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May 20 2025, No.887
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リヴァプール・ニュース / News of the Liverpool World
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ NLW ■
     *** http://scousehouse.net/ ***


□■ INDEX ■□

 ▽フロム・エディター
 ▼エコーのエコー:エヴァトンのピッチを手がけて40年
 ▽NLWアーカイヴ:#28「120年目のグッディソン・パークで」(2012)
 ▼スカウスハウス・ニュース
 ▽今週のフォト


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▽フロム・エディター
---------------------------------------------------------------- NLW □

こないだの日曜日、来季の本拠地移転が決まっているエヴァトンFCが、グッ
ディソン・パークで最後のリーグ・マッチを戦いました。
相手は降格が決まっているサウサンプトン。2-0の快勝で見事な有終の美を飾
り、133年を過ごした伝統のスタジアムに別れを告げました。

試合後のインタヴューで、デイヴィッド・モイーズ監督はこう話しています。

「今日を迎えるのはやっぱり怖かったね。ずっと前からいろんな人がこの日の
ことを話題にしていたからね」
「スタジアムの外の景色は信じられないものだった。それを見て、ああこのク
ラブはこういう大きな日や、大きな未来を迎える必要があったんだなと思った
よ。これがそのスタートになるといいね」

「選手たちには、今日ちゃんと有終の美を飾ることができなければ何も始まら
ないんだと伝えた。我々は使命を果たすことができた。試合に勝ち、45ポイ
ントに達した。選手たちはそのプレッシャーからは解放されたけれども、別の
プレッシャーはあったね。こういう特別な機会で、錚々たる人たちが観ている
前でのプレイだったから」

かつて11年半指揮を執ったクラブに復帰して4ヶ月が経った現在の心境につ
いて、モイーズ監督はこう話しています。

「実際のところ、楽しめているよ。まあたまに『そりゃ無理だよ』って言いた
くなるような要求なんかもあるけどね。でもこのクラブがまたひとつになりつ
つあるという手応えは感じている」
「以前はサポーター、プレイヤー、クラブ、オーナーのラヴ・アフェアは完全
に崩壊していた。でも我々はなんとか努力して再びまた一緒にベッドに入れる
ような関係になったよね。へんな例えだけど」
「今日やったみたいなことを新しいスタジアムにも持って行くことができれば、
きっと何かが起こるはず」

いやあ、いいですねえ、モイーズ監督。僕はこの人が大好きなんです。

それにしても、今シーズンのエヴァトンにはほんとうにハラハラさせられまし

スタートからいきなりつまづいてしまい(開幕から4連敗)、その後もなかな
か勝ち星に恵まれず、降格圏(リーグ17位以下)あたりに沈みっぱなしに。
その頃のエヴァトン・ファンは、「ま、まさか新スタジアムでのめでたい開幕
をチャンピオンシップ(2部リーグ)で迎えることになるのでは……」と真っ
青になっていたものです。

ところがところが、1月に監督交代を決断、12年ぶりにモイーズを呼び戻し
たことでエヴァトンは息を吹き返して一気に上昇、かるがると降格圏にオサ
ラバしちゃったのです。モイーズ前は19戦3勝8敗8分(17ポイント)で、
モイーズ後は17戦7勝3敗7分(28ポイント)。なんと見事なカムバックで
しょう! 宿敵リヴァプールとのグッディソン最後の「マジーサイド・ダー
ビー」に、ラストプレイでドローに持ち込んだ試合も劇的でした。

リーグ順位は現在13位。前後とは4ポイントずつ開いているので、今週末の
最終戦の結果を待たずに順位確定です。

というわけで、無事にプレミアリーグ中位の成績を収めたエヴァトンは、大手
を振って新スタジアムに移転することになります。めでたしめでたし。

その一方で、今後どうなるか心配されていたグッディソン・パーク・スタジア
ムは、来季からエヴァトン女子チームのホームとして使用されることが先日発
表されました。「取り壊しなんて莫迦なことはしないよね?」とは思ってたん
だけど、いちばんいい形に落ち着いたんではないでしょうか。

女子チームについて少し触れると、英国の女子フットボールのトップリーグは
「Women's Super League」といって、近年たいへんな盛り上がりを見せていま
す。
女子スーパーリーグ(WSL)のチーム数は12で、リヴァプールもエヴァトンも
所属。今季のトップ3は上からチェルシー、アーセナル、マンチェスター・ユ
ナイテッドでした。チェルシーはリーグ、リーグカップ、FAカップの3冠達
成。リヴァプールはリーグ7位、エヴァトンは8位でした。

