June 15 2004, No.154
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リヴァプール・ニュース / News of the Liverpool World
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*** http://scousehouse.net/ ***
□■ INDEX ■□
▽フロム・エディター
▼リヴァプール・ニュース <2004年6月7日〜6月12日>
▽追悼 アリステア・テイラー
▼スカウスハウス・ニュース
▽今週のフォト&BGM
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▽フロム・エディター
―――――――――――――――――――――――――─ NLW □
アリステア・テイラーさんが亡くなりました。
ビートルズを内側から支え、リヴァプールにも縁の深かった大切なか
たを、またひとり失ってしまいました。
知的で、飄々としていて、気さくで、ビートルズ・ファンのひとりひとりに、
いつも真摯に応じていたアリステアさん。残念でなりません。
近年のアリステアさんは、ビートルズ関係の催しによくゲストとして出
席し、ファンに親しまれていました。
もちろん、リヴァプールで行われる「ビートルズ・コンヴェンション」にも
毎年元気な姿を見せてくれていて、お会いするのがとても楽しみでし
た。
初めてアリステアさんに会ったのは、そのコンヴェンションの日で、場
所はアデルフィ・ホテルのバーでした。
ソファで奥さんらしい方と寛いでいるアリステアさんを見かけた僕は、
近寄ってこう話しかけました。
「こんにちは、ミスター・テイラー。日本から来たカズといいます。少し
よろしいでしょうか?」
「ああいいよ、もちろん」
少しお疲れ気味に見えたものの、アリステアさんは座り直し、笑顔で
快く応じてくれました。しかし続けて僕が、「ありがとうございます。ええ
とですね、ミスター・テイラー…」と言いかけた途端、間髪入れずに「ア
リステア!」と訂正しました。有無を言わさず、という感じでした。あの
真剣な眼差しと、ぴしゃりとした口調が忘れられません。
きっと偉そうにするのは好きではないんだろうな、と思いました。どん
な人とも、ひとりの人間として対等に接しようとしていたのでしょう。
それからの僕は、アリステアさんを見かけるたびに、気軽に声をかけ
るようになりました。もちろん呼び捨てです。
「やあ、アリステア!」
考えてみれば、ブライアン・エプスタインと一緒にビートルズを「発見」
したかたです。そんな伝説のようなかたと「タメぐち」なんて、なんだか
不思議な気分でした。でも、そんなふうに普通に話しかけることができ
て、嬉しくもありました。
「おうカズ、今年も来たか。どうだい調子は?」
アリステアさんは、いつでも、楽しそうに応じてくれました。昔のことを
訊ねると、どんな質問にもまじめに答えてくれました。
今年はもう会えないんだと思うと、実に寂しい気持ちになります。
短い間でしたが、アリステアさんの人柄に触れることができて、ほんと
うによかったです。
アリステアさんのご冥福を心よりお祈りします。
Thanks a million, Alistair !!
それにしても…。
アンクル・チャーリー、ボブ・ウーラーさん、ベリル・アダムズさん、アル
フ・ビックネルさん、そしてアリステアさん。
たった2年のあいだに、これだけの方が逝ってしまうとは。
― Kaz (15/06/2004)
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▼リヴァプール・ニュース <2004年6月7日〜6月12日>
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*** 6月7日(月) *******************************
【イングランド6−アイスランド1】
5日、マンチェスターの City of Manchester Stadium で行われたイン
グランド代表対アイスランド代表の親善マッチは、6−1(前半:3−1)
でイングランドが大勝しました。
リヴァプールからは、Steven Gerrard 、Michael Owen 、そして Jamie
Carragher が、エヴァトンからは Wayne Rooney が先発出場しました。
キャラガーをのぞく3選手は、前半だけの出場でした。
イングランドの勝利を決定づけたのは、ルーニーでした。
27分と38分に、イングランドの2点目と3点目となるゴールを立て続
けに決めたのです。
ルーニーはこう言っています。
「ユーロ2004がはじまる1週間前に2点も取れて、すごくいい気分で
すよ」
「ムードはいいし、チームとしてすごく機能してました。僕のゴールは、
2点ともお膳立てが完璧だったです」
オーウェンも、ルーニーのゴールを絶賛しています。
「ルーニーのゴールはすごくよかったと思うよ。2つともグレイトなフィ
ニッシュだった」
「ストライカーとか攻撃的ミッドフィルダーにとっては、大会前にゴール
