「スカウス・ハウス」発行のメールマガジン
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リヴァプール・ニュース News of the Liverpool World No. 131
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2004年1月6日発行
http://scousehouse.net
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◇◆INDEX◆◇
●フロム・エディター
●「ベスト・オブ・NLW」(2003年・後期)
●スカウスハウス・ニュース / 「留学生募集中」 「ビートルズ・ガイドツアー」
「スカウスハウス・ツアー」 「原稿募集中」
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●フロム・エディター
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あけましておめでとうございます。
今週は、予告どおり、「ベスト・オブ・NLW」の後編をお届けします。
2003年後半の「ニュース」の中から、10編をピック・アップしたものです。
いちおう全部の「ニュース」にざっと目を通してみたのですが、これがかなりの
分量で、「よくまあこれだけ書けたもんだよなあ」と、我ながらちょっと感心してし
まうほどでした。いやほんとに。
今年も、できるだけたくさんの面白いニュースを伝えられたらいいなあと思いま
す。
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● ● ●
ハッピーでピースな2004年になりますように。
本年もこのNLWと「スカウス・ハウス」をよろしくお願いいたします。
Kaz (06/01/'04)
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●「ベスト・オブ・NLW」(2003年・後期)
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7月4日(金) -----------------------------------------------------
【戦場の話】
7月1日、イラクでの戦争に参加した英国海軍のナース Gina Ralph が、任務を
終えてリヴァプールに帰ってきました。
ジーナが働いたのは、最前線に近い英国軍の病院でした。
ハイトン出身で46歳のジーナの話です。
「バスラからは、たったの20km しか離れてなかったの。こっち側には第7装甲
砲撃隊、あっち側には警備隊、そしてイラク軍と私たちの間には海兵隊がいる
だけって状態だったわね」
「そんな危険な場所に私たちを送るのは、本当にギャンブルだったと思う。実
際、砲弾もミサイルも飛んで来たもの」
「塹壕に非難して、ミサイルの着弾まであと何秒、っていう合図を聞くの。合図
が始まるのは4秒前からなんだけどね。私たちの基地まであと2秒ってところ
でパトリオット・ミサイルに撃ち落されたミサイルもあったわ。それ、ほんの200
ヤード(約183m)向こうの砂漠に落ちたのよ」
ジーナはこの10年、Royal Liverpool University Hospital で働いてきました。
そして、そのキャリアを生かそうと考えて、英国海軍医療チームのサポート・ア
シスタントに参加しました。
イラクでのジーナは、連合軍兵士はもちろん、イラク軍兵士やイラク市民も同
様に介護しました。
ジーナは続けます。
「最初に運ばれて来たのは、19歳の英国軍兵士だったわ。でも助からなかっ
た」
「若い兵士たちを見てると、本当に胸が熱くなるの。ほとんどは26歳にもならな
い若い子で、それなのにみんなあんなに勇気があって」
「爆撃を受けて腕を吹き飛ばされた英国の兵士がいて、その子のことがいちば
ん忘れられないわ」
「彼はね、気丈に振舞ったばかりでなくて、戦場に戻りたがったの。仲間を助け
に行きたいって」
英国海兵隊は、大火傷を負ったイラク人の赤ちゃん Mariam Ailan を助け、航
空機でリヴァプールの Alder Hey Children's Hospital へ搬送しました。
ジーナの話です。
