リヴァプール・ニュース

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街のトピックス・その他

【赤いバスで離婚?】
ステージコーチ社のドライヴァー、アラン・カランさんは、根っからのエヴァトンFC(ブルーズ)・ファンです。
しかし会社が先月より導入したバスが、アランさんに離婚の危機をもたらしています。
街を二分するライヴァルチーム、リヴァプールFC(レッズ)のヨーロッパ制覇30周年を記念したデザインのバスで、車体の横にレッズのエンブレムや“Chempion of Champions”のロゴが入り、全体が真っ赤に塗られているのです。
アランさんは、不本意ながらそのバスを運転していました。
しかし、それを見て黙っていられなかったのが、奥さんのマリーさんでした。
アランさん以上の熱狂的なエヴァトニアンのマリーさんは、「そのバスの運転をやめないなら離婚する」と夫に迫ったのです。

ブートル在住で54歳のアランさんはこう言います。
「『もしあんたが平気な顔であのバスに乗り続けるんなら、わたしはすぐ出て行きますからね』ってカミさんに言われちゃって」
「カミさんは熱狂的なエヴァトニアンでね。一家全員がそうなんだ」
「宗旨替えと一緒だってカミさんは怒るんだよ。だから乗るのを拒否してシフトを降りるべきだったって。でもそんなことしたら俺はクビになってしまう」
「もうどんづまりだよ、何もかも。行きつけのパブにも行かせてもらえないよ」

アランさんと同じステージコーチ社支部の食堂で働くマリーさんは、赤いバスを運転する夫に朝食を出すことを拒否しています。そして怒り心頭でこう話しています。
「あたしたちの伝統とかフットボールの信仰心を侮辱する以外の何物でもないわ、あのバスは。だからアランがあれを運転することには何が何でも我慢ならないのよ」
「もしアランが自分で何とかできないんだったら、あたしはもう知りませんからね。それならもう終わりよ。あたしたちは別れるしかないわ」

この騒動を聞いてあわてたステージコーチ社は、アランさんとマリーさんを呼んで話し合い、エヴァトンFC・ブランドのバスを導入することを決定しました。
エヴァトン・ブルーのバスは8月の始めに登場することになっています。
もちろん、ハンドルを握るのはアランさんです。 (7月22日)

【スカウス缶!】
缶詰になったリヴァプールの伝統料理「スカウス」が人気を呼んでいます。
史上初めて缶詰のスカウスを販売したのは、ボールド・ストリートで「マギー・メイ・カフェ」を経営するジョン・リーさん。
53歳のジョンさんは、妻のスーさんと一緒に、13年前にこのカフェをオープンしました。

マギー・メイ・カフェのスカウスはオープン当初から人気がありました。あまりにも人気があるので、ジョンさんたちは、持ち帰り用のスカウスを作ることにしました。
その缶詰のスカウスも人気を呼び、自分たちのお店でしか販売していないにも関わらず、すでに4000個が売れたそうです。

ジョンさんの話です。
「マーケット・リサーチをしたら、缶詰のスカウスって存在しないってことがわかったんです。で、このキャピタル・オブ・カルチャーの街のために、何か役に立てればと思って始めたんです。でもこんなにあっという間に口コミで広まるなんて」

「うちの親父はスカウスには並々ならぬパッションを持ってたんですよ。私たちもそうありたいって思ってます。じゅうぶんな需要を喚起できたら、地元のお店やスーパーマーケットにも置いてもらえるかもしれませんね。他にもローカルな料理をそろえて、ゆくゆくはブランドみたいになったらいいな、なんてことも考えてます」

リヴァパドリアンにとって皮肉なことに、この缶詰「マギー・メイズ・オリジナル・スカウス」は、リヴァプールではなくマンチェスターの食品会社「ミナラ・フーズ」で製造されています。
ジョンさんの息子でマギー・メイ・カフェの共同経営者、アンディさんはこう話しています。
「リヴァプールではどこもやってもらえなくて、仕方なくマンチェスターでつくっているんです」

しかし、にっくきライヴァル・シティーで作られていることは、セールスにはほとんど影響していないようです。
ジョンさんが続けます。
「始めた途端、すごいことになっちゃいました。もう4000缶ほど売れてますからね。評判も上々ですよ。リピーターもたくさんいらっしゃいます」
「スカウスってのは、それぞれの家庭で違うもの。だからこのスカウスは我が家のスカウスなんですよ。うちの母親のレシピがベースになってるんです」 (6月25日)

【ボルグの約束】
12日から17日まで、恒例の「リヴァプール・インターナショナル・テニス・トーナメント」が、カルダーストーンズ・パークで開かれています。
今回26年ぶりに芝でのシングル・マッチに出場する予定だったビヨン・ボルグは、残念ながら怪我のため出場できなくなってしまいました。
スウェーデン人のボルグは、過去に5度もウィンブルドンを制した名プレイヤーです。現在は51歳です。

