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リヴァプール・ニュース
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2006年3月&4月
【キャプテンが年間最優秀選手に】
リヴァプールのスティーヴン・ジェラードが、2006年の Professional Footballers' Association Player of the Year (PFA年間最優秀選手)に選ばれました。
この最優秀選手賞は、選手同士による投票で決められます。
今年最終候補に選ばれたのは、ティエリー・アンリ(アーセナル)、ウェイン・ルーニー(マンチェスター・ユナイテッド)、ジョー・コール(チェルシー)、フランク・ランパード(チェルシー)、そして昨年の受賞者ジョン・テリー(チェルシー)でした。
24日、ロンドンのグロヴナー・ハウス・ホテルで行われた授賞式で、ジェラードはこう語っています。
「正直言って、まだびっくりしてる。最終候補に残った他の5人のメンバーを見たら、ものすごいタレントばっかりだもんね。誰もがスペシャルなプレイヤーだ」
「候補になってなくてもすごいヤツはいる。だからつまり、この賞に相応しいプレイヤーっていっぱいいるんだよ」
「これまでの受賞者のリストを見せてもらったんだけど、すごいよね。ファンタスティックな名前とかレジェンドとかが並んでて。その中に僕の名前が入るなんて、本当に光栄だ。本当にスペシャルなことだ」
「今までの人生でのベスト・ウィークエンドかもね。FAカップの決勝進出を決めて、そしてこんなに特別な賞に選ばれるなんてね。ファンタスティックだよ」
ジェラード自身は、PFAプレイヤーにアンリを、PFAヤング・プレイヤーにはルーニーに投票したそうです。
「(ルーニーについて)あいつはファンタスティックなタレントだよ。今僕がいる場所にウェインが座るのに、そう時間はかからないはずだよ」 (4月25日)
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【決勝へ!】
22日、リヴァプールは、チェルシーとのFAカップ準決勝をマンチェスターのオールド・トラフォードで戦いました。
21分にヨン・アルネ・リーセのフリー・キックで先制し、53分のルイス・ガルシアのゴールで2−0としたリヴァプールは、終盤にチェルシーの猛反撃をディディエ・ドログバのゴールによる1点だけに抑え、1−2で決勝進出を決めました。
試合終了後、キャプテンのスティーヴン・ジェラードはこう話しています。
「まだ終わったわけじゃない。13日に大一番がもう1つ待っている。何としても優勝したいね。次もまたタフなゲームになるだろうけど、しっかり実力を出せば勝てる」
「チェルシーに勝ったのは妥当だと思うよ。前半はウチの方が上回ってたからね。そうだな、60分くらいまではこっちが押していたんじゃないかな」
「で、その後に猛攻撃がやって来たわけだけど、それはちゃんと覚悟していた。彼らはそれだけのチームだから。でも1点許してしまったのはまずかったね、後の仕事がもっとたいへんになってしまった。何とか抑えきったけどね」
「ロスタイムに入った時は、もう終わりだって気持ちにみんながなっていた。でもそこをキャラが喝を入れてくれたんだ。みんな集中しろってね」
リヴァプールのFAカップ決勝進出は、優勝した2001年以来となります。
5月13日にカーディフのミレニアム・スタジアムで行われる決勝戦の相手は、ミドルスブラを0−1で下したウエスト・ハムです。 (4月23日)
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【サー・ポール生誕の病院が…】
ポール・マッカートニーが産まれた病院が閉鎖されることになりました。
ライス・レーンにあるウォルトン・ホスピタルは、140年近い歴史を持つ総合病院ですが、NHSの方針により、今年中にファザカリーのセンターに統合されます。
ただし、将来的なヘルスケア・サーヴィスの需要に備えて、建物はそのまま残されることになりそうです。
印象的なクロックタワーで知られるウォルトン・ホスピタルは、最初は貧窮院として1868年の4月15日にオープンしました。
1897年ごろに入所者のための診療所が開設され、1905年には一般市民にも使われるようになりました。
1914年にはX線などの最先端の医療機器が導入され、1935年に正式にホスピタルとなりました。
現在は、年間10万人もの患者に利用されています。
サー・ポール・マッカートニーがウォルトン・ホスピタルで産まれたのは、1942年6月18日です。
母メアリーは、ポールの出産前まで、この病院の産科で看護婦として働いていました。
ポールの弟、マイク・マッギアが1972年に発表したファースト・ソロ・アルバムのフロント・カヴァーには、ウォルトン・ホスピタル時代のメアリーの写真が使われています。まるで修道女のように見えますが、これが当時の一般的な看護婦の制服だったのだそうです。 (4月21日)
