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January 17 2023, No.830
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リヴァプール・ニュース / News of the Liverpool World
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ NLW ■
     *** http://scousehouse.net/ ***


□■ INDEX ■□

 ▽フロム・エディター
 ▼追悼特集:キングサイズ・テイラー
 ▽スカウスハウス・ニュース
 ▼今週のフォト


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▽フロム・エディター
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2023年最初のNLWです。
初っ端から悲しいニュースをお伝えしなくてはなりません。
1月2日に、マージービート・レジェンドのキングサイズ・テイラーさんが亡く
なりました。
「ビートルズにロックのやり方を教えた男」と言われる(というか自分で言って
たわけですが)、キングサイズさん。頑固で律儀で実直な、ロックンロール職人
でした。

今号では、「リヴァプール・エコー」と「ザ・ガーディアン」に掲載された追悼
記事を、翻訳してお伝えします。
ガーディアンのほうは、リヴァプール在住の音楽ライター兼ブロードキャスター
で、マージービート研究の第一人者、スペンサー・リーさんが書いています。

キングサイズ・テイラー&ザ・ドミノーズのライヴを、僕は一度だけ観たことが
あります。2003年(20年前!)、ビートル・ウィークのプログラムとして、キャ
ヴァーンでスペシャル・ライヴが行われたのです。ドミノーズのメンバーはとい
うと、ハウイー・ケイシーを含めて60年代のオリジナル・ラインナップ(だっ
たはず)。そしてそのステージはまさに期待どおり、頭から尻尾まで、徹頭徹尾、
徹底的に圧倒的に、完膚無きまでに、ゴリゴリのロックンロールでした。問答
無用の、すさまじいパワーです。

「ロックンロールこそリアル、ロックンロールこそすべて、ロックンロールこそ
人生」

という、魂の叫びが声に、音になっていました。あんなにシンプルで、あんなに
気持ちのいいライヴはなかったです。
終演後、バックステージに駆け込んでサインと写真をお願いしたのは言うまでも
ありません。その時のキングサイズさんは汗びっしょりで、やっぱりキングサイ
ズで、物腰が柔らかくて、笑顔がとびっきりチャーミングでした。
キングサイズさん、どうぞ安らかに。

● ● ●

新年最初のNLWって、ここ最近、訃報で始まることが多いような気がします。
……と思ってチェックしてみたら、2年前はジェリー・マースデンさん、3年前
はニール・イネスさんの追悼記事でスタートしていました。もうちょっとさかの
ぼると、6年前の2017年はアラン・ウィリアムズさんとサム・リーチさんのダ
ブル追悼号になっていました。もっとさかのぼると……いや、このへんでやめて
おきましょう。なんだか怖くなってきた。来年はハッピーな話題でスタートした
いです。

● ● ●

「今週のフォト・アルバム」は、キングサイズ・テイラーさんの写真を。2003年
ビートル・ウィークでのライヴ(あんまりクォリティ良くないです)と、ミナコ
さんが「ゴールドフィッシュだより(No.32)」でレポートしてくれた「サウンド・
オブ・60's」でのライヴ(こっちはさすがのクォリティ)。どちらもキャヴァー
ンですが、2003年は「キャヴァーン・バック(現キャヴァーン・ライヴ・ラウン
ジ)」、2005年は「キャヴァーン・フロント」です。
 http://scousehouse.net/magazine/nlw_photo830.html 

                        --- Kaz(17/01/2023)


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▼追悼特集:キングサイズ・テイラー
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2023年1月2日に、マージービート・レジェンドのキングサイズ・テイラーさん
が亡くなりました。
「リヴァプール・エコー」と「ザ・ガーディアン」に掲載された追悼記事を、翻
訳してお伝えします。

*** リヴァプール・エコー(1月4日) *******************************

「ザ・ビートルズとステージのトリを分け合った「本物のスーパースター」への
トリビュート
 ~テッド “キングサイズ” テイラーはマージービートの時代のキー・プレイ
ヤーだった」
 :ジェイムズ・マクニール

