いに勝てるわけではない
ことはみんな知っているが、それでも我々は奪いに行った。いつも感じるギャッ
プを、かなり埋めることができたと思う」
「マンチェスター・ユナイテッドにアウェイで勝ちたかった。よくやったとは言えな
いよ、負けたんだから。勝つことが仕事だからね」
12月30日(火) ---------------------------------------------------
【プレミアシップ 03−04】
イングランド・プレミアリーグの結果です。
27日に行われた第18節で、バーミンガムをホームに迎えたエヴァトンは、
Wayne Rooney (69分)のゴールにより、1−0で勝ちました。
同日、アウェイでマンチェスター・シティと対戦したリヴァプールは、2−2で引き
分けました。
ゴール・スコアラーは、Vladimir Smicer (66分)と Dietmar Hamann (80分)で
した。マンチェスター・シティのゴール・スコアラーは Nicolas Anelka (30分・PK)
と Robbie Fowler (90分)で、どちらも元リヴァプールのストライカーです。特に、
アンフィールドのヒーローだったファウラーのゴールは、終了間際の劇的な同点
弾となりました。
試合後の Kevin Keegan マンチェスター・シティ監督の話です。
「ロビー・ファウラーと契約してから、多くの人が彼に非難を浴びせて来た。しか
しみんな見落としているんだ、彼のフィットネスが万全でないことをね」
「だが彼はじゅうぶん働いてくれているよ。何も18の頃のように走ってほしいと
思っているわけじゃないからね。誰もが彼に、ゴールを決めてくれるというイ
メージを持っている。自信やフィットネスを失うプレイヤーは多いが、ワールド・
クラスのストライカーなら、そんなことは関係ないものだ」
「前半の我々は相手を圧倒していた。でも、あそこで2点取っておかなければな
らなかったようだね」
12月29日現在のリーグ順位は、リヴァプールが26ポイントの6位、エヴァトン
が23ポイントの11位です(順位は暫定)。
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●「ベスト・オブ・NLW」(2003年・前期)
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1月30日(木) ----------------------------------------------------
【35年前の訪問】
35年前、まだオリジナルの姿だった Cavern Club に、Paul McCartney が突然
やって来たことがあるそうです。
1968年の10月25日の正午ごろ、まずポールがひとりでやって来ました。
「これからウィラルの Ruth (異母妹)のところにレコード・プレイヤーを持って行
くところなんだけど、その後で Linda と一緒に寄ってもいいかな」
とポールは言いました。キャヴァーンのオーナーの Alf Geoghegan が、
「じゃあその時に写真を撮ってもいいかな」
と尋ねるとポールは、
「いいよ、でもプレスに言ったりしないでくれよ」
と答えたそうです。
カメラを持ってないのに気がついたアルフは、角を曲がったところにあった
Photo-Optics という写真屋さんに行き、Yashica のカメラを調達しました。
アルフは、ショップの店員を連れてキャヴァーンに戻りました。そして、誰の写真
を撮るのかは言わずに、彼に露出やシャッタースピードをセットしてもらいまし
た。
ポールがリンダを連れて戻って来ると、アルフはそのカメラで2人の写真を撮り
ました。
するとリンダが、
「私、写真を撮るのが上手なんですよ。あなたたちのも撮ってあげましょう」
と言って、その場にいたみんなのためにシャッターを押しました。
アルフの他には、彼の娘 Debbie 、キャヴァーンのドアマン Paddy Delaney 、
キャヴァーンのDJ Billy Butler 、その時ちょうどステージでリハーサルをしていた
バンド Curiosity Shoppe のメンバーたちが、ポールと一緒の写真をリンダに
撮ってもらいました。
写真撮影が終わるとポールは、