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【ハッピー・バースデイ、ビリー】
4月17日、リヴァプールの伝説のロッカー、ビリー・フューリーの66回目の誕生日を祝うセレモニーが行われました。
1983年に心臓発作で亡くなったビリーですが、今もファン・クラブは活動を続けていて、ファンたちは毎年この日にはピア・ヘッドにある銅像に集まり、思い思いに花束を捧げています。
セレモニーには、ビリーの母ジーンと、弟のアルビー・ワイチャレーも出席しました。
ビリーのペンによる詩『ア・サウザンド・スターズ』とともに花束を添えた85歳のジーンは、こう話しています。
「ファンタスティックなことよね。死んで20年以上も経つのに、彼の想い出をずっと生きさせよう、彼のことを忘れないでいようって、思ってもらえるなんて」
「このビリーの銅像をとっても誇らしく思ってるのよ、あたしは。海のそばに立ってるのも気に入ってるの。あの子はタグボートの甲板員をやってたこともあるから。
ビリーの弟アルビーもシンガーで、ジェイソン・エディという名前でビリー・ヒューリーのヒット曲をフィチャーしたショウをホストしています。
ビリー・フューリーは、50年代に「ブリテンのエルヴィス」と呼ばれ、数々のヒットを飛ばしました。
“Maybe Tomorrow” 、“Margo and Colette” 、“Wondrous Place” 、“A Thousand Stars” 、“Halfway to Paradise” 、“Jealousy” “Once Upon A Dream” 、“It's Only Make Believe” 、“In Thoughts of You” などのヒット曲で知られています。 (4月20日)
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【プレミアシップ 05−06】
イングランド・プレミアリーグの結果です。
16日、アウェーでブラックバーンと対戦したリヴァプールは、前節に続いてロビー・ファウラーのゴール(29分)により1−0で勝ち
試合終了後、ラファエル・ベニテス監督には、ファウラーと来季も契約するかどうかについての質問が寄せられました。
ベニテスはこう答えています。
「もう少し分析してみたい。あわてずにね。でももし彼がこの調子でゴールを決め続ければ、結論は簡単になる。点を取れば取るほど、残留に近づくのは確かだ」
「彼は立派なプロフェッショナルだ。来季の契約が決まっているかどうかってことには関係なく、彼は一生懸命プレイする。リヴァプールを愛するが故にね。彼は私の考えをよく分かってくれているし、シーズンの終わりまでしっかりがんばってくれると思う」
「もしも彼に『ノー』と言うのは、私にとっては難しい仕事になる。彼は納得してくれるだろうけどね。『イエス』と言えれば、私も彼も、そしてサポーターたちもいいんだが」
ファウラー本人は、この質問にこう答えています。
「それについちゃあ、四六時中いろんな人に訊かれるよ。レポーターやら街の人やら友人たちからね。でも僕にとっても、他のみんなと同じくらい不透明なんだよ。今自分が出来るのは、ピッチに出て行ってプレイすること、それだけさ」
17日にアウェイでチェルシーと対戦したエヴァトンは、3−0で敗れています。
現在のリーグ順位は、リヴァプールが73ポイントで3位、エヴァトンが45ポイントで12位です。 (4月19日)
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【ジェリーは命の恩人】
2003年に心臓手術を受けたマージービートのスーパースター、ジェリー・マースデンが、同じ病気で苦しむ人を助けたという話です。
現在スペインのコスタ・デル・ソルに在住で71歳のビジネスマン、コリン・ウィルソン氏は、心臓のバイパス手術を受けるにあたってジェリーに助けを求めました。
手術の辛さをよく知るジェリーは、ウィルソン氏とは面識がなかったにもかかわらず快諾し、毎日のように電話をかけて氏を励ましたのだそうです。
ウィルソン氏は、「リヴァプール・エコー」紙にこう語っています。
「60年代、私はリヴァプールに住んでいてね、ジェリーとはアデルフィ・ホテルでのチャリティ・ディナーで会ったことがある」
「その時彼は大スターだったけれども、ほとんど全員に時間を取って話をしていた姿が印象的だった」
「何年か前に彼が心臓の手術を受けたことは、新聞で読んで知っていた。それで、同じような病状だとドクターに言われた時に、できればアドヴァイスをもらえないだろうかと彼に手紙を書いたんだよ」
ウィルソン氏の動脈に異常があることを医者が発見したのは、昨年の8月でした。
医者はウィルソン氏に、生死にも関わる大手術の必要があることを告げました。
「おそろしい手術だよ。胸を5時間も切り開かれっぱなしで、患者の命が持たない可能性もある」
「ジェリーは電話をくれて、私たちはお互いの体験を綴ったノートを交換した。彼は私にとっての、素晴らしい勇気の源になってくれたんだ」