を決めるのはすごく大事なことだからね。ここで自信をつけとくってこと
でね。なにしろポルトガルでは絶対に点を取らないといけないわけだ
から」
オーウェン自身は、オフサイドの判定で惜しくもゴールを記録すること
はできませんでしたが、フィットネスの状態はとても良さそうです。
オーウェンは続けます。
「僕は他のみんなみたいにフルシーズン働いてない。たった30試合か
そこらだったから。だからすごく元気だし、燃えてるよ」
「今日のウチは、随所でいいプレイが出来ていたと思う。じゅうぶん満
足できるパフォーマンスだった。自分たちが何が出来るかとか、何を
すればいいかとか、みんなよく分かってるよ。選手権でどんな成果を
出すか、楽しみにしていてほしい」
ユーロ2004選手権は、6月12日に開幕します。イングランドの緒戦
は13日で、相手はディフェンディング・チャンピオンのフランスです。
*** 6月9日(水) *******************************
【愛国パブ?】
「ユーロ2004」(フットボール・ヨーロッパ選手権)を間近に控えて、イ
ングランド代表チーム同様、マージーサイド各地のパブも準備に余念
がありません。
多くのパブでは、スタッフの顔にペインティングをしたり、旗を飾ったり
してフットボール・ファンたちの来襲を待ち構えます。
店主たちは、自分のパブがイングランド・チームのゴールに沸きに沸
くシーンを楽しみにしているのです。
イングランド代表が良い戦いをし、トーナメントを勝ち進めば、パブの
売り上げもぐんぐん上昇することでしょう。
熱心なイングランド・サポーターで、ハイトンのパブ Hare and Hounds
の主人である Steve Corcoran は、自分のパブの屋根に大きなセイ
ント・ジョージ・クロス旗を掲げ、「全国一の愛国パブ」に名乗りをあげ
ました。
スティーヴ自慢のこの旗は、縦が8フィート(約2.5メートル)、横が16
フィート(約5メートル)もある巨大なもので、彼の妹の Helen が、5時
間かけて手縫いで作りました。
34歳のスティーヴはこう話しています。
「突然浮かんだんだよ、このアイデアは。代表チームへのサポートの
気持ちを表すのに、何かうまい方法はないかなーって考えてた時に
ね」
「ほかの全部のパブと勝負したいね。これよりでっかいのを作れるも
んなら作ってみろって感じだ」
「まあうちがイングランドでいちばんのファンってことになるだろうね、
きっと。でも、もっとすごいのを誰かやってみせてほしいって気もする
けどね」
ウールトンのマケッツ・レーンにあるパブ English Rose のマネージャー
Paul Davies は、パブの外周全部を、セイント・ジョージ・クロス旗や、イ
ングランド・チームのカラーである白・赤、紺色で埋め尽くしました。
ポールはこう言っています。
「ウチこそ、ほんもののフットボール・パブだよ。いっぱいお客さんに来
てほしいね。前にこういうことをやった時は、そりゃもうえらい騒ぎだっ
たさ。みんな試合を観ながら呑むのが好きだからねえ。ユーロ2004
でもばっちり儲かると思うよ」
*** 6月10日(木) *******************************
【半世紀ぶりの再会】
オーストラリアに移住して以来音信不通だった男性が、53年ぶりに帰
郷し、家族と感動の再会を果たしました。
現在70歳の Billy Hodson は、1951年、彼が17歳のときにウォルト
ンの家を離れ、シドニーに旅立ちました。
それから50年以上経った2002年、ビリーが病気になったことから、
彼の息子で33歳の Peter は、父と家族を再会させようと決心し、そ
れを実現させたのです。
ビリーは先月末、飛行機でリヴァプールにやって来て、53年ぶりに故
郷の土を踏みました。
ビリーの姪で45歳のナース Ronnie はこう言います。
「ファンタスティックだわ。ファミリーみんなが揃うのって初めてのことだ
もの。行ってしまってから一度も帰って来なかったんですものね、ビ
リーおじさんは。まったくの音信不通。だから、彼が見たことも聞いた
こともない親戚っていっぱいいるのよ。何十人っているわ。わたしもそ
うだけど」
ビリーは、リヴァプールの港湾労働者だったそうです。
しかし新しいスタートを求めた彼は、新生活を目指す英国移民をオー
ストラリアへ運ぶ Mooltan への乗船を決意します。
ムールタンは、オーストラリアへの最後の移民船のひとつでした。
ロニーは続けます。
「この街がどんなに変わったか、彼がびっくりするのを見るのが楽しみ
だわ。ビリーと奥さんの Pat 、それから息子のピーターにそこらじゅう
を案内して回るつもりよ」
ブリスベーン在住のピーターが、父親の兄妹が見つかりますようにと
祈りながら単身でリヴァプールを訪れたのは、昨年のことでした。
残りの人生があまり長くないと悟ったビリーは、リヴァプールに残して
来た家族について語るようになりました。特に、自分が産まれるときに
命を落とした母親の写真をひと目みたいと望みました。
ピーターは、父親のために家族を探し出す決心をしました。
彼が持っていた唯一の手がかりは、父の家があったウォルトンの通り