「その赤ちゃんと同じような酷い目に遭った子供は、本当に何人もいたわ」
「例えば爆発物を拾った瞬間に手を吹き飛ばされた、Ali という少年。ちっちゃ
な指が1本だけしか残ってなかったの」
7月11日(金) ----------------------------------------------------
【ジェームズ・ブラウン インタヴュー】
7月15日、Summer Pops に、「ソウル界のゴッドファーザー」 James Brown が
登場します。
このコンサートを前に、Joe Riley によるインタヴューが Liverpool Echo 紙に掲
載されています。
(一般的には、ジェームズ・ブラウンが生まれたのは1928年の5月だと信じら
れている。だが、彼自身は1933年生まれだと言う。どちらにせよ、70歳以上
の高齢だ)
「新しい地平線が見えてるんだよ、俺には。ずっと同じようなことを言ってきたが
な、だが今がまさにその時なんだよ」
「観に来た客をみんな熱狂させてるからな。俺たちが行くところはどこでも満員
だぜ。10万人だって集まるからな、このアメリカじゃあ」
(それに比べれば、4500席のサマー・ポップスは、随分とかわいらしい会場だ)
「ああ、だが俺は望んで行くんだ。俺はな、リヴァプール出のミュージシャンを尊
敬しとるんだよ。あいつら誰にも認められてないところからチャンスをつかんで、
のし上がって行ったからな」
(翌日のステージに上がる Paul Weller をはじめ、ミスター・ブラウンはミュージ
シャンたちにも人気がある。Paul McCartney も、個人的なトップ10リストで彼
の曲を挙げている)
「ポップにすると、何もかもうまく行くもんだ。だから Little Richard や Chuck
Berry や Jerry Lewis は元気な曲をやったってわけだ」
「だが俺は全然違う。俺のルーツはロックンロールじゃないからな。ゴスペルだ。
連中とはまるで違う次元なんだよ」
「俺がやったことは、それまで誰も知らなかったような、新しくて全然違うことだっ
たってわけだ」
(ミスター・ブラウンは50年にわたるキャリアの中で、それこそ何千ものギグを
やってきている。だから1964年の10月、サンタ・モニカで行われたショウ
Teen Age Music International のことは憶えてないでしょうねと訊いた。間違って
いた)
「ちゃんと憶えてるぜ。Gerry And the Pacemakers 、それと Billy J Kramer が
いたな。チャック・ベリーや The Beach Boys 、Marvin Gaye と一緒のショウだっ
た」
「俺はあいつらを気に入ったよ。いいダチになった。ジェリー&ペースメイカーズ
と俺はな、Elvis Presley のためのパーティーもやったんだ。The Animals も一緒
だった」
「リヴァプールの坊やたちはみんな、スペシャルなサウンドを追求するスペシャ
ルな奴らだった。俺はあいつらのことを考えると、いつも Bill Haley のことを思
い出す。これまでも、これからも、音楽の世界じゃ特別席に載せられる連中っ
てわけだ」
(この夏に行われるジェームズ・ブラウンの英国でのコンサートは、リヴァプール
とロンドンだけだ。ショウでは、ファンが求めるヒット曲がたくさん歌われる)
「ああ、“I Feel Good” 、“Please Please Please” 、“Sex Machine” 、それから
“It's A Man's World” 、みんなやるよ」
「ものすごく重要な歌だからな、客にとっても、それから俺にとっても。歌わんわ
けにはいかねえさ。だがな、あっと驚くような曲もちゃんとやるぜ」
(おそらくそのひとつは、George Harrison の “Something” になるはずだ)
「俺はリヴァプール・サウンズが大好きなんだよ。だから今でも歌う」
「聞いてくれ。ジョージ・ハリスンは俺の『サムシング』を聴いて、他の121のカ
ヴァー・ヴァージョンとはまるで違うって言ってくれたぜ。ぜーんぶ蹴散らしてるっ
てな。そりゃあいい気分だったぜ」
(レジェンドにもヒーローはいるのだろうか)
「ああ、俺がモデルにしたのは Louis Jordan だった」
「この頃の奴らってのはだな、みんな自分が何をやってるのか分かっちゃいね