ボルグは、先週土曜日、ストックホルム郊外の自宅の庭でのバーベキュー・パーティーの際に、友人のジャーマン・シェパードに右足を激しく噛まれました。
すぐに病院で治療を受けたものの、ドクターは大会への出場を許可しませんでした。

試合には出場できないながら、ボルグはトーナメント会場にやって来て、テニスコートでのインタヴューに答え、彼の姿を楽しみにして来たファンたちを楽しませました。そして、来年こそプレイすると約束しました。

ボルグの話です。
「ここに来られてハッピーだよ。でもプレイしたかったな。すごく残念」
「芝でのプレイはもう何年もやってなかったからね、楽しみににしてたんだけど。でもアクシデントに逢ってしまったんだ。それにしても、試合の4日前に犬に噛まれるなんてことになるなんてね」
「コートを見てると、すぐにでも飛び出して行ってプレイしたい衝動に駆られるんだ。この4か月、かなり鍛えてきたんだよ。調子も良かったんだ。悲しいよね。来年は必ずここに戻って来たいって思ってる」

ボルグが対戦する予定だったのは、オーストラリア人プレイヤーのパット・キャッシュです。彼もまたウィンブルドンでの優勝経験があります。
大会のオーガナイザーは、ボルグの代役としてリカルド・クライチェックに出場を要請しました。1996年のウィンブルドン優勝者です。

初めてリヴァプールを訪れたというボルグは、ビートルズ・ミュージアムやアンフィールド・スタジアムへ行ってみたいと言います。
「イングランドはほとんどの街に行ってるけど、リヴァプールは今回が初めてなんだ。親戚だって住んでるのにね。この街についても、過去の歴史についても、とにかくいいことばっかり聞いてるよ。とても楽しみにしてた」
「ここでアンダース(大会のオーガナイザー、アンダース・ボルグ)に会えてハッピーだよ。そう、だって同じ苗字なんだもんね。彼がこの大会をここまで育て上げたことは、リヴァプールの街にとっても、テニスを愛する人たちにとっても、すごく大きな貢献だと思う」
「このトーナメントには毎回すごい選手たちが集まって来るよね。エンターテイメント・テニスとしてグレイトな大会だよね」

センターコートでのボルグの公開インタヴューは、13日に行われました。
雨天により試合が中止となり、がっかりした観客を楽しませるためのイヴェントでした。
雨傘やレインコート姿の大勢のファンたちは、ボルグの登場に大喜びでした。ボルグはもちろん、サインや記念撮影にも快く応じました。
当初は15分の予定だったインタヴューは、予想以上に盛り上がり、結局は1時間を超えるものになったそうです。 (6月15日)

【クイーンで新オープン】
新オーナーを迎えた「ウールトン・シネマ」が、3月29日の夜に新装オープンしました。
およそ80年の歴史を持ち、リヴァプール最古のインディペンデント・シネマであった「ジ・ウールトン」は、経営者の死去により昨年9月に閉館しました。
このシネマを救おうと有志によるキャンペーンが展開されましたが、買い取りに必要な資金を集めるまでには至らず、シネマは昨年11月にオークションにかけられました。
新オーナーになったのは、リヴァプール南部のビジネスマンたちの共同体でした。彼らは地元住民たちの希望に応え、シネマを存続させるとを約束していました。そして、予定よりも4週間も前倒しして、再オープンにこぎつけました。

新オープンのセレモニーでは、赤いカーペットが敷かれ、国歌が演奏されました。そして、「クイーン」が出席しました。女王はエリザベスではなく、ウールトン・ヴィレッジに住む84歳のベアトリス・マッケンジーさんでした。ベアトリスさんは、このシネマを誕生以来ずっと見守って来ている唯一の人物です。

新マネージャーのポール・プライスはこう話しています。
「クイーンがリオープンしますって宣伝していましたからね。私たち自前のクイーン、ウールトンのクイーンであるベアトリスに来ていただいたわけです。彼女は1927年の最初のオープンのときも、去年9月の閉館のときも、ここにいたんですよ」
「そういうわけで、私たちはベアトリスのためにレッド・カーペットをひいて、セレモニーを行ったんです。ビショップ・マーティン・スクールから何人か女の子に来てもらって、最後はきちんと国歌の演奏で締めくくりました」

復活して最初に上映された映画も、「クイーン」でした。主演のヘレン・ミレンが今年のオスカーを受賞した映画です。
再オープンが大きな注目を集めたことで、シネマ側は当初の予定を変更し、ローカルの映画ファンのために前売りチケットを発売しました。もちろんすぐにソールド・アウトになりました。