「アバディーンとかアデレードとか、ツアー中でもジェリーは、1日と空けずに電話をくれたんだよ。優しく、元気づける電話をね。私にとって一番待ち遠しく、同じ苦しみを味わった人間からの貴重な電話だった」
「そればかりか、彼は、私の古い友人で大好きなフットボーラーであるイアン・セント・ジョンにも連絡して、病院の私に元気づける電話をかけるよう言ってくれた」
「私は、彼が私に見せてくれた優しさを、リヴァプールのみなさんにぜひ知ってほしい。リヴァプールにはジェリー・マースデンという素晴らしい男がいるということを」
大手術から5週間経って、ウィルソン氏は順調に快復しています。
数ヶ月のうちに、2人の子供たちの顔を見に英国に戻りたいというのが今の願いだそうです。
「いくらかの副作用はあるがね、でも80%は快復しているよ」
「ジェリーは私に、絶え間のない勇気とグッド・アドヴァイスを与えてくれた。私がいちばん苦しい時にね」
「リヴァパドリアンは親切で思いやりがあるということで有名だけれど、その素晴らしい見本がジェリー・マースデンさんなんだと私は言いたい。リヴァプールには、彼を誇りに思ってほしいんだ」 (4月14日)
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【プレミアシップ 05−06】
イングランド・プレミアリーグの結果です。
9日、リヴァプールはボルトンをホームに迎え、1−0で勝ちました。
ゴール・スコアラーは、この日31歳の誕生日を迎えたロビー・ファウラー(45分)でした。
ファウラーのゴールで6連勝を飾ったリヴァプールは、これでポイントを70としました。
70ポイントに達したのは、過去10シーズンで2度目となり、ホームで挙げたポイント数は過去6シーズンで最高です。
また、相手をクリーンシート(完封)に抑えた試合はこれで32試合目で、クラブ史上4番目の記録となります。
来季の契約更新を熱望しながらいいプレイを続けるファウラーについて、ラファエル・ベニテス監督は試合後にこう話しています。
「ロビーにとってはいいバースディ・ゴールになったね。彼の契約についても、早く答えを出してあげたいと思っている」
「今私が言えることは、私は彼がいいプレイをしたり、ゴールを決めるのをもっと見たいということだ。それはみんなが喜ぶことでもあるから」
ボルトンのサム・アラーダイス監督は、ファウラーについてこう話しています。
「この調子で点を取り続けたら、彼ら(リヴァプール)が手放すはずはないよ」
「あのゴールはまさに彼そのものだ。なぜ彼がこれまでにあれほど多くのゴールを決めてきたかを思い知らせるゴールだよ」
「彼はあのシュートをミスヒットした。しかしちゃんとゴールの枠をとらえていたから、点になったんだ」
「あれはしっかり狙ってのことだ。ヒットしてもしなくても、ボールは枠内に飛ぶ。我々にも前半に絶好のチャンスが2,3あったが、どれも枠を外れていた」
「我々は彼を何とかしないといけなかったね。彼は時間やスペースを生かしてああいったゴールを決めてしまう。前半はウチのペースだったはずなのに、ハーフタイム前には0−1で御の字という感じだった」
「あのゴールが命取りになったね。あれでウチの選手たちはがっくり来てしまった。それでもハードに戦ってくれたが、後半立て直すことは出来なかった」
「前半決めるところで決められなかったツケは大きかったということだ。ヨーロッパ・レヴェルを目指すなら、トップ・ギアの時にきっちり点を取っておかなければいけない。そうすれば、リヴァプールのような強豪が反撃して来ても、気圧されずに戦い通せるはずだ」
8日にアウェイでチャールトンと対戦したエヴァトンは、0−0で引き分けて1ポイントを獲得しています。 (4月12日)
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【プレミアシップ 05−06】
イングランド・プレミアリーグの結果です。
1日、リヴァプールはアウェイでウエスト・ブロムと対戦し、0−2で快勝しました。
ゴール・スコアラーは、ロビー・ファウラー(7分)とジブリル・シセ(38分)でした。
この試合、キャプテンのスティーヴン・ジェラードは、前節の退場で出場停止でした。
試合後、シャビ・アロンソは、こう話しています。
「怪我や、出場停止を除く全員で戦うゲームになったね、今日は」
「一番大きかったのは、早いうちに先制点を取れたことだ。あれでかなりリラックスしてプレイできた」
先制ゴールを挙げたロビー・ファウラーはこう話しています。
「いい仕事ができてよかった。スタートがよかったし、1試合通して勝ちに値する内容だったと思う」
「ウエスト・ブロムがどんな状態で来てるかってのは知っていたよ。先週はトテナム相手に運がなかったよね。でも今日は早い時間に先制で来てよかった。あそこから始めることになったからね」
来季のチャンピオンズ・リーグに予備予選なしで出場できるリーグ2位を目指すリヴァプールですが、マンチェスター・ユナイテッドとの差はなかなか縮まりません。
ファウラーは続けます。
「もう真剣に心配しないといけないね。今からシーズンの終わりまで、できるだけたくさん勝って行かないと」
「かなり難しくなりつつあるけど、他のチームが取りこぼすこともあるわけだから。こっちはこっちでやるべきことをやらないとね」