ちなみに、リーグ最終戦のマンチェスター・ダービーは3万人以上(オールド・
トラッフォード)、マージーサイド・ダービーは1万5千人以上(アンフィー
ルド)の観衆を集めています。
WSLでは、日本人選手13人がプレイしていて、僕のいち押しはもちろんリヴァ
プールの長野風花選手ですが、エヴァトンにも今季から林穂之香選手が所属。
チームの主力として活躍しています。グッディソンでもがんばってね。

● ● ●

「エコーのエコー」では、グッディソン・パークで30年もグラウンドキー
パーを務めてきたボブ・レノンさんのお話を。リヴァプール・エコー紙の記事
です。

● ● ●

ついでに、僕が13年前に書いた観戦記「120年目のグッディソン・パークで」
を、「NLWアーカイヴ」のナンバー28として再録します。よかったらどうぞ。

● ● ●

今週のフォトは、エヴァトンのグッディソン・パーク・スタジアムの写真を紹
介します。ちょっと古いものになると思います。
 http://scousehouse.net/magazine/nlw_photo887.html 

● ● ●

毎年恒例、リヴァプールで開催されるビートルズの祭典「インターナショナル・
ビートルウィーク」。その観賞パッケージ「スカウスハウス・ツアー2025」の
参加者募集中です!
 http://scousehouse.net/beatleweek/scousetour2025.html

                        --- Kaz(20/05/2025)


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▼エコーのエコー:エヴァトンのピッチを手がけて40年
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2025年5月18日付「リヴァプール・エコー」に掲載された記事を翻訳して紹
介します。
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エヴァトンのピッチを手がけて40年

 ジェス・モリニュー
 2025年5月18日

グッディソン・パークでのリーグ最終戦が行われる今日、エヴァトンFCに
とってのひとつの時代が終わりを迎える。来季から男子トップチームは、リ
ヴァプールのウォーターフロント、ブラムリー・ムーアに建設された最新型ス
タジアムを本拠地とする事が決まっているからだ。しかしこの試合をもって
「グランド・オールド・レディ(グッディソン・パークの愛称)」でのプロ
フェッショナル・フットボールの歴史に終止符が打たれるというわけではない。

エヴァトン・フットボール・クラブはつい先日、エヴァトン・ウィメンの本拠
地を移して、グッディソン・パークを新たなホームとすることを発表した。ク
ラブとホーム・グラウンドの歴史はこれからも続いて行く。
133年にわたる年月でこのスタジアムが見つめてきたのは、名選手や監督だけ
ではない。裏方として働く無名のヒーローの姿も、数多く目にしてきている。
たとえばピッチを丁寧にメンテナンスするグラウンド・スタッフ。天候に関わ
らず彼らは、サポーターたちがターンスタイル(入場ゲート)をくぐる時間よ
りずっと早くからグラウンドで働いている。そのうちの一人、リディエット
(マージーサイド州セフトン行政区)出身のボブ・レノンは、ほぼ40年間を
このクラブに捧げてきた。彼は、エヴァトンで働くことでもっとも気に入って
いるのは、1日として同じ日がないことだと語った。

「リヴァプール・エコー」の「How It Used To Be」シリーズの一環として、
クラブの歴史におけるひとつのチャプターが終わりを迎える今週末を前に、
我々は65歳のボブに、グッディソン・パークで過ごした数十年での彼の役割
や思い出について聞いた。ボブは生涯にわたる「ブルー」(エヴァトン・サ
ポーター)だ。

「私はウエスト・ダービーにあるベルフィールド・トレーニング・グラウンド
のヘッド・グラウンズマン(グラウンドキーパー)だったんだよ。1988年か
ら。それがエヴァトンでのスタートだ」

「その前はリヴァプール・シティ・カウンシルに雇われていて、いろいろと見
習い仕事を受け持っていた。公園やらガーデンやらでね。1980年代はあらゆる
ことが変わって行ったよ。その頃の私はまだまだ子供だったんだが、ある日リ
ヴァプール・エコーで求人を見つけたんだ。グラウンズマンの仕事のね」

「とりあえずと思って名前を書いて出しておいたら、数日後にエヴァトンのメ
イン・オフィスに呼ばれた。セクレタリーのジム・グリーンウッドによる面接
があってね、当時のグラウンズマン、アラン・ストーリーもそこにいた」