えな。もちろんポール・マッカートニーとか Elton John とか BB King とかは例外
だがな」
「もっと自分たちのやってる音楽の歴史ってものをしっかり勉強しろってんだ。
昨日の歴史は、今日の歴史なんだからよ」
「今でも俺は、新しい次元を目指している。だからジェームズ・ブラウンは過去
の人にならずに済んでるんだよ」
「そりゃ長いことやってるってだけで人気は出るかも知らん。けどな、時間は確
実に流れて行く。例外なしに、何事にもだ。だから新しい入れ物を探して、いつ
もフレッシュにしておかにゃいかんのだよ」
「女王みたいに永く続けないとな。しかもスタイルを失わずにな」
「で、いいかいお前さん、俺たちゃいいショウをするぜ、リヴァプールでな」
(ミスター・ブラウンは最後にこう付け加えた)
「楽しいインタヴューだったぜ。お前さんがもし200年生きるなら、俺は200年
の1日前まで生きよう。お前さんみたいないい奴が死ぬのなんか見たくねえか
らな」
8月4日(月) -----------------------------------------------------
【グレイター・リヴァプール歓迎】
Daily Post 紙のアシスタント・エディターであり、誇り高きウィラリアンである
Mark Thomas が、マージーサイドの改称に賛成する理由を同紙に語っていま
す。以下に抜粋して紹介します。
「グレイター・リヴァプール? 個人的には、グレイト・アイデアだと思うよ」
「私はリヴァプール生まれだが、5歳の時に越境してこのかたずっとウィラルで
暮らしている。私以上にウィラルを誇りに思っている者はいないと自負している
よ。だが、最も誇り高きウィラリアンであるからこそ、お互いに反目し合うことを
やめ、リヴァプールから良いパワーをもらってもいいのではないかと思うんだ」
「海外へ行き、どこから来たのかという話になると、私はリヴァプールだと答え
る。いつもそう。まったく単純なことで、その方が手っ取り早いからだ。USAで
も、ヨーロッパでも、アフリカでも、他のどこででも」
「そうするとたいていの場合、嬉しそうな笑顔でビートルズ・ソングを歌ったり、
あるいは『マイケル・オーウェンだな』と言って親指を立てたり、そんな反応が
返って来るね」
「まあ後のやつは、シーズン・チケットを持っているエヴァトンの正会員にとって
は、ちょっとビターな挨拶ではあるわけだがね。だけれども、それだけアン
フィールドのレッズがリヴァプールの名前を世界中の人々に知らしめているっ
てことは、ちゃんと認めないといけないだろうね。もちろん、現代の世界地図に
リヴァプールの名前がしっかり載っているのは、やはりファブ・フォーによると
ころが大きい」
「ではウィラルはどうか? アメリカ人やケニア人はもちろん、イタリア人にわ
かってもらうのでさえ、くどくて遠回りな説明を強いられるだろうね。『フェリー・
クロス・ザ・マージーって歌があっただろう? そうそう、それにリヴァプールか
ら乗るとだね、行き着く先がそこなんだよ』なんて感じで」
「ウィラルは、住むには最高のところだよ。ここでの暮らしは、私にとってはとて
もハッピーだ。『プラスティック・スカウサー』なんて揶揄されて頭にくる時はある
にせよね」
「誰も、ウィラルの名前を消してしまおうと言っているわけではない。リヴァプー
ルと一緒になれば、世界的な知名度を簡単に手にすることが出来るというだ
けだ。お金ではとても買えないほどのね」
「リヴァプールのアイデンティティは、国際的には好意を持たれているが、国内
ではそうではないからね。対岸の我々を取り込んで再生を図れば、シニカルな
評判を覆すことができるだろう」
「マーケティング的には、グレイター・リヴァプールとしてこの地域を売り込むこ
とは、グレイター・マンチェスターやグレイター・ロンドンと肩を並べることになる
だろう」
「マージーサイドという名前は、1974年にできたマージーサイド・カウンティ・カ
ウンシルにならってつけられたものにすぎない。そのカウンシルは12年後に
廃止されたわけだが、その時点でさえ、公式にマージーサイドという名前を
使っていたのは、警察署や消防署のようなところだけだった」
「場所や規模に関係なく、どのカウンシルもメリットがあるはずだ。ノウズリーや
セフトンはこれまでとさほど変わらないかもしれないが、しかし、もしあなたが
ブートルやハイトンに住んでいるのなら、これはリヴァパドリアンになれる絶好