ラファエル・ベニテス監督は、こう話しています。
「後半はちょっと押され気味だったね。3点目が取れないままにゲームが終わってしまった。まあでも、我々にとっていい結果になったよね」
「とにかく最後までやりつづけるしかない。マンチェスター・ユナイテッドは勝ち続けている。しかし我々も勝ち続ければ、もしかしたら2位でフィニッシュできるかもしれないからね」
同じく1日にサンダーランドをホームに迎えたエヴァトンは、2−2で引き分けています。
ゴール・スコアラーは、レオン・オズマン(5分)とジェイムズ・マクファデン(26分)でした。
現在のリーグ順位は、リヴァプールが67ポイントで3位、エヴァトンが44ポイントで10位です。 (4月5日)
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【基地に着陸】
リヴァプール・ジョン・レノン空港を飛び立ったジェット機が、機長のミスで間違った場所に到着するハプニングがありました。
このライアンエアーのフライトの目的地は、アイルランドのシティー・オブ・デリーでした。
シティ・オブ・デリー空港の管制塔より目視での飛行指令が入ったとき、フライトER9884は、アイリッシュ海を航行中でした。
しかし機長が飛行機を着陸させたのは空港ではなく、その5マイル手前地点にあるバリケリーの空軍基地でした。
着陸直後、勘違いに気がついた機長は乗客に謝り、コーチを手配して39人の乗客と6人のクルーをシティー・オブ・デリー空港に送り届けました。
同時に、この航空機エアバスA320は、直ちに航空庁によるナヴィゲーション機器の検査を受けることになりました。
このフライトは、シャノン空港をベースとするエールジェットの代行としてライアンエアーが飛ばしたもので、機長もエールジェットのスタッフでした。
「レイディース、アンド、ジェントルメン。私たちは間違った空港に着陸しました。ご迷惑をお掛けいたします」
という機長からのアナウンスがあったとき、乗客からは笑い声が上がりました。みんな、機長がジョークを言っていると思ったのです。
乗客のひとりはこう話しています。
「着陸してすぐに、機長が謝ったの。エアポートを間違ったかもしれませんって」
「みんな笑ったわ。てっきりジョークだと思って。でも外を見たら、そこらじゅうに基地があるじゃない。アンビリーヴァブルよね。空軍の隊員たちもびっくりしたんじゃないかしら。出て来て写真撮ってたわ」
ライアンエアーのスポークスマンはこう話しています。
「今回のことは、エールジェットのパイロットが、シティ・オブ・デリー空港と思い込んだことによる勘違いの結果、引き起こされたことです」
「このエールジェットのパイロットは、シティ・オブ・デリー空港の管制塔から目視航行の指令を受けていました。そして、近くのバリケリーとシティ・オブ・デリーを間違ってしまったのです」
「すべての乗客は、コーチに乗ってシティ・オブ・デリー空港に到着しました」
「私どもは、エールジェットとこの航空機のオペレーターに徹底的な調査を要請しました。シティ・オブ・デリー空港にライアンエアーが入って7年以上、あるいはライアンエアーがフライトの運行を始めて20年以上ですが、これまでこのようなミステイクが起きたことは一度としてありません」 (3月31日)
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【プレミアシップ 05−06】
イングランド・プレミアリーグの結果です。
25日、リヴァプール対エヴァトンの「マージーサイド・ダービー」が行われ、ホームのリヴァプールが、3−1で快勝しました。
立て続けにイエロー・カードを受けたスティーヴン・ジェラードが18分に退場となり、10人での戦いを強いられたリヴァプールでしたが、前半終了間際にフィル・ネヴィルのオウン・ゴールで先制。後半開始直後の47分にルイス・ガルシアのゴールで差を広げます。
61分にティム・ケイヒルのゴールで1点差に詰められましたが、84分にハリー・キューウェルのゴールで突き放しました。
試合後、ラファエル・ベニテス監督はこう話しています。
「サポーターのみんなにサンキューと言わなくては。この勝利はほんとうに大きいから」
「このような激しいゲームのほとんどの時間を10人で戦うのは難しい。しかし選手たちは実にハードに戦って勝利を手に入れた。パッションを存分に見てもらえたと思う。そしてルイス・ガルシアとハリー・キューウェルはファンタスティックなゴールを決めた」
「フィジカルに強いグッド・チームを相手に、10人でどうやって戦えばいいのかを我々は知っていた。クラウチは前線にしっかり残って、よくボールをキープしてくれた。そして彼を、ハリーやルイスがサポートした。シャビ・アロンソとモモ・シソコは中盤をコントロールした。我々はチームとしてファンタスティックな仕事をやってのけたんだよ」
「スティーヴンは自分自身に幻滅していたよ。でもチームの仕事には本当にハッピーになっていた。有り余る情熱を持ったプレイヤーだからね、常に100パーセントで没頭してしまうんだ。しかし時には、ハートと同じくらい頭を使うことが求められることがある。あれはミステイクだったし、彼はチームに大きな影響を与えてしまったわけだが、しかし彼ならちゃんと学んでくれるだろう」