「ずっとドラマーになりたかったんだ」
と言ってステージに上がり、キュリオシティ・シャップに加わって演奏を始めたそ
うです。
ポールとアルフが交わした約束のために、これまでこの出来事が公にされたこ
とはありませんでした。
しかし35年後の今年、この時に撮影された写真がオークションにかけられるこ
とになりました。
ポップ・メモラビリアの専門家 Jason Cornthwaite の話です。
「150〜200ポンド(約3〜4万円)の値打ちがあります。1枚あたりでですよ。
特別なストーリーがあるわけですからね」
「ビートルズの未発表写真はますますレアになってますしね」
3月8日(土) ------------------------------------------------------
【結婚79年】
Anne と Bert の Iveson 夫妻は、結婚を長続きさせる秘訣を知っています。
なぜならこのカップルは、The Guinness Book of Records に、「現在英国で最も
長続きしている結婚」のひとつであると認められたのです。
幼なじみ同士のアイヴソン夫妻は、今月で結婚して79年になりました。英国人
の最長結婚記録の更新まで、あと少しというところに来ています。
ともに96歳のアンとバートは、トクステスの同じ通りで生まれ育ち、同じ St
Bernard's Primary School に一緒に通いました。
アンは、わずか12歳の時に、将来の夫はこの人しかいないと決めたのだそうで
す。
アンが当時の思い出を語っています。
「蒸気船に乗ってイースタム・ウッズに遠足に行った時にね、あたし、この人の
帽子を取って水の中に投げたの」
「この人、家に帰るのをすっごく恐がってたわ。その帽子はお母さんがわざわざ
その遠足のために買ってくれたものでね、その日の朝におろしたばっかりだった
のよ」
アンが14歳の時、バートはスリムな金のネックレスをプレゼントしました。
82年経った今でも、アンはそのネックレスを身に付けています。
結婚することを決めていた2人でしたが、海で働きたいと考えていたバートは、
海運会社 Elder Dempster に就職し、スチュワードになりました。
バートは週給のうち1ポンドをアンに渡していましたが、アンはそれを遣わずに
貯金し、4部屋とテラスつきの家を買うための資金にしました。
2人は、1924年の3月1日にトクステスの St Banyard's Church で結婚しまし
た。
18歳のアンはブルー・ヴェルヴェットのドレスを着ました。19歳のバートは帽子
を新調して式に臨みました。
バートはこう話しています。
「あの頃はウェディング・カーなんてなかったんじゃよ。わしらもタクシーで教会へ
行った」
「よく憶えとるよ。あの日は雪が降ってな、式の後は家に戻って、家族と友人だ
けでパーティーをやったんじゃ」
夫妻には3人の子供がいましたが、残念ながら3人とも亡くなっています。
最初の娘 Sylvia は4歳の時にジフテリアで亡くなり、次女の Norma は44歳で
癌のためにこの世を去っています。
そして息子の Herbert もまた癌で亡くなりました。66歳でした。
子供たちより長生きすることになってしまったためか、アイヴソン夫妻は、4人の
孫や6人のひ孫を甘やかしすぎるほどに可愛がっています。
アンはこう言っています。
「あたしのアドヴァイスとしてはね、誰かひとりが一家のボスになるんじゃなくて、
みんな平等にやって行くのがいちばんいいのよ」
ギネス・ブックのスポークスマンの話です。
「もう少し調査を続ける必要がありますが、おそらくこのカップルが、存命中の方
の中での国内最長結婚記録になるはずです」
オールタイムでの国内最長結婚記録は、James と Sarah の Burgess 夫妻の
「82年」です。バージェス夫妻は、1883年の6月に結婚して、1960年代に2
人とも亡くなりました。
3月21日(金) ----------------------------------------------------
【長い夜】
良き妻であり、4人の子供の母でもある Debbie Hughes は、長い夜を過ごしてい
ます。
彼女にできることは、ついに始まったバグダッドへのミサイル攻撃のニュースを