のチャンスだ。こういった現実を歓迎しない手はないだろう?」
「キャピタル・オブ・カルチャーのタイトル争いに勝てたのは、我々の地域全体
の人々の努力があってのものだ。カウンシルの境界で言うところの『ザ・シ
ティ』だけでやっていたら、おそらく負けていただろう」
「我々のこの地域が巨大な共同体であるならば、ストロングでポジティヴで覚
え易くてワールド・ワイドなブランドの名前を手にすることに躊躇する必要はな
いはずだ」
「リヴァプールは今、全盛期を迎えようとしている。関わりのある人間全員が、
その名前の恩恵を受けるべきだ。カウンシル・タックスの納付先がデール・スト
リートの税務署か別の税務署かなんてことには関係なくね」
「2008年が本当に楽しみだ。ウィラリアンである私は、これから旅行で人に会
うたびに、喜んで『ヨーロッパのキャピタル・オブ・カルチャー、リヴァプールから
来たんですよ』と言って回るだろう」
9月3日(水) -----------------------------------------------------
【50万人!】
8月26日朝のマージーサイドは、巨大な二日酔いのムードが漂っていました。
それは、前日の Mathew Street Festival が、これまでで最大のものであったこ
との証明でした。
リヴァプールのシティ・センターはこの週末、世界中から集まって来たビートル
ズ・ファンや地元の音楽ファンを含めて、のべ50万人もの人々で埋め尽くされ
ました。
野外に設けられた5つのビッグ・ステージをはじめ、市内のパブやバー45ヶ所
で、熱いライヴ・パフォーマンスが繰り広げられました。
ライヴ会場でないパブやバーにも、喉を潤そうとする人々が殺到し、どこも記
録的な売上げとなりました。
オーガナイザーである Cavern City Tours の Dave Jones は、25日夜にこう
話しています。
「街じゅうがぎゅうぎゅう詰めだったね。Capital of Culture に選ばれたから、今
年は昨年の35万人よりももっと集まってもらえるんじゃないかと期待していた
んだ。予想通り、みんながお祝いのパーティーにやって来てくれたね」
「我々は今年、より大きなステージとより多くのバンドを用意した。最初の2日間
は特別に忙しかったね。今の段階でははっきりした動員数はわからないが、
きっと過去最大だろう。実感としては、新記録は間違いないと思う」
「ファンやバンドからは、グレイトなリアクションが返って来ているよ。みんなイ
ヴェントにほんとに夢中になってくれているようだ。グレイトな週末、そしてグレ
イトなパーティーだね」
マシュー・ストリートにある Lennons Bar の経営者 Dawn Rourke の話です。
「ものすごく忙しかった。うちは200人でいっぱいで、ずっと人数制限してなく
ちゃならなかった。週末じゅうずっと満員だったよ」
「とにかく最高のアトマスフィアだった。常連だけじゃなくて、世界中からお客さ
んが来てくれたしね。まあでも、これが終わったらちょっと休ませてほしいっての
が正直なところだけどね」
9月11日(木) ----------------------------------------------------
【ルーシーはスーパーウーマン】
10年前の事故で両足を失ったおばあさん Lucy Hughes が、8日、元気に80
歳の誕生日を迎えてドクターたちを驚かせています。
未亡人のルーシーは、1993年の4月にバス事故に遭いました。救急隊による
1時間の救出劇の後に Royal Liverpool Hospital に運ばれた彼女は、両足の
膝から下を切断する手術を受けました。
7週間の入院生活を送る間、彼女の元には全国から200通以上もの激励の
カードが寄せられました。
ルーシーは数ヶ月前から老人ホームに入っていますが、それまでの10年間は、
身の回りのことはすべて自分でやってきました。
ルーシーの6人の子供のうちのひとりで、アンフィールド在住の Eileen Draper
(49歳)はこう話しています。
「ワンダフルなマムなの。あたしたちみんなの心の支えよ」
「ものすごく立派だと思う。自分の身に起こったことを嘆いたり涙を流すなんてこ
とは、一度だってなかったわ」
「ドクターには見放されてたのよ。10ヶ月ももてばラッキーだろうって。ところが
どう? 彼女は今でもバトルし続けてるわ」