の名前だけでした。しかしそこには、昔の面影はまったく残っていませ
んでした。
仕方なくピーターは、電話帳を開き、ホドソン姓にかたっぱしから電話
をかけてみましたが、それも徒労に終わりました。
最後の望みを胸に、ピーターは地元紙 Liverpool Echo にコンタクトを
取りました。父親の話はすぐに紙面で紹介され、それを読んだ読者か
らたくさんの情報が寄せられました。そしてピーターは、父親の兄妹に
会うことができたのです。
ピーターの話です。
「もうちょっとでギヴアップするところだったんですよ。だって僕が持っ
てた手がかりって、親父の家があった通りの名前、それだけだったん
ですから」
「ファンタスティックとしか良いようがないですよ。今76歳の Edward
おじさんや、Elizabeth おばさん、それから Mary おばさんに会うことが
できましたからね」
*** 6月11日(金) *******************************
【さようならアリステア】
9日、Alistair Taylor が、ダービーシャーの自宅で亡くなりました。68
歳でした。
アリステアは、ビートルズのキャリアの中で、キーとなる重要な役割を
果たしました。
アリステアは、ビートルズのメンバーやマネージャー Brian Epstein か
らは、“Mr Fix It” と呼ばれていました。ビートルズもブライアンも、例
えばツアーの時のリムジンの手配とか、買い物とか、ホリデイの段取
りとか、何かにつけてアリステアに頼んでやってもらっていたのです。
彼らにとって最も信用でき、頼りになる身内が、アリステアでした。もち
ろんアリステアは、頼まれたことはいつもちゃんとやり遂げました。
アリステアは、チェシャーのランコンに生まれました。
リヴァプールのレコード店NEMSに就職した彼は、すぐにマネージャー
のブライアンに認められ、彼の右腕として働くようになります。
1961年、ブライアンがビートルズをキャヴァーンで「発見」した時も、
ブライアンとビートルズがマネージメント契約を結んだ時も、いつもそ
ばにいたのがアリステアでした。
アリステアは、ブライアンが設立した NEMS Enterprises のジェネラル・
マネージャーを務め、また、ブライアンの死後にビートルズが設立した
Apple でも、ジェネラル・マネージャーに就任しました。
最近では、毎年夏にリヴァプールで開催される The Beatles
Convention のゲスト・スピーカーとして世界中から集まるビートルズ・
ファンに慕われていました。
リヴァプールの The Beatles Story ミュージアムのマネージャー
Louise Collier は、こう話しています。
「彼が逝ってしまったと聞いて、とても悲しい気持ちです。ビートルズの
ストーリーのほとんどの場面に立ち会った方でしたね」
*** 6月12日(土) *******************************
【さあ本番!】
ポルトガルで開催されるユーロ2004大会を目前に控えた10日、大
会での爆発が期待される Steven Gerrard が、インタヴューに答えて
います。
リヴァプールのキャプテンは、ディフェンディング・チャンピオンで今回
も優勝候補のフランスが相手でも、勝つ自信があると言います。
「もしフランスを叩くことができたら、ものすごく大きいだろうね。みんな
『よし行けるぞ』って気になると思うよ、優勝に向けてね」
「敬意を払うべきチームだけどね、確かに。でも勝ちに行く。引き分け
で御の字だなんて言う人間がいっぱいいるけど、そういう場合じゃな
いと思う」
「うちの中盤は、早い時間からマークについた相手をつぶしに行くよ。
フランスにペースを握らせないってことが重要だからね。黙って好きに
させるようなことはしないさ」
2002年のワールド・カップをはじめ、大きな国際大会をいつも怪我で
棒に振ってきたジェラード。万全の体調で迎える今回のユーロ2004
は、満を持しての登場となります。
「早く開幕してほしいな。もう待ち遠しくて待ち遠しくて。100%の体調
で、しかも今がいちばん調子がいい。それが何より嬉しいね」
「僕が活躍する番にしたいよね。この大会がほんとに楽しみなんだ。
何しろ怪我に泣かされてばっかりだったからね」
「これで結果が出なかったらえらいがっかりだけどね、まあリラックスし
てやりたいよね。シーズンを通してやって来たことを出せるようにした
い」
「前のワールド・カップは家で観た。あんまり観たいような心境じゃな
かったけど、どこに行ってもやってたしね。ちょっとした悪夢みたいな
感じだったな。挫折感いっぱいでね」
「『あそこに居たかったなあ』ってずっと考えてたな。ブラジルに負け
ちゃった時はすごく悔しくてね。結局ブラジルは優勝したから、負けて
恥だってことはないんだけど、それでもね」
「でもあの時手術しておいてよかった。大きな決断だったけど正しかっ
たと思う。そのおかげで今の僕があるわけだから」
イングランドのキー・プレイヤーとして誰もが認めるジェラードですが、
司令塔としての役割は、アーセナルの Patrick Vieira から学んだもの