見つづけることと、家族の無事を祈りつづけることだけなのです。
デビーの夫 Stephen (43歳)と、2人の息子 Gareth (21歳)と Lee (18歳)の
3人が、国防義勇軍の兵士として対イラク戦争に参加しているのです。
41歳のデビーは、カークビーのタワー・ヒルにある自宅で、涙を拭いながら語り
ます。
「とても怖いわ。でもこれでいいんだって気持ちもあるの。早く始まれば、それだ
け早く終わるってことでしょう?」
「スティーヴンと息子たちに早く帰って来てほしい。みんなが無事で帰って来てほ
しい。犠牲者が出るのは避けられないってことはわかってるけど」
「本当に長い夜だわ。すごくもどかしい気持ちなの。すごく不安で、ずっといらいら
してる。とにかくTVを見つづけてるけど、何がどうなってるのかあたしにはわから
ない。スティーヴンや息子たちが今どこにいて何をしてるのかってことは知りよう
がないのよ」
リヴィングルームのソファでは、いちばん下の息子 Philip (15歳)がデビーの横
でうとうとしています。
デビーは言います。
「お兄ちゃんたちがいなくなって、この子はすごく寂しがってるわ。僕も一緒に行
きたいってあたしに言うの」
そして彼女にはもうひとり、11歳の娘 Charlene がいて、今はベッドで眠りにつ
いています。もうすぐ起きて、学校に行かなくてはなりません。行きたくない、マム
と一緒に家にいたいと言うかもしれません。
「シャーリーンも小さな胸を痛めてるわ。こんなに長い間父親や兄が家を離れた
ことなんて、これまでなかったから」
「それでも、2人の子供がそばにいてくれるってことには、あたしすごく救われて
るの。家にたったひとりで待ってる人たちもいるんでしょうね、かわいそうに」
これまでデビーの元には、スティーヴンやギャレスやリーから時々電話がかかっ
てきました。
しかし最後の電話で彼女は、これから戦争が終わるまでは手紙でしか連絡がで
きなくなると伝えられました。
「とにかく無理はしないでってみんなに言ったの。息子たちには、お互い助け合う
ようにって。スティーヴンとは昨日話せたんだけど、あの人きっとバクダッドの中
か、じゃなければその近くにいるみたいなの。あたしが『子供たちを見た?』って
訊いたら、『いいや。でも心配するな、あいつらは俺より何マイルも後にいるから
だいじょうぶだ』って言ってたから」
スティーヴンは国防義勇軍に入って25年のヴェテランで、伍長を務めています。
しかし2人の息子と同様、これが彼にとって最初の戦争になります。
ギャレスは入隊して4年目です。彼も父親も、普段は清掃業に従事しています。
リーには今のところ定職がありません。彼は、昨年11月に国防義勇軍にパスし
たばかりです。
TVでは、バグダッドの空に対空砲火の閃光が上がる様子が映し出されていま
す。
画面から目を離さずに、デビーは続けます。
「イラクにも普通に暮らす人々がいる。何の罪も無い男女や子供たちの命が危
険にさらされてるんだって思うと本当にかわいそう。みんな Sddam Hussein のせ
いだわ」
「スティーヴンに言ったの。『うちの子たちにもちゃんと伝えるのよ、いい? 行っ
てサダムのお尻を蹴っ飛ばしといで!』ってね」
「もしあたしがサダムに何か言えるんだったら、早く戦争をストップさせなさいっ
て言うわ。だってあいつにはまったく勝ち目なんかないんだから」
「スティーヴンや息子と話ができるのなら、アイ・ラヴ・ユー、気をつけてねって言
うわね」
「でも息子たちはいつも、電話とか手紙で『僕らは大丈夫だよ、マム。心配しなく
ていいよ』って言ってくれるんだけど」
夫や息子たちの名前を口にするたびに、デビーの目からは涙が流れ、彼女は
それを拭います。誇りの涙、そして怖れの涙です。
恐怖や心配な気持ちでいっぱいのデビーですが、努めて明るくこう言います。
「この戦争はすぐ終わるって信じてるのよ。そして何もかもうまく行くんだってね。
もう『お帰りなさいパーティー』のためにお金を貯め始めてるのよ、あたし。戦争
が終わっても、2〜3ヶ月経ってからでないと家には帰れないらしいんだけどね」
デビーは、英国で戦争反対のデモが続いていることには複雑な気持ちなのだそ
うです。
そして、Tony Blair や George Bush のやり方に対しても疑問を感じていると言い
ます。