スコットランド・ロードで生まれ育ち、最近まではカークデールに住んでいたルー
シー自身はこう話しています。
「足を2本なくなったからって、落ち込んだりしなかったわねえ。自分の人生を生
きてきただけよ」
「義足も試してみたことあるけど、重すぎるのよねえ。だから車イスで充分。ちっ
とも不自由じゃないわよ、何でもやりたいことやってるんだから」
「誕生日だからって大騒ぎしてほしくないんだけどねえ、ほんとは。でもファミ
リーみんなの顔を見られたから良かったわ」
ルーシーが暮らしている Walton Manor Nursing Home の看護婦長 Philippa
Hoxha は、こう話しています。
「彼女の体調は、とてもいい状態で安定していますよ。障害があることで不自由
してる感じは全然ないですね」
「まったく信じられない女性です。騒がれたり注目されたりするのは当然ですよ
ね」
9月26日(金) ----------------------------------------------------
【エコーがキューピッド】
クロスビーの Littlewoods で働く21歳の女性 Lindsey Abbott は、今週の火曜
日(23日)に、ボーイフレンドの Jay Savory からプロポーズを受けました。
ジェイは22歳でブートル出身です。彼は英国軍の兵士で、現在イラクのバスラ
に駐留しています。つまり彼は、リンジーに直接会ってプロポーズしたわけでは
ありません。それは電話やEメールですらなく、なんと新聞を使ってのプロポー
ズでした。
リヴァプールの夕刊紙 Liverpool Echo の1面にでかでかと載ったプロポーズ
に、リンジーはイエスと答えました。
リンジーの話です。
「私よりも同僚の方が先に見ちゃったんです。ランチで外に出た時に」
「友だちのひとりがエコーを持って走って戻って来て、私に知らせてくれたんです
よ。もうほんとにびっくりしちゃって。最初ジョークかなって思ったんだけど」
リンジーとジェイは、去年の11月にブートルの Merton Pub で出会いました。
リンジーは最初から、彼の魅力に気がついたそうです。彼女は続けます。
「だって彼ったらすっごく大きな戦車に乗ってるんだもの」
「っていうのは冗談よ。私たちとっても馬が合うのよ。彼になら何でも話せちゃ
うっていうか。まさにベスト・フレンドなのよね」
「盛大なホワイト・ウェディングにするかどうかとかそういうことは、まだ私自身も
よくわからないの。ジェイが帰って来るのを待って、じっくり、ちゃんと話し合うつ
もりよ」
ジェイは、今年の6月からペルシャ湾岸に駐留しています。リンジーは続けま
す。
「そりゃああんな危険なところにいるんですもの、すっごく心配してる。当り前よ。
でもね、彼の大事な仕事だってこともよくわかってるつもりよ。彼のことをすごく
誇りに思ってる」
「そうしょっちゅう話したりできないのがとても辛いわ。時々は電話があるけど、
彼の方は言いたいことを何でも言えるってわけじゃないの。セキュリティの問題
とかいろいろあるから」
「うん、だから彼が帰って来るのをじっと待ってるのよ。目の前だったら、お互い
何でも正直に話し合えると思うの」
ジェイがフィアンセの元に帰って来るのは、11月の予定です。
10月13日(月) ---------------------------------------------------
【リヴァプールからリヴァプールへ】
リヴァプール市長が、リヴァプールを訪問し、リヴァプール市長に面会しました。
訪問されたのは、マージーサイドのリヴァプール市長 Ron Gould で、訪問したの
は米国ニューヨーク州のリヴァプール市長 Marlene Ward でした。
ニューヨークのリヴァプールは、シラキュースの郊外、マンハッタンからは131
マイルのところにあります。人口は5000人以下で、製材と塩で有名です。
これが初めての「オリジナル・シティ」への訪問となる、ワード市長の話です。
「私にとって、特別な日になりました。ニューヨークのリヴァプールを代表して、イ
ングランドのリヴァプールに来ることができたのですから」
「ニューヨークのリヴァプールの人間が、オリジナルのリヴァプールの市長を公
式に訪問するのは、史上初めてのことなんです」
「この市が European Capital of Culture になったことは、とても喜ばしいことで