「それで、トレーニング・グラウンドのグラウンズマンに採用されたわけだ。
そのあと、1995年にダギー・ローズから、グッディソンのヘッド・グラウン
ズマンの職を引き継いだ。今年で30年だ。このクラブに関わってからだと38
年ってことになる」

「エヴァトンで職を得た頃の私は、引っ越ししたばかりで、妻のキャロルと結
婚したばかりだった。6ヶ月かそこらのあいだに、何もかもが新しくなったん
だよ」

「うちのワイフも強烈なブルーでね。彼女のファミリーもみんな強烈なブルー
だ。私にはロバートとマシューという2人の息子がいるんだが、3つか4つの
頃からピッチに立たせているよ。立たせるだけじゃなくて芝を刈らせたりね。
ちょうどポール・ガスコインが在籍していた頃だ。彼はよく面倒をみてくれた
よ」

ボブにとって、彼の仕事のもっとも愛すべきところは、「毎日が違っている」
ことだと言う。

「何が起きるかわからない、みたいなところはあるね。ピッチのメンテナンス
をする―――刈り揃える、水やりをする、肥料を撒く、補修をしてきれいにす
る。冬だったらライトをあてたりね。ピッチもマシンもメンテナンスしないと
いけない。同時進行のシナリオでね」

「エヴァトンは仕事に来るのが楽しみな職場だよ。なぜならみんないいやつば
かりだから。ケータリング担当とかファイナンス担当とか、部署に関わらずね。
フットボールがコミュニティの中にあるんだよ」

「スタンドのすべての席に、スカーフを巻いたファンが座っている。仲の良い
ファミリーみたいじゃないか。私のその日の仕事は終わっている。周りはぐ
わーっと盛り上がっている。そんな時間がたまらなく好きなんだよ」

「いい仕事をしようとすればそれなりにプレッシャーは感じるけどね。それで
もやり切って、その日の終わりに選手たちがプレイしている姿を見ると、満足
感はひとしおだね」

何十年にもわたってエヴァトンで働いてきたボブには、監督や選手たちとの思
い出もあるはずだ。

「そうだな、いちばんの思い出は最初にグッディソンに来た日だね。選手全員
に会ったよ。ポール・ブレイスウェルやピーター・リード、ネヴィル・サウ
ソールといった選手にはいつも刺激をもらえたし、コリン・ハーヴェイはダイ
アモンドみたいに光り輝いてたね」

「コリンは素晴らしいプロフェッショナルで人格者だった。ハワード・ケン
ドールをはじめとする全選手だけでなく、メンテナンス・スタッフから掃除
スタッフからシェフからなにから、ベルフィールドのスタッフも含めて、とに
かくクラブの全員に歓迎される存在だったな」

「私が働き始めた頃のエヴァトンはだね、スタッフ全員が総出で観客を迎えた
ものだよ。それがエヴァトンというクラブだった。まさにファミリーの絆が
あったよね」

「もうひとつのお気に入りの思い出はだね、ジョー・ロイル監督との仕事、そ
して95年のFAカップ優勝だな。ウエンブリーに観に行ったよ。勝ったあと
ジョーは彼の家で優勝祝いのパーティーをやって、我々グラウンド・スタッフ
もメンテナンス・スタッフもみんな招待してくれた。あれはほんとうにうれし
かったよ。忘れられない。トレーニング・グラウンドで働く私をだよ。ファン
タスティックな思い出だ」

「朝食やディナーを共にした選手といえば、ピーター・リード、トニー・コ
ティ、ネヴィル・サウソール、グレアム・スチュアート...リストはエンドレ
スになるな。監督だって同じだけど」

「マイク・ウォーカー、ジョー・ロイル、コリン・ハーヴェイは素晴らしい人
物だったね。ウォルター・スミスはジェントルマンだった。このクラブで働い
たすべての人が、非常にフレンドリーな人間だったよ」

本日、5月18日は、何万人ものサポーターが男子チームのファイナル・ゲー
ムを祝うためにグッディソンに集まるだろう。
来季からのホーム・スタジアムとなるブラムリー・ムーアでの仕事を打診され
たものの、ボブはグッディソンに残ることを選んだ。