「誰だって戦争はしたくないわ。でも今回は避けようがなかったと思う。サダム・
フセインって本当にどうしようもなく強情ね。それからジョージ・ブッシュも。でも一
旦戦争が始まってしまったら、国のために戦っている人間を全面的に応援して
やるべきだって思うの。彼らを誇りに思わないといけないわ。それが誰であろう
とね」
「ブレアとかブッシュからは、実際に戦う人間や家で待っている家族に対しての
気遣いの言葉はなんにもなかったと思うわ。あたしたちのこと、まるで何とも思っ
てないんじゃないかしら。ちっぽけな存在なのね、きっと」
「ああいう人たちってのは、大きくて立派なオフィスとかでただ座って見てるだけ
なのよね。自分たちのために一般庶民が命がけで戦うのをね」
デビーの目からまた涙が溢れ、彼女はそれを拭いました。
彼女の目は、ずっとTVの画面を凝視しつづけています。
4月2日(水) ------------------------------------------------------
【寒い寒いエイプリル・フール】
1日、冷たい雨に濡れながら、3人の女性がチヴァッセ・パークにある Yellow
Submarine の横に並びました。なんとビキニ姿で。
リヴァプールのラジオ局 Radio City が、“Grand National Meeting” のチケットを
プレゼントすると番組で発表したためでした。
番組のプレゼンター Kev Seed はこの朝、「イエロー・サブマリンの横にビキニ
姿で並んだ女性先着50名にレースのチケットをプレゼント、最初の20名には
宿泊つきでプレゼントするよ」と景気よく発表しました。
リザーランドから来た Julie Sheridan は、17歳の娘 Natasha と一緒にずぶ濡
れになりながら並びました。
もうひとり、ブートルから来た21歳の Natasha Johnson も寒さに震えながら待ち
ました。
しかしレイディオ・シティからは誰もやって来ず、彼女たちは何のプレゼントも受
け取ることが出来ませんでした。
そう、これはエイプリル・フールのジョークだったのです。
ジュリーの話です。
「あたしたち、これはエイプリル・フールのジョークだって知ってたわよ。だって面
白いじゃない。でもちょっと寒すぎるわ、これ」
また、「グランド・ナショナル」を開催するレース・コース Aintree のマネージング・
ダイレクター Charles Barnett は、「これからの『グランド・ナショナル』はサリー
の Epsom と持ち回りで開催する」と発表しましたが、これもジョークでした。
さらに、エヴァトンのオーナー Bill Kenwright はファンのウェブサイトで、「リヴァ
プールがスタンレー・パークに建設中の新しいスタジアムの座席は、赤色のと青
色のとが付け替え可能なものになるんだよ。我々も共同で使わせてもらうから
ね」などとジョークを言っています。
4月10日(木) ----------------------------------------------------
【びっくり!】
ハイトンに住む John Mallett は、子犬の Jake (12ヶ月)を病院に連れて行きま
した。
スタッフォードシャー・ブル・テリア種のジェイクが、食べたものをもどしたり、まっ
すぐに立てなくなってしまったからです。
レントゲン写真を撮ってみると、ジェイクの体の中には7インチもあるキッチン・
ナイフがすっぽりと収まっていました。彼の胴体とほとんど同じ長さで、プラス
ティックの柄の先はジェイクの骨盤のところにあり、金属の刃先は喉まで来てい
ます。
どうやらジェイクは、家のキッチンでそのナイフを呑み込んでしまったらしいので
す。柄の方から、1本まるごと。
連れて行かれた People's Dispensary for Sick Animals Hospital (PDSA)でジェ
イクは、早速ナイフの摘出手術を受けました。
そして数日のうちに元気になりました。
PDSAの獣医 Christina Symonds の話です。
「ジェイクはずっと嘔吐していましたね。でも彼はそれでもちゃんとご飯を食べて
たんですが」
「獣医としては、おなかに何か異物が入っているのではと疑います。それで麻酔
をしてレントゲン検査をしたんです」