すね。本当に名誉なことだと思います」
「ここは、ワンダフルで歴史のある街ですからね」
2つのリヴァプールの市長の交流が始まったのは、2年前のことでした。
9月11日の同時多発テロの際に、心配したイングランドのリヴァプールの人々
が、ニューヨークのリヴァプールに激励の手紙を送ったことがきっかけでした。
そのことに感激したワード市長は、市を代表してお礼を言うための訪問を計画
したのだそうです。
ワード女史は続けます。
「2つのリヴァプールは親戚同士なんだって強く思うんです」
「この街の人たちは、私の街の人たちと本当によく似てますよ。とてもフレンド
リーでオープンで…。まあ来る前から知ってはいたんですけど、やっぱりその通
りでした」
「ほんとにいろんなところがよく似てるんですよ。もちろんうちのリヴァプールの
方がずっと小さいけれど」
「ニューヨークのリヴァプールも、水際にあるんですよ。私たちの方は湖なんで
すけどね」
ワード女史によると、ニューヨークのリヴァプールの人々は、イングランドのリ
ヴァプールについて、ビートルズ以外のこともよく知っているのだそうです。
「もちろん音楽ファンにとってはビートルズの街でしょうけどね。でもそれ以外で
も、歴史がある街として世界的な注目を集めていますよね」
こちらのリヴァプール市長ロン・グールドも、双子の訪問をとても楽しみにしてい
たと語っています。
「我々の間の、似ているところや違っているところを探すのはとても面白いもん
だね。ニューヨークのリヴァプールの人々がどんな生活をしているのか、もっと
もっと知りたいと思う」
ロンは、今年の初め、世界中の「リヴァプール」に手紙を書きました。「キャピタ
ル・オブ・カルチャー」立候補へのサポートを依頼するためでした。
「他にもリヴァプールっていう名前の街がいくつもあるってことを知って、嬉し
かったね。もちろんみんなサポートを約束してくれたよ。ひとつ残らずね」
「旅行会社にお願いしないといけないな。全部のリヴァプールをまわるパッケー
ジ・ツアーをつくってもらいたいもんだ」
リヴァプールの名前を持つ場所は、他にも、オーストラリア、カナダ、イリノイ、ル
イジアナ、テキサス、そしてウエスト・ヴァージニアと、6ヶ所もあるのだそうです。
11月6日(木) ----------------------------------------------------
【おめでとう! ポール&ヘザー】
10月28日午後8時45分、Sir Paul McCartney と Heather 夫人の間に、最初
の赤ちゃんが誕生しました。
赤ちゃんは女の子で、Beatrice Milly と名付けられました。
「ベアトリス」はヘザーのお母さん、「ミリー」はポールの叔母さんにちなんだ名
前です。
ベアトリス・ミリーの誕生が公表されたのは10月30日でした。
翌.日の Liverpool Echo には、親子3人のポートレイトが1面に大きく掲載されま
した。ポールの弟 Mike が撮った写真でした。
同紙に、ポールの親戚の話が掲載されています。
ポールの叔母さん Milly McCartney の息子、Tom Kendal (73歳・地球物理学
者)は、サー・ポールから受けた敬意への感謝の気持ちを語っています。
「うちの母の他にはおらんからね、ミリー・マッカートニーという名前は」
「ポールがしてくれたことには、深い感銘を受けているんだよ。母にとって、これ
以上はない栄誉だからね。自分の名前が世界中に広まるわけだからね。もち
ろん、私自身にとっても大きな意味のあることだよ」
「ポールとはいい友人だ。あれは立派なやつだよ。今回のことは、彼がいかに
自分のルーツに感謝の気持ちを持っているかってことが、よくあらわれている
ね」
ポールのいとこで、ミリーの姪の Elizabeth Robbins によると、ポールには、ミ
リーに対する特別な思いがあったのだそうです。
ウィラルのベビントンにある自宅で、元女優で73歳のエリザベスはこう語って
います。
「ミリーはワンダフルな女性でしたよ。見た目そのままのね。普通の主婦なんだ
けど、頭がシャープで、ウィットに富んでて、それに金のハートの持ち主だった」
「お母さんを乳がんで亡くした時、ポールは14歳でした。お父さんの Jim はコッ
トンのセールスマンで毎日働きづめだったから、ミリーと夫の Jinny は、ポール
と弟の Mike のことを心配したの。グレちゃったら大変だって」