が大きいと言います。
「どんなプレッシャーでも楽しめるよ、僕は。チームの中心みたいに言
われるのはあんまり好きじゃないんだけどね。これはチームで戦う
ゲームで、チームには重要なプレイヤーがいっぱいいるわけだから」
「2001年のFAカップ決勝がきっかけになって、たくさんのことを身に
つけてこられたと思う。パトリック・ヴィエイラがゲーム全体を支配して
いたんだ。僕じゃなくて彼がマン・オブ・ザ・マッチに選ばれるべきだっ
たんじゃないかな」
「あれから僕も成長してると思う。最高のプレイヤーであるパトリックと
また対戦できて嬉しいよ。今度は、僕が彼を必死にさせることができ
たらいいね」
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▽追悼 アリステア・テイラー
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「インディペンデント」紙に掲載されたアリステア・テイラーへの追悼文
を、翻訳して紹介します。
著者は、、リヴァプールの音楽ライターのスペンサー・リーです。
Alistair Taylor : 'Mr Fix-It' to the Beatles / Spencer Leigh
June 10 2004, The Independent
ビートルズ、そしてマネージャーのブライアン・エプスタインもが、アリス
テア・テイラーのことを “Mr Fix-It” と呼んだ。自分たちの問題を彼に
押し付ければ、何だって熱心に解決してくれるからだ。
実際アリステアは、彼らが持ちかける問題が大きかろうが小さかろう
が、まるで気にしなかった。公演後にビートルズを劇場から脱出させる
大作戦を指揮したかと思えば、彼らの代わりに買い物に行ったりして
いた。
「アリステア・テイラーは、素晴らしきナンバー2だった」
ビートルズの広報担当だったトニー・バーロウは、そう回想している。
「彼は、ナンバー1になりたいなんていう野心は、一度も抱いたことが
ないのではなかろうか。とにかくよく気が利いて、信頼できて、とてもと
ても律儀な男だったよ。ブライアン・エプスタインは、ありとあらゆる方
法でアリステアをこき使っていたが、彼は何とも思っていなかったね。
私を含めた他のスタッフ同様、彼がブライアン・エプスタインにクビを
言い渡されるのは日常茶飯事だったんだが、翌日にはケロッとした顔
で再採用されてたもんだよ」
1934年、チェシャーのランコンに生まれたアリステア・テイラーは、学
校卒業後、様々な職を経験した。
ロンドンに出てジョン・ルイス(デパート)に就職したものの、重い荷物
を持ってぎっくり腰をやってしまった彼は、8ヶ月間ギプスをしたのちに
職を失ってしまう。何の保障もなしに。
しかしバタシーに住んでいたその間に、彼は妻のレスリーと出会った。
2人は1959年のクリスマス・イヴに結婚した。
アリステアはリヴァプールに戻り、材木輸入会社で職を得た。しかし、
ほどなくして彼はその仕事に行き詰まりを感じ、販売業に戻りたいと
望むようになった。
アリステアは、リヴァプールの中心部にあるレコード店NEMSの求人広
告を見て応募した。彼の熱意とジャズの知識(彼はいつもジャズばか
り聴いていた)に感心したブライアン・エプスタインは、アリステアを週
給10ポンドで個人アシスタントとして採用した。
当時のことを、アリステアはかつてこう回想していた。
「彼がね、予言したんだよ。レイ・チャールズの『ジョージア・オン・マイ・
マインド』はモンスター・ヒットになるぞって。私は言ってやった。『ブラ
イアン、たしかにワンダフルだけどね、でもこの辺ではこういうのは流
行らないよ』ってね」
「彼はそのレコードを200枚オーダーしたよ。そして私と彼は、2〜3
週間で売り切れるかどうか、ジン・トニックで賭けをした」
「で、私はジン・トニックをおごらされるはめになったのさ。(ブライアン
がのちにビートルズのマネージャーとして大成功を収めたことは)ポッ
プ・マネージメント業界にとっちゃ大収穫だったが、レコード販売業界
にとっちゃあ大きな損失だったってことになるね」
他のレコード店主とは違い、ブライアン・エプスタインは、客が望めば
どんなレコードも取り寄せた。
それは、レイモンド・ジョーンズという若者がやって来てビートルズの
『マイ・ボニー』はあるかと尋ねた時も例外ではなかった。アリステアは
そのレコードをドイツから輸入した。
ビートルズが地元のグループだと知って興味を持ったブライアンは、
アリステアを誘って1961年11月9日、彼らの演奏をキャヴァーンへ
観に行く。
その時のことを、アリステアは私にこう語った。
「あれはランチタイム・セッションでね。ホワイト・シャツに渋いビジネ
ス・スーツ姿の我々は、いかにも場違いな感じだったよ。見ると、ビー
トルズってのはNEMSによくやって来る連中だったんだ。レコードを
買ってるところはあんまり見たことなかったがね。ビートルズはロック
ン・ロールをやっていたんだが、我々が感心したのは、いくつかオリジ
ナルも持っていることだった。特に私の心に残ったのは『ハロー・リト
ル・ガール』だったね」