「そしたらキッチンナイフがきれいに写ったんです。彼の中にね。それですぐさま
摘出手術になりました」
「そのナイフは、ジェイクの食道から入って、喉頭のすぐ後を通って、胃をきれい
に通過して、大腸の中まで達していました」
「犬ってよく変てこなものを呑み込むものですけどね。ケバブの棒とかカセット
テープとか。でもこれは極めて稀なケースですね。だって、こんな小さな犬がこん
な大きなナイフを呑み込んだなんて。ほとんど自分の体と同じくらいの長さなん
ですよ」
「彼がどうやって呑み込んだのか、想像もつきませんよ。それから、あんなナイ
フをおなかに入れたままの状態で、どうやってご飯を食べてたのかってこともね。
ひどい消化不良を起こすのも無理ないわ」
「手術から24時間経たないうちに立てるようになっていましたよ。私たちとして
は、何も後遺症が残らないことを願っています」
「もし彼が、ナイフを刃の方から呑み込んでいたら、きっと大怪我になっていたで
しょうね。ああでも、それだったら全部呑み込む前に食べるのを止めてるわよ
ね!」
ジェイクの飼い主、ジョンの話です。
「ものすごく心配したんだ。具合が悪そうで、普通に立てなくなってたから」
「獣医さんに『ナイフでした』って言われた時は、ものすごくびっくりしたよ! いっ
たいどうやって呑み込んだんだろう」
ジェイクの手術は、3月の最後の日曜日に行われました。今彼は、家族と一緒
に元通りの生活を送っています。
ジョンは続けます。
「すっかり良くなって病院から戻って来たんだ。まったく元通りさ。すごく嬉しいし、
すごくほっとしてる。PDSAは素晴らしい病院だね。本当に感謝してる」
4月16日(水) ----------------------------------------------------
【ピートの脱出劇】
元ビートルズの Pete Best と彼のバンドが乗った車が、高速道路で大事故に遭
いました。
土曜日の朝、公演先のストークからミニバスでリヴァプールに帰る途中に、トラッ
クと衝突したのです。
ミニバスは大破しましたが、幸運にも全員が脱出できたそうです。
総勢6名の Pete Best Band は、切り傷や打撲などの軽傷はあるものの、全員
が助かりました。
ピートの話です。
「うとうとしてたんだが、気がつくとトラックがぶつかって、吹っ飛ばされていた。
私たちの車は柵に突っ込んで行ったよ」
「すべてがスローモーションだったな。まるであの世に行くみたいな感じだったよ。
車はメチャメチャになったが、我々はかろうじて外に這い出した。すぐにその場
で頭数を数えて確認したよ。ちゃんと全員脱出したかどうかをね」
バンドのメンバー全員が、ガラスの破片による切り傷や打撲、ショック症状など、
何らかのダメージを受けています。
車を運転していたのは、ピートの弟 Roag でした。
ローグの話です。
「右回りにスピンして、路肩の柵に激突したんですよ。天井は内側にひん曲がっ
て、運転席のドアは引きちぎれて、それからフロントガラスは吹っ飛びました」
「やって来た警官に言われましたよ、神様が守ってくれたんだなって。確かに、こ
れで死ぬんだなって思いましたからね、あの時は本当に」
4月18日(金) ----------------------------------------------------
【ネコの消防士さん】
マージーサイド名物の「ネコの消防隊員」が、引退することになりました。
バーケンヘッド消防署に17年間勤務するネコの Angus くんは、世界各地から
ファンレターが届く人気もので、新聞やTV番組にも何度も出演しています。
消防署のスポークスマンの話です。
「アンガスは勇退することになりました。これ以上署で働くのは、彼の健康に良く
ないと考えたんです」
「この17年間、アンガスが病気で休んだことは1日もありません。勤務シフトを
乱したこともありません。しかしながら、彼はもうかなり歳をとってしまいました。
そろそろ休ませてやるべきだと判断したんです」
「彼は、人生の大半を地域の人々のために捧げました。実に模範的な公僕でし
た。彼がいなくなるのは、私たちにとってとても寂しいことです」
アンガスくんは、1986年にこの消防署にやって来ました。
当時の署員 Mick Loughlin に、火災に遭った家から救出されたことが縁でした。