エヴァトンのデイヴィッド・モイーズ監督はこう話しています。
「がっかりしているよ。期待していたようなプレイができなかったからね」
「ハーフタイム直前とセカンドハーフの開始直後。2−0になったあの5分間が最悪だったね。2点もリードされるような内容ではなかったはずなんだが、時としてこういうことになってしまう。今日は我々にとってはグッド・デイではなかったということなんだろう」
「クラウチには非常に手を焼いた。彼は実に難しいプレイヤーだよ、相手にするには。グッド・プレイヤーであるうえに、あんなにでっかいんだから」
リーグ順位は、リヴァプールが64ポイントで3位、エヴァトンが43ポイントで10位です。 (3月29日)
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【ミュージアム大人気】
入場料を撤廃して以降、リヴァプールのミュージアムを訪れたヴィジターの数が、129%もアップしたそうです。
撤廃前の12ヶ月の入場者数は、69万4197人でした。1日あたりにするとおよそ2000人ですから、この数字でも決して悪くはありません。しかし撤廃後はさらに入場者を増やし、昨年1年間の入場者数は、なんと158万9500人でした。1日あたり4300人以上です。
この数字は、「ナショナル・ミュージアムズ・リヴァプール」を構成する8つのミュージアム&ギャラリーの入場者の合計です。
「ナショナル・ミュージアムズ・リヴァプール」に含まれるのは、「ワールド・ミュージアム・リヴァプール」、「ウォーカー・アート・ギャラリー」、「マージーサイド・マリタイム・ミュージアム」、「レイディ・リーヴァー・アート・ギャラリー」、「サドリー・ハウス」、「コンサヴェーション・センター」、「カスタムズ&エクサイズ・ナショナル・ミュージアム」、そして「ミュージアム・オブ・リヴァプール・ライフ」です。
「ナショナル・ミュージアムズ・リヴァプール」のダイレクター、デイヴィッド・フレミングはこう話しています。
「私どもは、ミュージアムはすべての人に、分け隔てなく無料であるべきだと固く信じています。そして、訪れる人に素晴らしい体験をしてもらうべきだと」
「『ワールド・ミュージアム・リヴァプール』などは、この4月でオープン1周年を迎えますが、最初の1年の入場者数が50万人を突破しそうです。ユニークなコレクションとエキサイティングなディスプレイ、献身的で愛想のよいスタッフ、テンポラリーなエキシビション企画、こういったものの相乗効果で、人々の関心を惹きつけることができたんでしょうね」
「ワールド・ミュージアム・リヴァプール」は、元は「リヴァプール・ミュージアム」でした。
3500万ポンド(約73億5000万円)をかけて大改修し、展示スペースをおよそ2倍に拡張して、昨年4月に新装オープンしました。
「サドリー・ハウス」と「コンサヴェーション・センター」は、現在改装のため閉館中です。 (3月25日)
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【FAカップ準々決勝】
3月21日、リヴァプールは、バーミンガムとのFAカップ準々決勝をアウェイで戦いました。
結果は、0−7の圧勝でした。ゴール・スコアラーは、サミ・ヒーピア(1分)、ピーター・クラウチ(5分、38分)、フェルナンド・モリエンテス(59分)、ヨン・アルネ・リーセ(70分)、ジブリル・シセ(89)でした(あとの1点はオウンゴール)。
準決勝進出を決めたラファエル・ベニテス監督は、試合後にこう話しています。
「いつも言ってることだけど、うちのストライカーを信頼している。みんなそれだけのクォリティを持ってるからね。そりゃあ3試合で15点というのはノーマルじゃないけど、でもたくさんたくさんチャンスを作ってほとんど点が取れなかったのも普通のことじゃなかったわけだからね」
「30回トライして全然点が入らないこともある。チャールトン戦の時みたいにね。だが今日みたいに、打ったシュートがみんな決まることだってあるんだ」
「選手たちは疲れを知らない様子だったから、どんどん行けと指示したんだ。彼らはみんな、クリーンシートをキープしてもっと点を取ろうとしていたしね」
「いつも言っていることだが、運が必要なこともある。我々のクォリティには問題ないし、ストライカーたちの調子もいい。しかし運がもう少し必要だった。で、今日に限って言えば、運にも恵まれていたというわけだね」 (3月24日)
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【禁煙がんばってます】
英国政府が推し進める禁煙運動で、リヴァプールは優秀な成績を収めています。
2003年から今月末までの間に1万1500人に喫煙をやめさせる、という政府からの数値目標を、リヴァプールは1ヶ月早く達成してしまったのです。