「ジョン・ハウエルが新スタジアムに行くよ。私とトニー・バルショウがグラ
ウンズマンとしてここに残る。「毎日ここで働いているし、試合が終わっても
そうなる」

「土曜日に芝を刈って、音響や照明もチェックする。日曜日は朝6時出勤だね。
プレ・マッチのプレゼンテーションがあるからね。芝をまた刈って、線を引い
て、水を撒いて」

「このクラブのトップチームは新しいステージに移る。財政的な後ろ盾は前進
のために必要なことだからね。しかし同時に、アカデミーや地域のフットボー
ル・コミュニティ、そして女子チームにとっては、グラスルーツに回帰する何
かをもたらすのではないかな。彼ら、彼女らにとっては、私は今回の移転は良
かったと思っているよ。人々にエヴァトンを引きつけるきっかけになるだろう
からね。もちろん、エヴァトン女子チームに興味を持ってもらうきっかけにも
なる」

「これはひとつの時代の終わりじゃない。新しい時代の始まりなんだよ」

I've worked at Goodison Park for decades and no day is the same
 Bob Lennon has dedicated almost 40 years to the club

 By Jess Molyneux Nostalgia Reporter
 18 May 2025, Liverpool Echo

https://www.liverpoolecho.co.uk/news/nostalgia/ive-worked-goodison-park-decades-31657132


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▽NLWアーカイヴ:#28「120年目のグッディソン・パークで」(2012)
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過去のNLWからピックアップしてお届けするアーカイヴ・コーナーです。
第28回は、13年前のNLW No.522(2012年9月25日発行)掲載のフットボー
ル観戦記「120年目のグッディソン・パークで」を再録します。グッディソン・
パーク・スタジアムへの惜別の思いを込めて。

「120年目のグッディソン・パークで」 / Kaz (2012)----------------

≪≪≪ NLW No.522 - September 25, 2012 ≫≫≫

<2012年8月20日、月曜日>

マンチェスター空港からコーチでリヴァプール入りした僕は、ホテルにチェッ
クインしたあと、ひと息つく間もなく部屋を出た。
タクシーに乗る。目指すはグッディソン・パーク・スタジアム。時間は午後7
時半になろうとしている。30分後に、エヴァトンFCの2012-2013シーズン開
幕戦のホイッスルが鳴る。

リヴァプールをホームとするプレミアリーグのクラブは、リヴァプールFCと
エヴァトンFCの2チームがある。
リヴァプールは世界的にも日本でも有名だけれど、エヴァトンはそうではない。
外国人投資家に買収されてぶくぶくと太っていくクラブが多い中、エヴァトン
は昔も今も個人オーナーのもとで身の丈経営を貫いていて、遠い日本から見る
ととても地味な存在である。よほどのサッカーファン以外には名前すら知られ
ていない…かもしれない。

しかし、である。
お金もなくて世界的なスターもいないエヴァトンだけれども、毎年ビッグクラ
ブを脅かすような成績を残している。トップ・グループには入らないものの、
監督力と選手の団結力で、セカンド・グループにしっかりと喰い込んでいるの
だ。世界一タフなリーグと呼ばれるプレミア・リーグで。

僕はリヴァプールFCサポーターで、つまりはエヴァトンは本来ならにっくき
ライヴァルであるべきチームなのだけれど、実はけっこう…いや、かなり好き
である、エヴァトンが。ほとんどファンといってもいいかもしれない。
決してエレガントではないけれど、ひたすら根性で相手に立ち向かっていくそ
の泥臭いフットボールには、抗いがたい魅力がある。そして、そのチームを支
えるサポーターたちの姿にも、フットボール・ファンとして、そしてリヴァ
プールという街のフォロワーとして、ひとかたならぬシンパシーを感じている。


<今日の試合は>

相手は強豪マンチェスター・ユナイテッド。この夏、日本代表のエース香川真
司選手が新しく加入して大きな話題になったばかりである。この開幕戦は、彼
にとっての記念すべきデビュー戦となるかもしれない。いや、おそらくそうな
るだろう。
世界有数の人気と伝統を持ち、この6シーズンで4回もプレミアを制している
ユナイテッドの開幕戦に起用されるとなると、日本のサッカー史上においても
特筆されるべき快挙、のはずである。