以来、署員をはじめ地域の住民に愛されて、17年間をこの消防署で過ごしまし
た。
若いころはよく消防車で居眠りをして、消防士と一緒に出動しそうになったことも
しばしばあったそうです。
アンガスくんはこれから、セント・ヘレンズの施設 Cat Protection League で余
生を過ごすことになります。
5月16日(金) ----------------------------------------------------
【パパになった喜び】
リヴァプールのストライカー Michael Owen が、父親になった喜びを日曜紙に
語っています。
オーウェンのガールフレンド Louise Bonsall は、今月1日にチェスターの
Countess of Chester Hospital で女の子を出産しました。
赤ちゃんの体重は6ポンド8オンス(約2950グラム)で、Gemma Rose と名付け
られました。
オーウェンの話です。
「結婚について話し合ってるところなんだ。出来るだけ早いうちにとは思ってる
よ。具体的にはまだ何も決まってないんだけど」
現在はノース・ウェールズの小村ユーローに住むオーウェンとルイーズですが、
2人は幼なじみで、2人とも同じ病院で生まれています。そして自分たちの子供
も、同じチェスターの病院で誕生させたいと望みました。
「僕はイングランド生まれだけど、人生のほとんどをウェールズで過ごしてきて
る。うちの父と母は、僕ら4人の子供が生まれてすぐにウェールズに引越したん
だ」
「子供をウェールズ人にしたくなかったってわけじゃないんだ。今住んでるこの場
所だって大好きだし。僕らはただ、自分たちと同じ病院で子供を誕生させたかっ
ただけなんだ」
「女の子だってことは、2人とも前もって知ってたよ。ほんと言うと僕の方は知りた
くなかったんだけどね、でもルイーズが秘密にしておけなくて、僕にしゃべっ
ちゃったんだ」
「ジェンマっていう名前を選んだのは、僕ら2人とも好きな名前だったから。ミド
ル・ネームのローズは、うちの父のお母さんの名前からもらったんだ。で、ジェン
マ・ローズ・オーェンってなったわけ」
「ジェンマの誕生は本当にパーフェクトなタイミングだったんだよ。ちょうどプレミ
アシップのへヴィーな終盤戦の最中だったから、
どうかすると分娩誘発剤が必要になるかもしれなかったんだ。でも祈った甲斐
あって、陣痛が始まってだいたい3時間後に、自然分娩で無事に生まれてきてく
れた」
「トレーニングから家に帰って、生まれそうだって知らせを聞いたんだ。赤ちゃん
が待ってるってね。なんだかじーんとして、ファンタスティックな気持ちだったよ。
信じられないような、これまでに体験したのとはまったく違うエモーションだった
ね」
「よく訊かれるんだけどね。ゴールを決めた時とかでっかい勝利を勝ち取った時
とかと比べてどうかってね」
「そういうのは、アドレナリンがどっと出るような瞬間的な絶頂だよね。でもジェン
マの誕生には、まるで違う興奮を感じた。恥ずかしいと思わないから言うけどね、
僕は少し涙をこぼしてしまったよ。そうだな、むしろ自慢したい気持ちだ」
「ジェンマが生まれた後で僕は、ルイーズの肩に頭を乗せた。何分間かじっとそ
うしていた。2人で一緒に喜びの涙を流したんだ」
「我が子の誕生だけは逃したらだめだぞ、それが最初の子供なら尚更だぞって
みんなに言われてたんだけど、正しかったね。まあでも僕は、誰に言われなくて
も何としてでも立ち会うつもりだったけどね」
「ルイーズがおしめを替えるのを観察して、自分でもやってみたんだ。でもあれ
はちょっとテクニックが要るね。もうちょっと研究しないと。まあそのうちにうまく
出来そうな気がするよ」
6月2日(月) ------------------------------------------------------
【バック・トゥ・キャヴァーン】
キングズ・ドックで3万人をロックした Sir Paul McCartney ですが、コンサートの
前にも、故郷リヴァプールで楽しい時間を過ごしています。
金曜日(5月30日)には、伝説の The Cavern Club でシークレット・パーティーを
行い、数曲を演奏しました。
パーティーには、妻の Heather を含め、家族や友人が180人も出席していま