NHS(国民健康保険)の地方局であるプライマリー・ケア・トラストが発表した数字では、セントラル・リヴァプールで6792人、サウス・リヴァプールで2189人、ノース・リヴァプールで2557人が禁煙プログラム 'FagEnds' に参加しています。
地元の関係者たちは、当然このニュースを歓迎しています。
「ロイ・キャッスル・ラング・キャンサー・ファウンデーション」のクリス・オーウェンスはこう話しています。
「たいへん嬉しいことです。ここが全国的に優秀な効果を上げている地域だということの証明ですし、また、リヴァプールでの我々の活動がうまく行っていることがわかってもらえると思います」
「煙草をやめたすべての人にとってのグッドニュースですよ。肺がんや、喫煙が原因とされるその他の疾患に罹るリスクを劇的に減らすことになるわけですからね」
「ハート・オブ・マージー」でスモークフリー・プログラムのマネジャーを務めるピッパ・サージェントはこう話しています。
「こんなにもたくさんの人が煙草をやめようとしているなんて、素晴らしいですね。このトレンドがずっと続くことを願いたいものです」
禁煙プログラム 'FagEnds' に参加して8週間になる、35歳のジェイン・アーミテージはこう語っています。
彼女はそれまで1日20本の煙草を吸い、年間で1825ポンド(約38万円)を使っていました。
「煙草のせいで歯も悪くしてたし、ぜん息も悪化して好きなキック・ボクシングも出来なくなってたのよ。でも今はすっかり調子もいいし、スタミナもばっちりよ。やっぱり煙草は絶対やめるべきだったんだって痛感してる」
「これまでは、仕事から家に帰ってからの夜の時間帯がすごく辛かったんだけど、今はジムに通ってるのよ」
「今はニコチン・パッチを使ってるんだけど、ファグエンズはものすごく助けてくれてるわ。毎週行くたびに禁煙が続いてることをほめてもらえるし、また1週間がんばろうって気になるのよ。ファグエンズのスタッフはファンタスティックなの。禁煙を考えてる人みんなに勧めたいわ」 (3月18日)
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【プレミアシップ 05−06】
イングランド・プレミアリーグの結果です。
15日、リヴァプールはフルアムをホームに迎えました。
まず16分にロビー・ファウラーの復帰後初ゴールで先制し、同点に追いつかれた後は、相手のオウン・ゴールにより2−1として前半を折り返しました。後半も押し気味に試合を進め、終盤にフェルナンド・モリエンテス(71分)、ピーター・クラウチ(89分)、スティーヴン・ウォーノック(90分)と3点を連取。結局5−1のスコアで勝ちました。
嬉しい復帰後初ゴールを決めたファウラーは、試合後にこう話しています。
「ずいぶんかかっちゃったな。KOPのサイドじゃなかったけど、そんなの別にどっちでもいいよ。ゴールはゴールなんだから。とにかくまたここで点が取れて嬉しい」
「なかなか決められなくて、あれこれ言われ出してたからね。でもこれで元通りだ」
「もうひとつ、他のストライカーたちも点を入れたことも嬉しいよね。これで勢いがつくだろう。こういうのをずっと待ち望んでたんだよ。本当に嬉しいよ」
ラファエル・ベニテス監督もファウラーを祝福しています。
「初めてのリーガル・ゴールだったね! 最初のゴールであり、彼にとって実に重要なゴールだったと思う」
「彼は本当に一生懸命やっている。3つのゴールを取り消されもした。だからこの1点は彼に自信を取り戻させてくれるはずだ」
「(21分を残して交代させたことについて)怪我をしていたわけじゃないよ。交代を判断しただけだ。彼をあのまま残す方が楽だったかもしれないが、しかしチームにとってのベストの作戦をとるのが私の仕事だから」
「ファウラーについて訊かれるのは理解できるよ。でもクラウチもモリエンテスもシセも素晴らしい仕事をしたよ。何とかして結果を出さねばならない試合でね」
この試合のスコア5−1は、今シーズン最大のスコアであり、1月2日以降では、2点より多く取った初めての試合となりました。
また、ファウラーの先制点は、今年に入ってからのリーグ戦における、リヴァプールのストライカーの初ゴールでした。
ベニテスは続けます。
「長い待ち時間も終わりだね。ストライカーたちにとっても、チームにとってもファンタスティックなゲームだった。監督としては、起用したストライカー全員がゴールに絡んでくれたことが大きな意義がある。彼らで3点取ったし、シセのアシストでの1点もあった」
「うちのストライカーにはとにかくゴールが必要だった。いいプレイはしていたんだが、点が取れていなかったからね。でもこれで、この種の話題も終わりにできそうだね。みんな自信を取り戻してくれたと思うよ」
「1人のストライカーが点を取れば、そのまま彼を使い続ければ済む話なんだがね。しかし3人が点を取って、あとの1人はアシストを決めたとなると、これは次の試合で大いに悩むことになりそうだ」
リヴァプールのリーグ順位は、58ポイントで3位です。 (3月17日)
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【キャヴァーンはどこ?】