しかしもちろん、僕はユナイテッドに勝ってほしいわけではない。エヴァトン
に勝ってほしいし、その可能性はじゅうぶんにあると思っている。
だって、エヴァトンはユナイテッドに強いのだ。ホームでもアウェイでも、い
つも互角に戦うのだ。
選手層からすると圧倒的に不利なんだけど、しかも怪我で主力選手が欠場の場
合も少なくないけれど、それでも、ピッチに立つのは11人対11人であり、そ
の1人ひとりが「絶対に負けへんで」という気迫で立ち向かって行く姿に、感
動させられるのだ。
昨シーズン終盤、エヴァトンはユナイテッドのホーム、オールド・トラフォー
ドで激しい打ち合いを演じ、4-4で引き分けた。このゲームこそがユナイ
テッドの優勝を阻んだと言っても過言ではない、と僕は思っている。

というわけで、この試合はただのマッチではない。長旅の疲れだとか時差だと
かお腹がへったとかまずビールが飲みたいとか言っている場合ではないのであ
る。なんとしても現場に居合わせなければ。この目で見届けなくては!


<グッディソン・パーク到着>

スタジアムに着いたのは19時45分。
周辺は大勢のエヴァトン・サポーターでごった返している。どこを見てもブ
ルー、ブルー、ブルー。キックオフまであと15分というのに、誰にも慌てて
いる素振りは見られない。
「おいおいみんな、早く入らないとゲームが始まっちゃうぞ~!」
…と心の中で叫んだものの、僕にもちょっと余裕が生まれて、せっかくだから
とスタジアムをぐるっと一周してみることにした。だって、開幕戦を迎える
ホームの雰囲気を味わうには、今しかチャンスはないのだから。

サポーターたちの表情は、これから大一番を迎えるという緊張感や高揚感は特
に感じられない。でももちろんみんな、どことなくうれしそう。「ああ、今年
も始まるなあ」といったところだろうか。
フットボールは彼ら、彼女らにとって特別なものではなく、生活の一部なのだ
ろう。
空はさわやかに晴れている。酷暑まっただ中の日本から来たばかりの身にはう
れしいくらいに涼しい気温である。でも夜は冷えそうだな…。

ターンスタイルを回してスタジアムに入り、自分の席についたのは、19時55
分。キックオフ5分前。まさにこれから選手たちが入場しようという場面だっ
た。僕の座席は、バックスタンドの最前列。センターラインの近くだった。
一段低くなっているため、座ると目線はピッチとほぼ同じくらいの高さ。全体
を俯瞰してゲームを観ることはできないけれど、なにしろ選手に近い。サイド
ラインはすぐそこにある。まさに「かぶりつき」という表現がぴったり。選手
を間近で見ようと思えば、これ以上は望めないくらいに素晴らしいポジション
である。

僕の横は60代くらいのご夫婦。反対側には10歳くらいの男の子とそのおじい
さん。ぐるりとまわりを見渡してみても、ローカルっぽくない顔を見つけるの
は難しい。きっとみんな筋金入りのファンである。ちょっと場違いな気もしな
いではないけれど、もちろん誰も僕を変な目で見たりしない。「JAGIELKA 6」
のレプリカ・ユニフォームを着てるし、エヴァトンを応援するために来てるん
だから。

両軍の選手たちがピッチに姿を現した。おや、赤いユニフォームの中には26
番が! 香川選手、いきなり先発でデビュー!?
すぐに場内アナウンスとスクリーンでの選手紹介が始まった。エヴァトンの選
手ひとりひとりの名前がコールされるたびに、大きな雄たけびがスタジアムに
響く。グッディソン・パークは、4万人入るというのが信じられないくらいに
コンパクトなスタジアムである。それだけにピッチの選手たちとサポーターと
の密着度が高く、まさに「一緒に戦う」という感じがある。


<ゲームが始まった>

注目のカガワは、なんとトップ下にポジションをとっている。彼の前にはスト
ライカーで大黒柱であるルーニーだけ。つまりユナイテッドの得点源にどれだ
けいい状態でボールを供給できるか。それがカガワのミッションということに
なる。

しかし、ゲームは完全にエヴァトンのペースで進む。全員がものすごい気迫で
プレッシャーをかけて、ユナイテッドの選手を追いつめている。全力でボール
を奪い、奪われたらもっと全力で奪い返す。僕の好きなベインズとジャギエル
カのイングランド代表コンビも、いつものようにアグレッシブにプレイしてい
る。