83歳で死去したサウスポート在住の伝説的なミュージシャン、テッド “キング
サイズ” テイラーに、たくさんのトリビュートが寄せられている。
テッドと彼のバンド「ザ・ドミノーズ」は、ザ・ビートルズと同じ時代に人気を
博した。リヴァプールでもハンブルグでも、しばしば同じステージに立っている。

キングサイズ(このステージネームはもちろん、6フィート5インチ(約195cm)
という彼の大きな体格から採られた)は、1960年代半ばに音楽業界を離れ、その
後30年以上にわたってブッチャー・ショップ(精肉店)を経営した。

Facebookには、ファッツ・ドミノやレイ・チャールズ、ジェリー・リー・ルイス
といったスターたちと共演したテッドのことを、「最後までロックンロールを貫
いたホンモノのスーパースター」として讃える声も掲載されている。

ザ・ドミノーズは1957年にリヴァプール北部で結成された。その2年後には、テ
イラーはマージーサイドで最も有名なロックンロール・シンガーのひとりとして
脚光をあびるようになる。
キャヴァーン・クラブへの最初の出演は1961年1月。当時17歳のシンガー、シ
ラ・ホワイト(のちにシラ・ブラックとしてスターに)をフィーチャーしてのス
テージだった。シラは1962年までドミノーズのレギュラー・シンガーを務めた。

彼が亡くなった1月2日、彼のFacebookページに、彼自身からのメッセージが
投稿された。
「みんな、おやすみ。俺は最後の旅に出ることにするよ。たぶんしばらく戻らな
い。君たちひとりひとりのことはいつまでも忘れない。俺の人生を特別なものに
してくれたから。数えきれないほどの素晴らしい思い出も一緒に連れて行こう」
「俺を助け、俺を愛してくれた息子のマークと、アレックスに愛を。みんなに神
のご加護を。近いうちにまた会おうな」

1962年の夏、シラ抜きのドミノーズはハンブルグへ遠征し、スター・クラブのレ
ギュラー・バンドになった。リンゴ・スターは、ビートルズよりも高いギャラで
メンバーとして誘われたが、断っている。
1964年にロンドンのデッカで、のちにレッド・ゼッペリンのギタリストとなるジ
ミー・ペイジと一緒に「サムバディーズ・オールウェイズ・トライン」をレコー
ディングをした後、テイラーはミュージック・ビジネスから身を引いてクロス
ビーに帰った。そして引退するまで、家族経営の精肉店主として働いた。

Tributes paid to 'genuine superstar' who shared stage with The Beatles
- Ted 'Kingsize' Taylor was a key player in the Mersybeat area
By James McNeill, Liverpool Echo, 4 Jan 2023

https://www.liverpoolecho.co.uk/news/liverpool-news/tributes-paid-genuine-superstar-who-25891571


*** ザ・ガーディアン(1月11日) *******************************

「キングサイズ・テイラー死去
 ~1960年代初頭におけるビートルズのライヴァルだったマージービート・バン
ド、ザ・ドミノーズのシンガー&ギタリスト」
 :スペンサー・リー

1960年のマージーサイドでは、教会ホールやヴィレッジ・ホールで、まったく新
しいビート・シーンが生まれていた。そしてその年の5月14日、最も将来性のあ
る北リヴァプールのロックンロール・バンド、キングサイズ・テイラー&ザ・ド
ミノーズが、シーフォースのレイサム・ホールのステージに立った。プロモー
ターのブライアン・ケリーは同時に、シルヴァー・ビートルズという駆け出しの
グループをゲストとして参加させた。メンバーはジョン・レノン、ポール・マッ
カートニー、ジョージ・ハリスン、そしてスチュ・サトクリフ。
「ディジー・ミス・リジー」や「スロウ・ダウン」など、ザ・ドミノーズは轟音
を響かせてアメリカのロックンロールを演奏。シルヴァー・ビートルズ(ほどな
くしてバンド名をザ・ビートルズに変えることになる)は、それを聴きながら歌
詞を必死に書き留めていた。彼ら自身のレパートリーとして使えるように。