観光局が発行する「ヴィジター・ガイド」の2006年度版に、ビートルズを生んだキャヴァーン・クラブやマシュー・ストリートが掲載されておらず、それが議論の的になっています。
年間2000万ポンド(約42億円)もの経済効果をもたらすリヴァプールきっての観光スポットなのですから、無理もありません。
ツアー・オペレーターたちは、ガイドブックを作り直すように求めています。
「ファブ・ツアーズ」を経営するフィリップ・コッペルはこう話しています。
「マシュー・ストリートもキャヴァーン・クラブもマップに載っていないって聞いて、そりゃあびっくりしたさ」
「それってまるで、ロンドンのマップにロンドン塔とかバッキンガム宮殿が載ってないみたいなもんじゃないか」
「あのエリアの総称の『キャヴァーン・クォーター』が載っているんならまだオーケーかもしれないけど、(ショッピング・センターの)キャヴァーン・ウォークスだけじゃあね、そりゃあ不親切ってもんだろう」
「ビートルズ・ファンはみんな、キャヴァーン・クラブはマシュー・ストリートにあるってことを知ってる。だからせめてマシュー・ストリートくらいは載せようよ」
この新しいガイドブックは、すでに20万部印刷され、新しいツーリスト・インフォメーション・センターである「08プレイス」に並べられています。
皮肉なことに、この08プレイスがあるホワイトチャペルは、マシュー・ストリートからほんの十数メートルしか離れていません。
ガイドブックを発行する「マージー・パートナーシップ」は、彼らはビートルズ・ファンのことを無視しているわけではなく、別に「ホーム・オブ・ザ・ビートルズ」という専用マップを用意しているのだと言います。
ダイレクターのマーティン・キングの話です。
「リヴァプールとマージーサイドのヴィジター・ガイドには、ちゃんとビートルズのセクションがありますよ。もちろん、マップにはキャヴァーン・ウォークスもビートルズ・ストーリーも掲載していますよ」
「熱狂的なビートルズ・ファンのためには、新しく『ホーム・オブ・ザ・ビートルズ』というマップを作りましてね、先週から無料で配ってるんです。ツーリスト・インフォメーション・センターとか、市内の12ヶ所のビートルズ・アトラクションに置いております」 (3月11日)
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【 UEFA チャンピオンズ・リーグ 05−06】
8日、リヴァプールはホームにベンフィカを迎え、チャンピオンズ・リーグ決勝トーナメント1回戦・セカンドレグを戦いました。
結果は0−2での敗戦(前半:0−1)。2試合合計0−3で、リヴァプールは2年連続の準々決勝進出を果たすことはできませんでした。
試合後、キャプテンのスティーヴン・ジェラードはこう話しています。
「悔しいよね、あれだけあったチャンスを活かせなくて。チャンスを作り出すことはできるのに、ゴールには恵まれない。この状態を何とか乗り越えないとね」
「チャンスの場面での自信みたいなものが足りないのかもね。僕らはもっといいチームだったはず。今夜のように、こんなにチャンスを外してばっかりのチームじゃないはずだ」
「でもベンフィカにはがんばってほしいね。アーリーゴールがとにかく重要だったのに、僕らは3つの決定的なチャンスで決められなかった。そうしたらベンフィカに点が入って、これはまずいぞって感じになった」
「もっとシュートの練習をしないといけないんだろうね。どれもちゃんと決められるだけの実力はあるはずなんだからね、僕らには」
「これでFAカップがもっともっと重要になるね。これにトロフィーがかかってるんだからね」
かねてから懸念の、フォワードの得点力不足が露呈した結果となった一戦でしたが、監督のラファエル・ベニテスはストライカーを非難することはせず、こう語っています。
「勝つのにじゅうぶんなだけのチャンスは作れていた。それは明らかだと思う。しかしミスによってゴールには至らなかった。後半は早い時間帯に1点を取りに行ったが、同じことの繰り返しになってしまった。私が思うに、彼らに(通算)2点目を許してしまったことが悪循環になったのではないかな」
「実に、実に、残念だよ。我々は大いなる自信を持って臨んだ。試合前の選手たちの顔を見れば、誰だって間違いないと思ったはずだよ。しかし結局、我々はいいプレイが出来なかった。実力どおりのプレイが出来なかった」
「もしチャンスを作っても点が取れないのなら、もっとチャンスを作って点を取るようにしないといけない。中盤をコントロールできないのなら、それは監督の責任だろう」
「ベンフィカは実にいい試合をした。最初の20分は我々が押していたが、その後は彼らが盛り返して、かなりてこずった。よくオーガナイズされた、素晴らしいカウンターアタック・フットボールをするチームだね」
「我々は最初から全力で行った。勝つためにね。選手たちには、世界で最高のサポーターの前なんだからめいっぱいハードに戦えと言ったんだ」
「これで我々に残されたコンペティションは2つになった。今の状態で切り替えるのは難しいが、それでも次のアーセナル戦やFAカップ(対バーミンガム)に備えないとね」