両親に反対されながらも、ブライアンはアーティストのマネージメント
会社 NEMS Enterprises を設立した。
そしてマネージメント契約書を弁護士に作成させ、ビートルズにサイン
させた。しかしブライアン自身はそれにはサインしなかった。アリステ
アによると、確かサインしたはずだということだが。
アリステアはずっとエプスタインの元で働きたいと考えていたが、リ
ヴァプールでの生活は、妻のぜんそくを悪化させていた。そこで彼は、
ロンドンのパイ・レコーズに転職した。サミー・デイヴィス・ジュニアがロ
ンドンに来た時は、アリステアが世話をした。彼のために、レコーディ
ング・セッションも手配した。
一方、ビートルズはビッグになり、ロンドンに拠点を移したブライアン
は、アリステアに連絡を取った。
年俸1000ポンドでNEMSエンタープライズのジェネラル・マネージャー
のポストに就いてほしいというブライアンのオファーに、アリステアは快
諾した。
(つづく)
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▼スカウスハウス・ニュース
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「スカウス・ハウス」では、リヴァプールへの語学留学をサポートしてい
ます。
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近人気のホームステイ留学など、幅広く対応しています。
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い。
http://scousehouse.net/study/index.htm
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ガイドはもちろん現地在住の日本人。レギュラー・ツアーのほか、
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ツアーの詳細は、ウェブサイトの「ガイドツアー」ページをご覧ください。
http://scousehouse.net/beatles/info.htm
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ターナショナル・ビートル・ウィーク」の観光パッケージ「スカウスハウス・
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大のビートルズまつり」を、ひとりでも多くの方に楽しんでいただければ
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ジをご覧ください。
http://scousehouse.net/beatles/scousetour2004.htm
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「リヴァプール・ニュース」では、読者のみなさんからの投稿を募集して
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旅行記、レポート、研究、エッセイ、写真などなど、リヴァプール、ある
いは英国に関するものなら何でも歓迎です。
お気軽にお寄せください。楽しい作品をお待ちしています。
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▼▽今週のフォト&BGM
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*** 今週のフォト ******
今週は、ホワイトチャペル12番地、NEMSがあった建物の写真です。
現在1階と地下はランジェリー・ショップになっているのですが、BBC制
作のビートルズのドキュメンタリー番組の中で、アリステア・テイラーさ
んが下着に囲まれながら当時のことを回想するシーンがとても印象的
でした。
ウェブサイトの「NLWライブラリー」ページに掲載しています。
http://scousehouse.net/library.htm
*** 今週のBGM ******
“Lee Morgan / Volume 3 (1957 Blue Note)”
今週号は、このアルバムを聴きながら編集しました。クリフォード・ブラ
ウンに捧げた「アイ・リメンバー・クリフォード」という有名なナンバーが
入っていますが、気分は「アイ・リメンバー・アリステア」です。ジャズが
好きだったアリステアさんも、きっとこのレコードを聴いていただろうな
あ、なんてことを考えながら…。 (Kaz)
■ NLW ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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□■ 第154号 ■□
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