「ミリーは、ポールとマイクを溺愛してたわね。2人とも彼女にほんとによくなつ
いてたし。何しろミリーは面白い人だったから」
「ミリーはね、よくブックメーカーで賭けをしてたのよ。Sister Suzie っていう名前
でね。そう、それをポールは、Wings の歌 “Let 'Em In” で使ったってわけなの
よね」
「ポールとは今朝(31日)電話で話したんだけど、ほんと有頂天って感じだった
わ。61歳ったって、ポールならワンダフルなダッドになるわよ」
「2、3週間のうちにみんなで会いましょうってことになってるの。シャンパンが飛
び散ることになりそうね」
11月20日(木) --------------------------------------------------
【マイケルの気持ち】
リヴァプールからの移籍を希望したと報道された Michael Owen が、クラブの
オフィシャル・ウェブサイトのインタヴューに答えて、間違った報道に傷ついた
苦しい胸のうちを語っています。
「リヴァプールで望みを叶えたいってことなんだ。僕がチャンピオンズ・リーグで
プレイしたいって言えば、それはリヴァプールのプレイヤーとしてプレイしたい、
優勝したいってことだ。プレミアシップで優勝したいって言えば、それはリヴァ
プールというチームでプレミアシップで優勝したいってことなんだよ。理想的な
状況になれば、それはじゅうぶん可能なんだし」
「僕の望みってのは、クラブの他のみんなやすべてのファンとおんなじだよ。も
しそうでなければ、そりゃ批判されても仕方ないだろうけど」
「目標がなければここでプレイする意味がない。僕はフットボールをプレイして
優勝メダルを勝ち取りたい。このリヴァプールでね。それが僕の気持ちの本当
のところだよ。ファンのみんなには安心してもらえると思う」
「正直、間違った受け止め方をしたファンを非難しようとは思っていないよ。た
だ、報道を鵜呑みにする前に、本当はどうなのかってことをちょっと考えてもら
えたらなあって思う」
「クラブに不当な要求をしてるって僕を非難した人はほんの数人だろうと思う。
けどね、やっぱり誰かにそういうことを言われると傷つくよ。自分が言った覚え
のないことを報道されて、人々はそれを信じてしまう。そういうのって本当に参
るよ」
「先週のケースだってそうだよね。僕がしゃべったとされるコメントがいっぱい
報道された。いくつかのセンテンスは確かに僕のものだったけれど、あとは全
部違っていた。だいたい、あれは僕が使うヴォキャブラリーじゃなかったよ。あ
んなしゃべり方はしない」
「あのコメントがどこから出たのか、確かめているところなんだ。たぶん、代表
マッチの後かなんかの古いインタヴューがつなぎ合わされたものなんじゃない
かな。で、僕としては『これ以上インタヴューを受けるべきじゃないんじゃない
か』って考えざるを得なくなっている」
「契約問題については何もしゃべりたくなかったんだ。前のときにえらい目に
あったから。チームに残りたいって発言をしても、新聞を見ると莫大な給料を
要求したってことになってたりしたんだ」
「で、今回は黙ってることにしたんだけど、そしたら今度は『なんでマイケル・
オーウェンは自分の契約のことを一切しゃべらないんだ?』って言われる。病
気になりそうだよ。どうやったってうまく行かない。何でもオープンにしようとした
ら、全然違うことを書かれる。逆に黙ってたら、『移籍したいからなんだな』なん
て言われてしまうんだ」
「でも、誰かが勝手に僕の談話をでっち上げたら、僕がそれを訂正しなくちゃい
けないんだよね、結局。でたらめな話は、ほっとくと雪だるま式に大きくなってし
まう。自分の身は自分で守るしかないってことなんだろうね。そういうわけで、こ
うやって自己弁護してるってわけ」
12月17日(水) --------------------------------------------------
【喜びと安堵と】
米国軍による Saddam Hussein 拘束のニュースは、マージーサイドのムスリム・
リーダーたちに歓迎されています。
リヴァプールのムスリム・コミュニティーの重鎮 Mohammed Akbar Ali は、こう話
しています。
「ムスリムのコミュニティーにとっての癌だった犯罪者が捕まった。非常に満足
しているよ」
「サダムが捕まったというニュースを聞いたら、ほとんどの者は嬉しく思うはずだ