目の前を、両軍選手の鋼のような筋肉が躍動し、おそろしいスピードで駆け抜
けて行く。タックルなんかしようものなら、5~6メートルは離れているとい
うのに、恐怖を感じるほどの迫力。
フィジカルだけではない。誰もがひとつのボールに集中し、脳みそをフル回転
させながら全力でプレイしていることが、びりびりと伝わってくる。

ハーフタイム。
エヴァトンは惜しいシュートがあったもののゴールは決まらず、0-0で前半
を終了した。
しかし主導権は我々にある。このまま攻め続ければきっとリードを奪うことが
できるだろう、そういう手ごたえを感じながら、売店の列に並んだ。まわりは
もちろんエヴァトン・サポーターでごったがえしている。みんな僕と同じくポ
ジティヴな気持ちなのだろう、誰の表情も明るく晴れやかだ。

カガワには、思ったよりボールが回って来なかった。しかし彼は45分間ずっ
と、相手のパスコースを消す、味方のパスコースに入る、ボールを持ったらシ
ンプルにパスを出す、ということに集中しているように見えた。ひいき目かも
しれないけれど、もう少しボールが回って来るようになれば、ユナイテッドの
攻撃の起点になるはずだ。うん、そうなってほしい…でも点は入れないでくれ
よ。

やっと順番が回ってきた。すかさずビールを注文。しかし…ビールはたった今
売り切れてしまったとのこと。が~ん!


<激しい攻防>

セカンド・ハーフが始まった。
前半よりはユナイテッドのパスがつながる、つながる。さすがである。カガワ
にもボールが渡りだした。
しかしゲームを支配しているのはやはり我々のほうだ。何度も何度もビッグ
チャンスを作りだす。スタジアムはそのたびに大きく沸き、大きなため息に包
まれた。
特に印象に残っているのは、オズマンが放った強烈なボレーシュートだ。
ゴール正面。まったくのフリー。誰もが先制点を確信して思わず立ち上がった。
しかし無情にもボールはゴールバーを直撃。

「なんでやねーん!」

みんなで頭を抱えている間にボールはユナイテッドに渡り、そのままあれよあ
れよとゴール前へ。カガワのスルーパスが通って「うわあやられた~!」と
なった瞬間、ジャギエルカが執念のチャージでクリア!
…ふう~、やれやれ。みんな一緒になって胸をなでおろす。

なんだかちょっとイヤな予感…。
入りそうで入らないときって、カウンター喰らって簡単に点を取られたりする
んだよナ…。
いやいや、だいじょうぶ。そんなマヌケなことは断じて許されない緊張感が今
日のスタジアムにはある。そのうち、必ず、入る。そう誰もが信じている。

そして57分。ついに、ついに、入った!
コーナーキックのボールをアフロヘアのベルギー人、フェライニがヘディング
でユナイテッド・ゴールに叩き込んだのだ。1-0!
スタジアム全体が揺れる、揺れる。あちこちでハグ。おそろしいほどの盛り上
がりである。僕も絶叫してしまった。

ユナイテッドもさすがに黙っていない。
中央からもサイドからも攻撃を仕掛けてくる。カガワもしっかり絡んでいる。
惜しいラストパスがあり、シュートがあった。しかしエヴァトンの選手たちの
集中力は素晴らしい。体を張ったディフェンスでブロックする。あまりの激し
さに、「うわあPKか?」と客席が凍りついた場面もいくつかあった。


<サポーターも戦う>

得点より前だったか後だったか…おそらく後だったはずだ。面白いシーンが
あった。
僕の10mほど右の客席にボールが入り、最前列の兄ちゃんがキャッチした。ユ
ナイテッドのスローインとなる場面である。
ディフェンダーのエヴラがボールを受け取ろうと手を広げると、その兄ちゃん
は彼に罵声を浴びせながら思い切りボールをぶっつけたのだ。ダイレクトで。

エヴラ呆然。
そしてエヴラをヒットしたボールは正面に跳ね返って、そのままさっきの兄
ちゃんの隣にいた別の兄ちゃんの手に渡った。
するとその第二の兄ちゃんは、さっきの兄ちゃんとまったく同じことを繰り返
した。これも見事に命中。これじゃまるでドッジボールである。

さすがにエヴラも頭にきたようで、両手をひろげて線審を見る。しかし線審は
彼を無視。兄ちゃん2人はますますエヴラに罵声を浴びせ、周りの観客たちも
それに加勢している。