83歳で死去したキングサイズ・テイラーは、その後何十年にもわたって、この出
来事を反芻していた。どっちがどっちに影響を与えたかについて、彼は絶対の自
信を持っていた。ビートルズに軍配を上げたことは一度もない。彼に言わせれば、
彼ら(ビートルズ)のヒット曲の数々はティン・パン・アレーの商品そのもので
あり、悪徳マネージャーのブライアン・エプスタインに魂を売った、なれの果て
だった。
もちろんこれは単なる言いがかりであり、テイラー自身が本当にそう考えていた
かは定かでない。とは言えマージーサイドでは、テイラーを支持し、テイラーに
こそヒットを飛ばしてほしかったという声は後を絶たない。

テイラーは、優れたシンガーであり、ギタリストでもあった。彼のプレイスタイ
ルはまずチャック・ベリー、そして、カール・パーキンスの1958年の「ダンス・
アルバム」に収録された印象的なリフをベースにしている。
ドミノーズの初期のドラマー、デイヴ・ラヴレイディは、「居心地のいいバンド
だったよ」と当時を振り返っている。「たんまりギャラを稼いでたしね」
6フィート5インチ(約195cm)、22ストーン(約140kg)という公称サイズには
異論もあるが、テイラーは時にはギャラのためにプロモーターを逆さ釣りにする
こともあったようだ。当時のライヴ会場は荒れることが珍しくなかったが、テイ
ラーは退散したりバックステージに隠れることを良しとせず、積極的に暴力沙汰
の中に割って入り、その場を収めることに腐心したという。

ドミノーズがチャート・サクセスに恵まれなかったのは、ビートルズのせいでは
ない。彼らがハンブルグのスター・クラブと1年間のレジデンス契約を結んだ
1963年、まさにその年に、リヴァプールであらゆる出来事がいっぺんに起こって
しまったのだ。また、テイラー自身の「キングサイズ」な外見も災いとなった。
スマートな音楽と同様、スマートなルックスを求める時代になっていた。

彼の本名はエドワード・テイラー。リヴァプール北部のシーフォースで、煉瓦積
み職人だった父アーサーとその妻グラディスの間に生まれた。地元の学校に進学
したが、タフでストロングに成長したテッドは、肉屋になるために退学した。

1957年に学友が集まってスキッフル・グループとして結成されたザ・ドミノーズ
は、北リヴァプールで最初のロックンロール・バンドになった。しかしロックン
ロールにふさわしいメンバーが最初から揃っていたわけではない。
ウォータールーのサヴォイ・ホテルで彼らは、テイラー率いるスキッフル・グ
ループ、ジェイムズ・ボーイズの演奏を聴いた。あるいは、テイラーがドミノー
ズの演奏を聴いたというべきか。「奴らが演奏していたのはロックンロールだっ
た。信じられなかったよ。だから俺もグループに入りたいと思った。いよいよ、
チャック・ベリーやリトル・リチャードやファッツ・ドミノの出番だぞってね。
生き甲斐を見つけたんだ」

1958年の8月、ドミノーズはプライヴェート・レコーディングを行った。場所は
クロスビー。ピアニストのサム・ハーディーの自宅で、ランバ・レコードのロー
カル・エンジニア、バーナード・ウィッティが録音を担当した。奇跡的にもこの
録音は生き残っていて、「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」そして「ホール・
ロッタ・シェイキン・ゴーイン・オン」の演奏は、彼らが最初期からいかにエキ
サイティングなバンドだったかを証明している。彼らのリード・シンガーはキン
グサイズ・テイラーという呼び名になった。タバコのキングサイズ(85mm。現在
の標準サイズだが、当時は70mmが主流)と、アニメの「ハックルベリー・ハウ
ンド(邦題:珍犬ハックル)」に出てくるカンガルーの名前「キングサイズ・マ
ウス」から拝借した。

グループはリヴァプールで有名になり、キャヴァーンやアイアン・ドアといった
クラブで演奏するようになった。時には、当時「スウィンギン・シラ」と名乗っ
ていたシラ・ブラックをシンガーに迎えることもあった。しかしその時代にも、
テイラーは相変わらず肉をさばき、配達していた。