ポールは続けます。
「これでこのシネマは、リヴァプールが800歳になる今年に80歳の誕生日を祝うことができますね」
「この場所は我々に残されたヘリテイジのひとつですよ。それに来年の『キャピタル・オブ・カルチャー』にちなんで言えば、カルチャーの一部を担っているんです。私たちが失ってはならないものなんですよ」
「常連客のみなさんやローカルの著名人のみなさん、協力してくださったみなさんに、心から感謝しています」 (4月1日)

【バイエニアル大成功】
昨年行われた第4回の「リヴァプール・バイエニアル」には、記録的な数のヴィジターが集まったと発表されました。
The Mersey Partnership の調査では、およそ1ヶ月にわたって開催されたこの現代ヴィジュアルアート・フェスティヴァルに、40万人以上のヴィジターが訪れました。これは、2004年のバイエニアルよりも5万人も多い数字です。
40万人のうちおよそ半数がマージーサイドの外部からで、海外ではチリ、デンマーク、アイルランド、ドイツ、日本、オランダ、スイス、USAなどから観光客が集まりました。
2004年に比べて宿泊するヴィジターが多かったことも報告され、期間中の市の経済効果は1350万ポンド(約31億円)と見積もられています。

「リヴァプール・バイエニアル」のチーフ・エグゼクティヴ、ルイス・ビッグスはこう話しています。
「とても励みになる数字ですね。出資してくださったりスポンサーになってくださった方々にもいい恩返しになりそうです。私たちのバイエニアルが、リヴァプール名物の国際イヴェントとしてこんなにメジャーになったんですからね。さらに、世界規模で行われているバイエニアルに貢献するUKチームの一員として、リヴァプール・バイエニアルは独自のポジションを築けたと思いますよ」

リヴァプール・シティ・カウンシルのリーダー、ウォーレン・ブラッドリーはこう話しています。
「リヴァプール・バイエニアルは、今やすっかり、アート・カレンダーの中のメジャーなフェスティヴァルになりました。こんなに短い期間でここまでになるなんて、アメイジングな成功だと思います」
「バイエニアルによって、文化都市としてのこの街を、国際的に広くアピールできました。でもそれだけではありません。私たち自身にもはかり知れないほどの自信を与えてくれました」
「市の財政への経済的な貢献については、ケーキの上のさくらんぼみたいなものです。このフェスティヴァルをもっと良いものにして行くこと自体が、エキサイティングなことですからね。もうすでに、2008年のバイエニアルを『マスト・シー』にするようなワクワクするプランも挙がっていますよ」 (3月18日)

【ウールトン・シネマ復活!】
閉館したウールトンの映画館「ウールトン・シネマ」が、再び幕を上げようとしています。
およそ80年の歴史を持ち、リヴァプール最古のインディペンデント・シネマであった「ジ・ウールトン」は、経営者の死が原因となって昨年9月に閉館しました。
このシネマを救おうと有志によるキャンペーンが展開されましたが、買い取りに必要な資金を集めるまでには至らず、シネマは昨年11月にオークションにかけられました。
新オーナーになったのは、リヴァプール南部のビジネスマンたちの共同体でした。彼らは早速、従来どおりにシネマとして経営すると約束しました。

新しくマネージャーに任命されたポール・プライスは、こう話しています。
「このシネマの将来のことを考えると、ワクワクしますよ。ローカルの人々にとって、ジ・ウールトンがどれほど愛着のあるものかということは、私たちにもよくわかっています。できるかぎり早く再オープンしたいですね」
「このシネマの存続のために戦ったキャンペイナーの人たちに会って、話を聴こうと思っているんです。彼らは素晴らしいアイデアを持っているでしょうからね」

「共同オーナーはみんな地元の人間ですよ。ウールトンのコミュニティに何かを還元したいと思ってるんです」
「コミュニティの第一級の財産であると同時に、歴史もある。リヴァプールにはまだまだブティック・シネマへの需要はあると私たちは考えています。インテリアが美しいですよね。ほんとうに特別なものがありますよね」
「いろいろ意見を聴いてアイデアをまとめて行きたいですね。まず前オーナーのデイヴィッド・ウッド氏がどのような経営をなさっていたのかを知りたいです」
「現時点で何月何日に再オープンします、とは言えないです。でもできるだけ早くそうしたいですね」

存続キャンペーンの発起人のひとり、グレン・シンプソンはこう話しています。
「とんでもなく素晴らしいニュースだ。もうみんな舞い上がってしまったよ。このシネマがシネマとして残るんだからね。しかもローカルのオーナーシップの下でね」
「ジ・ウールトンを救うためにほんとうにたくさんのサポートがあったことも証明されたね」 (2月25日)