す。
キャヴァーンのステージでポールは、“Let It Be” や “We Are Family” などを
歌ったということです。
キャヴァーンのオーナーのひとり、Bill Heckle の話です。
「最初に話があったのは2、3ヶ月前なんですが、最終的に決まったのは2、3週
間前のことなんです。秘密厳守を誓約して、たくさんの書類にサインしましたよ」
「シークレットが外部に漏れたら直ちにキャンセルってことになってました。もし万
が一そんなことになったらポールががっかりするだろう、そんなことになったらた
いへんだ、っていうんで、特別態勢を組みました」
「ポスターを貼ったんですよ、『 Barclay's Bank スタッフ会議』っていうね。ヨー
ロッパじゅうのバンク・マネージャーが集まるってことにしたんです」
「かなり信憑性があったみたいですね。みんな信じてましたからね。ポールとバ
ンドが到着した時も、『バンク・マネージャーは何時に来ることになってるの?』っ
て訊かれたくらいですよ。大成功でした」
「スタッフにも、最後の最後まで言ってなかったんです。ポールが、ヘザーやファ
ミリーと一緒に入って来るのを見た時の彼らの顔、見せてあげたかったですよ」
「ポールは言ってましたね。1999年のキャヴァーンでのギグは最高に楽しかっ
たった、だから、ワールド・ツアーの最後にここに戻って来たかったんだ、って」
「ヘザーとダンス・フロアで踊ったりして、あの晩は最初から最後まで本当に楽し
そうでしたね」
キャヴァーン・クラブのバー・マネージャー Steve Marsh はこう話しています。
「ファンタスティックだったね。ポールとヘザーは踊りっぱなしだったよ。本当に
楽しそうだった」
「2人が入って来た時は Vanilla Ice の “Ice Ice Baby” がかかってたんだけど、
ポールはダンス・フロアに直行したんだ」
「秘密厳守は、軍隊式だったよ。関係者以外には絶対しゃべらなかったんだ」
ポールとヘザーは、続く土曜日(5月31日)には、ポールが中心となって創設し
た学校 Liverpool Institute for Performing Arts に出向き、4時間にわたって学
生のためのワークショップを開いています。
6月7日(土) ------------------------------------------------------
【喜びの声】
6月4日、リヴァプールが、2008年の European Capital of Culture に選ばれま
した。関係者や著名人の、喜びの声を紹介します。
Mike Storey (カウンシル・リーダー)
「リヴァプールのチャンピオンズ・リーグの優勝と、エヴァトンの2冠達成と、それ
からビートルズの再結成。これらがみんないっぺんにやって来たって感じです
ね。あとそれに Steven Spielberg が来てその様子をハリウッドの大作として撮
影する、ってのも付け加えときましょうか」
Ron Gould (リヴァプール市長)
「すべてのリヴァプール市民に感謝します。リヴァプールの人々による、リヴァ
プールの人々のための栄誉ですね。これにより、4万人の雇用と10億ポンド
(約2000億円)の経済効果がもたらされるでしょう」
Sir Paul McCartney
「当然といえば当然だね。リヴァプールはリヴァプール。結局こうなるんだって」
Sue Woodward (キャピタル・オブ・カルチャーのクリエイティヴ・ダイレクター)
「リヴァプールは決して後を振り返りません。この街はおんなじところにはとど
まっていないのです。2008年は人生が変わるような年になるでしょう」
Gerard Houllier (リヴァプールFC監督)
「私はこの街で暮らし、働いていることを誇りに思っています。この栄誉は、この
素晴らしい街に相応しいですね」
David Moyes (エヴァトンFC監督)
「たいへんな名誉ですね。でも、じゅうぶんこの街に相応しいと思います。私はグ
ラスゴーにいましたから、キャピタル・オブ・カルチャーの称号があの街をいかに
活性化したかをよく知っています。ここリヴァプールでも同様の効果があるよう
祈っていますよ」
Gerard Schwarz (Royal Liverpool Philharmonic Orchestra 音楽監督)