1962年の暮れ、ビートルズとドミノーズは共にハンブルグのスター・クラブで演
奏していた。テイラーは自分たちの演奏を録音するために、ステージにテープ・
レコーダーを置いた。それを見たレノンは、ビートルズの演奏も録音してくれと
彼に頼んだ。貧弱な音質ではあるが、それは当時のビートルズがどのような演奏
をしていたかがわかる、歴史的な記録となった。そのレコーディングをリリース
した後の1998年、テイラーは高裁で敗訴の判決を受ける。

1963年の年明けにビートルズはリヴァプールに戻り、すぐさま成層圏にまで突き
抜けて行ってしまう。一方、サキソフォンにハウイー・ケイシーを加えたドミ
ノーズは、1963年のあいだじゅうハンブルグに留まった。彼らはザ・シェイカー
ズ名義で1枚のアルバムを録音した。印税なしの1回払い契約だった。ロックン
ロールのスタンダードを集めたそのアルバムは『レッツ・ドゥ・ザ・マディソン、
ツイスト、スロップ、ハリー・ガリー、モンキー』というタイトルでリリースさ
れ、ドイツでチャート入りを果たす。そしてそのアルバムからのシングル「ヒッ
ピー・ヒッピー・シェイク」は4位まで到達した。

彼ら自身の名義では、ソロモン・バークの「スチューピッドリー」の激しいカ
ヴァー・ヴァージョンを1964年4月にデッカからリリース。同じ年には、彼らの
ヒーローであるチャック・ベリーとカール・パーキンスとセットでのUKツアーも
行われ、大成功を納めた。しかしその頃には、マージー・サウンドはさらに先を
進んでいた。

1966年、テイラーはミュージック・ビジネスを離れる決心をする。彼は1964年
にギッタ・ダンファースと結婚していて、家族を養って行かなくてはならなかっ
た。彼は肉屋の仕事に没頭する。最初はサウスポートのマーケットで、そして
バークデイルで自分の店を開いた。朝5時に起きて肉の配達をしなければならな
い生活。クラブでの演奏とは縁がなくなった。

それから30年以上が過ぎた2000年ごろ、こんな警告を刷ったポスターがリヴァ
プールの街じゅうに貼られた。

「お前たちの最悪のナイトメアが現実に。キングサイズ・テイラーがリヴァプー
ルに戻ってくる」

テイラーは2人の元ドミノーズ、サム・ハーディーとジョン・フランクランドを
誘って、マージービートのためのチャリティーを企画したのだ。
2002年には、彼はスター・クラブのリユニオンのためにハンブルグを再訪。2度
の離婚を経験したが、60年代のガールフレンド、マーガ・ビアフロイントと再会
してすぐに再婚した。

2009年、彼は新しい曲を発表した。タイトルは「ザ・マン(フー・トート・ザ・
ビートルズ・ハウ・トゥ・ロック)」。その翌年、彼はソロモン・バークとハンブ
ルグのステージで共演した。「スチューピッドリー」をバークのために演奏し、
彼から賞賛を受けたことは自身のキャリアのハイライトだったと、テイラーは
語っている。

最初の結婚で生まれた子供のマークは、エキストラズという彼自身のバンドを
持っている。テイラーはマークと一緒にステージに立つこともあった。マーガに
先立たれた彼にとって、それは生き甲斐でもあった。

エドワード・ウィリアム “キングサイズ” テイラー、シンガー&ギタリスト、
1939年11月12日生まれ、2023年1月2日死去。

Kingsize Taylor obituary
- Singer and guitarist with the Dominoes, Merseybeat rivals to the
Beatles in the early 1960s
By Spencer Leigh, The Guardian, Wed 11 Jan 2023

https://www.theguardian.com/music/2023/jan/11/kingsize-taylor-obituary fbclid=IwAR35UVD4Dc0z3kKOzzLhrg5k1577_uziB3rCC7rd7FHvwc0FTjo-Yk7oANA


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□■ 第830号 ■□

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