よ。これで、これまで行われてきた数々の残虐な行為が減ってくれるのなら、尚
更歓迎だ」
「彼がやったことで唯一良かったのは、Bush に楯突いたってことだけだな。大
量破壊兵器のことでは、『何の証拠も見つけられないじゃないか』と言うだけの
勇気を持っていたからね」
モスリー・ヒル在住のアクバル・アリは続けます。
「テロリストが捕まったってことには安堵しているが、我々が手放しで喜べる日
が来るのは、まだまだ先のことだね」
リヴァプール大学のエンジニアリング学科の助教授、Dr Hameed Al Badairy は、
15年前に故郷のアルクートを離れました。
彼は今、非政治的組織 Association of British Iraqi Professionals のメンバーと
して活動しています。イラクの復興を支援するため、今年になってリヴァプール
で立ち上げられた組織です。
32歳のドクター・アル・バデイリーは、サダムの拘束が、イラクの人々の生活を
楽にし、イラクの新しい出発点になってほしいと話しています。
「私にとって、とてもエキサイティングなニュースですよ。それからイラクで必死に
働いている人たちにとってもね」
「サダムの支配から開放されて、イラクの状況は良くなってはいましたけどね。
でも彼が捕まらない限りは、いつか戻って来るんじゃないかっていう懸念を誰も
が持っていたでしょうからね」
「彼は今、確かに牢に入っている。これはイラクの人々にとって大きなことです。
これ以上サダムを恐れる必要はなくなったのです。これからは安心して自分の
人生を生きることが出来るのです」
「サダムの政権下では、何千人ものイラク人が殺され、人々は迫害の恐怖の中
で生活を送っていました。これはイラクの人々にとって本当にグッド・ニュースで
す。私も興奮していますよ。信じられない気持ちです」
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●スカウスハウス・ニュース
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【語学留学生募集中】
「スカウス・ハウス」では、リヴァプールに語学留学をされる方のサポートをいた
します。
最短で1週間の短期留学から長期留学、夏期休暇コース、さらには最近人気
のホームステイ留学など、幅広く対応しています。
詳細については、ウェブサイトの「語学留学案内」ページをご覧ください。
http://scousehouse.net/study/index.htm
【ビートルズ・ガイドツアー】
「スカウス・ハウス」では、リヴァプール&ロンドンの「ビートルズゆかりの地」を
訪ねる現地ガイドツアーを用意しています。
ガイドはもちろん現地在住の日本人。レギュラー・ツアーのほか、ちょっとマニ
アックなツアーも用意しています。また、ご希望によりプライヴェート・ツアーのア
レンジも承ります。
ツアーの詳細は、ウェブサイトの「ガイドツアー」ページをご覧ください。
http://scousehouse.net/beatles/info.htm
【スカウスハウス・ツアー】
「スカウス・ハウス」では、来年8月にリヴァプールで開催される「インターナショ
ナル・ビートル・ウィーク」の観光パッケージ「スカウスハウス・ツアー」を企画し、
参加者を募集しています。
「スカウスハウス・ツアー」は、イヴェントチケットとホテル宿泊がセットになって
いる、個人旅行をされるみなさんのための現地パッケージです。
さらに、ビートルズゆかりの地を訪ねるガイド・ツアーやランチョンなどのオリジ
ナル企画も大好評です。
リヴァプールが1年でいちばん賑わうこの「世界最大のビートルズまつり」を、ひ
とりでも多くの方に楽しんでいただければと願っています。
詳細については、ウェブサイトの「スカウスハウス・ツアー2004」ページをご覧
ください。
http://scousehouse.net/beatles/scousetour2004.htm
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リヴァプール・ニュース News of the Liverpool World No. 131
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