断っておくが、エヴラはなんにも悪いことはしていない。ただ赤いユニフォー
ムを着ているだけだ。赤いユニフォームを着て、スローインのボールを受け取
ろうとしただけだ。
プレミアのアウェイというのは過酷な環境なんだなあと、つくづく思った。カ
ガワはこういう場所でこれから戦って行くのだ。

その前だったか後だったか…もう記憶もかなりあやふやだが、僕にもパスが
回ってきた。そう、ピッチからのボールが、僕のところに飛んで来たのだ。
まっすぐに。
カメラを持っていたので万が一を考えてキャッチはせず、右手のこぶしでガツ
ンとパンチング。ボールは高く弾んでピッチに戻って行った。ふう、オッケー。
スタジアムじゅうが注目している中で空振りしなくてよかった…。


<勝った!>

試合はそのまま1-0で終わった。
エヴァトンの見事な開幕戦勝利である。印象としては3-0くらいの快勝だ。
勝ち点3じゃなくて4くらいもらえないかな。
スタンドでは凱歌が延々と繰り返されている。そりゃあうれしいだろう。内容
も結果も申し分ない。しかも相手はユナイテッドである。痛快を絵に描いたよ
うなゲームだ。

外に出る。もう10時をまわっているので空は暗いし、夜風が寒い。
アンフィールドもそうだが、グッディソン・パークも、帰り道はなかなか簡単
ではない。
スタジアム周辺は交通規制があり(とても車はスムーズに通行できない)、バ
スは少し離れたところから発車する。
しかしこれが数が少ないうえにぎゅうぎゅうに詰め込むので、利用するには
ちょっと勇気がいる。
今停まっているバスはすでに満員で、それでもまだ乗せようとしている。ほか
の場所にも列ができているが、ほんとうにそこにバスが来るのかどうかはわか
らない。もちろんすぐに来る保証もないし、座れる保証もない。

混雑がなくなるまでパブでビールを飲むという選択肢も魅力的なのだが、さす
がに疲れている。眠い。それに寒い。早くホテルに帰りたい。
とりあえず広い道まで歩いて、そこで路線バスなりタクシーなりをつかまえる
ことにした。なに、もしもつかまらなくても、30分も歩けばシティ・センター
に到着する。歩きたくはないけれど…。


<長い帰り道、そしてパブで>

…で、結局全部歩くことになった。
でも、途中からアムステルダムから来たという大柄な兄ちゃんと一緒になり、
話しながら歩いたので退屈はしなかった。
彼は定期的にイングランドに観戦に来るフットボール・マニアで、この旅行中
に2つのスタジアム・ツアーと2つのリーグ戦を観るという。オランダやドイ
ツのリーグにも詳しく、ヨーロッパでプレイする新旧の日本人プレイヤーの名
前がすらすら出てきたのにはびっくりした。僕よりはるかによく知っている。

その彼がこう言った。
「これまで国内外でいろんなゲームを観てきたけれど、今日のグッディソン・
パークの雰囲気は、間違いなくベストだ。最高に素晴らしかった」
これには僕も同感である。
エヴァトンの選手とサポーターとスタジアムが、ほんとうにひとつになってい
た。微力ながら、僕もその一部になれた(と信じたい)ことがやっぱりうれし
い。

ホテルの部屋に帰る前、リヴァプール・ライム・ストリート駅の横にあるパブ
「マ・エガートンズ」に立ち寄った。
パイント・オブ・ビターを持ってテーブルにつく。ひとりでぼんやりと今日の
ことを振り返っていると、向こう側で呑んでいたおじさん2人が帰りがけにこ
ちらにやってきた。

「おい、今日のマッチはよかったよな! むちゃくちゃよかったよな!」
「ええ、ほんとに! サイコーでしたね!」
「あんなゲーム、なかなかないぜ!」

がっちりと抱擁を交わして、別れた。
もちろん面識はない。僕が青いユニフォームを着て、今日の試合のプログラム
を持っていたからだ。おじさんたちも、ユニフォームは着てないけれど、プロ
グラムを持っていた。
なんだかほんとうにエヴァトンのサポーターになっちゃったような気分だな…。
僕の右手には、パンチングのときのずしりとした感触がまだ残っている。

愚直なまでに真っすぐで、どんな大きな相手に対してもひるまず、逃げずに正
面からチャレンジする。それがエヴァトンというチームの伝統であり、魅力な
のだと思う。そのスピリットを、クラブもファンも誇りにしているのだ。そし
てそれは、世代を超えて受け継がれている。