「とてもわくわくしていますよ、私の第二の故郷がこんなにすばらしい賞に輝くな
んて。2年前にフィルの仕事を引き受けて以来、私には新しいエナジーや創造
性や自信が湧いてきているんです。リヴァプールの人々以上にエキサイティング
で楽しい人間にはなれませんよ。それにみんないつもユーモアいっぱいで、温か
くて、誠実なんです。ほんとにこの街に相応しい賞ですね。この街はこれからもっ
ともっと良くなりますよ」
Liz McClarnon (Atomic Kitten)
「あたしたちみんな大喜びよ。あたしたちの街が、こんな最高の競争に勝ったな
んて」
「2007年はリヴァプールの800周年でしょ。それでキャピタル・オブ・カル
チャーが2008年。ヨーロッパのスポットライトが当たりっぱなしって感じじゃな
い? なんだかとんでもないことになりそうね」
Natasha Hamilton (同)
「でもこれって、あたしたちがいつも言ってることが証明されたってことかしら。リ
ヴァプールってほんとになんてグレイトな街なのぉ!って」
The Rt Rev James Jones (リヴァプールの司教)
「リヴァプールにはユニークなカルチャーがあります。ここは魂の街です。キャピ
タル・オブ・カルチャーとなることは、市民に大きな自信をもたらすことでしょう」
「この街のカルチャーや産業、それから人々のユーモアや思いやりや誠意は、
きっとヨーロッパじゅうの話題になるでしょう」
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●スカウスハウス・ニュース
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【お休みのお知らせ】
「スカウス・ハウス」は、12月29日より業務をお休みしています。
新年1月5日から、通常どおりの業務を再開させていただきます。
【語学留学生募集中】
「スカウス・ハウス」では、リヴァプールに語学留学をされる方のサポートをいた
します。
最短で1週間の短期留学から長期留学、夏期休暇コース、さらには最近人気
のホームステイ留学など、幅広く対応しています。
詳細については、ウェブサイトの「語学留学案内」ページをご覧ください。
【ビートルズ・ガイドツアー】
「スカウス・ハウス」では、リヴァプール&ロンドンの「ビートルズゆかりの地」を
訪ねる現地ガイドツアーを用意しています。
ガイドはもちろん現地在住の日本人。レギュラー・ツアーのほか、ちょっとマニ
アックなツアーも用意しています。また、ご希望によりプライヴェート・ツアーのア
レンジも承ります。
ツアーの詳細は、ウェブサイトの「ガイドツアー」ページをご覧ください。
【スカウスハウス・ツアー】
「スカウス・ハウス」では、来年8月にリヴァプールで開催される「インターナショ
ナル・ビートル・ウィーク」の観光パッケージ「スカウスハウス・ツアー」を企画し、
参加者を募集しています。
「スカウスハウス・ツアー」は、イヴェントチケットとホテル宿泊がセットになって
いる、個人旅行をされるみなさんのための現地パッケージです。
さらに、ビートルズゆかりの地を訪ねるガイド・ツアーやランチョンなどのオリジ
ナル企画も大好評です。
リヴァプールが1年でいちばん賑わうこの「世界最大のビートルズまつり」を、ひ
とりでも多くの方に楽しんでいただければと願っています。
詳細については、ウェブサイトの「スカウスハウス・ツアー2004」ページをご覧
ください。
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「リヴァプール・ニュース」では、読者のみなさんからの原稿を募集しています。
旅行記、レポート、研究、エッセイなどなど、リヴァプール、あるいは英国に関す
るものなら何でも歓迎です。
お気軽にお寄せください。楽しい作品をお待ちしています。
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リヴァプール・ニュース News of the Liverpool World No. 130
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