今季のチャンピオンズ・リーグで、マンチェスター・ユナイテッドに続いてディフェンディング・チャンピオンのリヴァプールも粉砕したベンフィカのロナルト・クーマン監督は、試合後にこう語っています。
「とんでもないことを成し遂げてるね、我々は」
「試合に臨むにあたって、リヴァプールには3点も4点も取る力はないと見ていたんだ。最近の2試合を見ると、ゴールを決めることに関してトラブルを抱えているのは明らかだったからね」 (3月10日)
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【JBふたたび】
今年の『サマー・ポップス』に、「ソウルの帝王」ジェイムズ・ブラウンと、「伝説のジャズ・ピアニスト」オスカー・ピーターソンの出演が決定しました。
ジェイムズ・ブラウンは、1956年にリリースした「プリーズ・プリーズ・プリーズ」以来、ほぼ50年にわたって帝王に君臨し続けています。
2003年に続いて3年ぶりの『ポップス』登場となる今年のステージは、7月7日に決まっています。
JBのコメントです。
「前んときのリヴァプールのショウ、あれはワンノブザベストだったぜ。あんだけ俺の音楽に反応してくれりゃあもう最高だろう」
「また飛び切りのファンクを見せてやろう。待ちきれないぜ」
オスカー・ピーターソンは、7月1日に登場します。
今年81歳になるカナダ人のピーターソンは、エラ・フィッツジェラルドやルイ・アームストロングなどとの共演でも知られる、まさに伝説のピアニストです。
ピーターソンのコメントです。
「リヴァプールのような素晴らしい街で演奏できることは、実に光栄です。みなさんに会えるのを楽しみにしていますよ」
『サマー・ポップス』の主催者チャス・コールはこう話しています。
「ジェイムズ・ブラウンやオスカー・ピーターソンといったミュージック・レジェンドを、レジェンダリーな音楽の街リヴァプールに呼ぶ。まさにアメイジングだね」
「オスカー・ピーターソンのコンサートは、今年のポップスのグレイトなスタートになるね」
シティ・カウンシルのリーダー、ウォーレン・ブラッドリーはこう語っています。
「どんな音楽フェスティヴァルでも、この2人のうちのひとりを呼べれば大成功ってところでしょうね」
「こんな大物が2人も来てくれるんですから、『ポップス』のアピールにもなりますし、リヴァプールのオーディエンスからも大歓迎されるでしょうね」 (3月4日)
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【イエロー・サブマリンになった迷子のクジラ】
今年1月、テムズ河にクジラが迷い込んで大騒ぎになりましたが、50年前のマージー河にもクジラが迷い込んだことがあるそうです。
そしてそのクジラが、ビートルズのヒット曲&映画「イエロー・サブマリン」のインスピレーションになったのではないか、という話です。
新証言を発表したのは、ウールトン出身で現在はデンマークに住む農業ジャーナリストのデイヴィッド・アシュトンです。
デイヴィッドは、幼少時にジョンと仲良しでした。マージー河にクジラが迷い込んだ時も、へイル灯台の近くまで、ジョンとこっそり見に行きました。デイヴィッドはその時のことを、はっきり憶えています。
その時にジョンと描いたクジラの絵を最近発見したデイヴィッドは、ビートルズの「イエロー・サブマリン」のヒントはここにあったに違いないと言っています。
デイヴィッドの話です。
「あのクジラとイエロー・サブマリンには何がしかの関係があるとずっと考えていたんだよ。で、あの絵を見て、やっぱり間違いないと確信した。見ればわかってもらえると思うよ」
「ジョンと私は、よくへイル灯台で遊んだもんだ。クジラが迷い込んだ時も一緒に見に行ったんだよ」
「もう腐りかけていてね、黄色くなっていた。カラスやカモメに食べられていた」
「それで、2人でそれを絵に描いたんだ。母にもらった僕のスケッチブックにね。2人でっていっても、実際にはジョンがほとんどを描いたんだけど」
「母はそのスケッチブックをずっと保管してくれていて、10年くらい前に僕に戻してくれたんだよ。その時は中を見てなかったんだけど、最近整理した時に出てきて、その絵を見つけてもうびっくり。信じられなかったよ」
件のクジラは、1953年の9月にマージー河岸に打ち上げられました。
港湾当局は、そのクジラを救出することが出来ず、窒息で苦しむ様子を見かねて、仕方なく銃殺しました。体長は21フィート(約6.4メートル)で、体重は4トンだったそうです。
デイヴィッドは今、自分の家族のために、この絵にまつわる話を執筆しているところです。もちろん、この絵を手放すつもりはまったくありません。
「この絵はジョンのものだと思ってるよ。私のじゃなくて。売ることはまったく考えてないさ。たぶんものすごい値がつくだろうけどね」
「ジョンと僕は親友だったからね。7歳ぐらいの時からの友達だ。いつも一緒だったんだよ。ユース・クラブとかボーイスカウトとか教会のコーラスとかね。あの絵は僕が12で彼が13の時のものだよ」
「みんな忘れがちだけど、あんなに有名になる前のジョンは、どこにでもいるノーマルな人間だったんだよ」 (3月3日)