グッディソン・パーク・スタジアムのオープンは、1892年8月24日だそうだ。
あと4日で、ちょうど120年である。

(おわり)


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▼スカウスハウス・ニュース
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***  Beatleweek 2025 スカウスハウス・ツアー:参加者募集中! ******

今年8月にリヴァプールで行われるインターナショナル・ビートルウィーク観
賞パッケージスカウスハウス・ツアー2025の参加者募集をスタートしました。
おなじみのビートルズ・コンヴェンションやアデルフィでのオールナイト・
パーティー、キャヴァーン・クラブでのライヴはもちろん、ホープ・ストリー
ト・フェスティヴァルや豪華なフィルハーモニック・ホールでのハイ・クォ
リティなコンサートやマージー河向こうのポート・サンライトでの大きなイ
ヴェント、さらにはあの伝説の「マシュー・ストリート・フェスティヴァル」
プチ復活の野外イヴェントなどなど、これでもかというくらい盛りだくさんの
企画が用意されています。
もちろんスカウス・ハウスのオプショナル企画も充実。リヴァプールとフェス
ティヴァルを満喫していただけるラインナップと自負しています。
初めてのかたもリピーターも大歓迎。聖地リヴァプールで開催される世界最大
のビートルズ・フェスティヴァルに、あなたもぜひ! この夏、ぜひリヴァ
プールでお会いしましょう!
 http://scousehouse.net/beatleweek/scousetour2025.html 


***  スカウスハウス通販:英国盤レコード ******

スカウスハウス通販「英国盤レコード」です!
昨年夏にリヴァプールで買い付けてきたアイテムが中心です。オーダーをいた
だけるとうれしいです!

<通販トップページ>
 https://scousehouse.net/shop/records2024.html 

<通販商品ページ>
The Beatles (LP) https://scousehouse.net/shop/record_single2024.html
Singles & EPs https://scousehouse.net/shop/record_beatles2024.html

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*** 現地ビートルズ・ツアー ******

スカウス・ハウスでは、ビートルズ・ファンの「聖地巡礼」の旅をサポート
しています。リヴァプールでは、22年目となった「リヴァプール・ビートル
ズ・ツアー」、名所観光とランチがプラスされたお得な「ビートルズツアー+
ランチ&名所観光」、「伝説のカスバクラブ・ツアー」をご用意。「現地英語ツ
アー(Magical Mystery Tour, Mendips & 20 Forthlin Road Tour)」の代行予
約も承ります。
ロンドンのビートルズ名所を訪ねる「ロンドン・ビートルズ・ツアー」も大好
評。イギリス旅行の際にはぜひご利用ください。
 http://scousehouse.net/beatles/beatlestour_liverpool01.html
 http://scousehouse.net/beatles/guide_london.htm 


***  PLAY AT THE CAVERN! ******

スカウス・ハウスでは、リヴァプールのキャヴァーン・クラブでのライヴをア
レンジしています。もちろん現地コーディネートつきです。
ウェブサイトの「for ビートルズ・バンド - PLAY AT THE CAVERN!」ページを
ご覧ください。
ビートルズ・バンドのみなさん、「リヴァプールのキャヴァーン・クラブで演
奏する」という夢をぜひかなえてください!
 http://scousehouse.net/beatles/playatthecavern.html


*** スカウスハウス通販:シルバー・アクセサリー ******

スカウスハウス通販「シルバー・アクセサリー」のアイテムは、すべてスカウ
スハウス・オリジナルです。いちばんのおすすめは「Lennon-NYペンダント」
が入荷しています。ジョン・レノンがニューヨーク時代に愛用していたペンダ
ントをイメージしたアクセサリー。チェーンの太さ&長さはお選びいただけま
す。オーダーをいただけるとうれしいです!
 https://scousehouse.net/shop/silver.html 


*** 原稿募集中 ******

NLWでは、読者のみなさんからの投稿を募集しています。
旅行記、レポート、研究、エッセイ、写真などなど、リヴァプール、あるいは
英国に関するものなら何でも歓迎です。
お気軽にお寄せください。楽しい作品をお待ちしています。


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▽今週のフォト
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今週のフォトは、エヴァトンのグッディソン・パーク・スタジアムの写真を紹
介します。ちょっと古いものになると思います。
 http://scousehouse.net/magazine/nlw_photo887.html 


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       *** 隔週火曜日発行 ***


□■ 第887号 ■□

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