リヴァプール・ニュース

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2007年3月&4月

【まだハーフタイム】
4月25日、リヴァプールは、UEFAチャンピオンズリーグ・準決勝のファーストレグを戦いました。
相手は同じプレミアリーグのチェルシー。アウェイとなるロンドンのスタンフォード・ブリッジでの試合でした。
結果は1−0での敗戦でした。

試合後、ラファエル・ベニテス監督はこう話しています。
「ファースト・ハーフはいいプレイが出来ていなかったね。ボールが足についていなかった。簡単にボールを奪われすぎてしまったことが、ああいう悪い結果を招いてしまった。向こうはカウンター・アタックを狙ってきていたね。後半の我々はゲームをコントロール出来ていたと思う」
「彼らがカウンター・アタックを得意とすることはよく分かっている。セカンド・レグではじゅうぶんに注意しないといけないね」
「がっかりはしているよ。ファースト・ハーフでいいプレイが出来なかったからね。だが後半は立て直すことが出来た」
「我々は、アンフィールドでリーグでの彼らの連続得点記録をストップさせた。それを再現したいね。向こうはカウンター・アタックを武器とするグッド・チームだが、我々は勝たねばならない。難しいことではあるが、1月には2−0で我々が勝っているんだから。それが選手たちへのメッセージだ。我々には可能なんだ。我々自身がそのことを知っている。もう一度同じことをやるだけだ。確かにハードなことには違いない。しかしセカンド・レグのアンフィールドでは、我々の後ろには大きなサポートがある。きっとやれる」

チェルシーのジョゼ・モウリーニョ監督はこう話しています。
「リヴァプールはひっくり返せると思っているだろう。だが1−0でリードしているのは我々だ。我々のディフェンスは固い。そして毎試合あたり前のように得点する。向こうで得点すれば、我々は大きなチャンスを得ることになる」

ファインセーヴを連発してゴールを守ったリヴァプールGKペペ・レイナはこう話しています。
「セカンド・ハーフでの彼らは、明らかに疲れていたよ。こっちはいつものような素早いボール回しが出来ていなかったというのに、それでも彼らは疲れていた。土曜日にもタフなゲームがあるし、元気いっぱいで火曜日のセカンド・レグにやって来るのは難しいんじゃないかな、たぶん」
「アンフィールドのアトモスフィアがこれまで以上に重要になってくると思う。期待したいね。ホームでのウチは絶対の自信を持っている。それがどれほどのものかってことをチェルシーに見せてやりたい」
「もっといいプレイをしなきゃいけないし、点を取らなくちゃいけない。何としてでも点を取る方法を見つけなくちゃいけない。リーグ戦の対戦では彼らに2−0で勝っている。もう一度できるはずだ」

リヴァプールのキャプテン、スティーヴン・ジェラードはこう話しています。
「試合後のドレッシング・ルームのムードは、別に沈んだものじゃなかったよ。まだゲームは続いてるんだから。アンフィールドで先制点を取ればいいんだよ。そうすれば最高のセカンド・レグにすることが出来るはずさ」
「今日の結果はチェルシーにとってはハッピーだろうね。でも彼らはセカンド・レグでのウチを相当に警戒しているはずだよ。彼ら自身が、アンフィールドのアトモスフィアに痛い目に遭っているからね。アンフィールドで逆転可能だってことは、彼らもよく分かっているはずさ。今シーズンのプレミアシップでの対戦でも証明している」
「アンフィールドではもっと攻撃的な布陣を組めると思う。でも1点負けていることは忘れてはいけない。まず先取点を奪うことだよね。火曜日の夜に向けてしっかり準備するよ」

チェルシーのフランク・ランパードはこう話しています。
「もっと点が取れてもおかしくなかったね。でも仕方ないか。あれは僕らの時間帯で、ああいうシチュエーションでは、僕らはだいたいチャンスをものにする。それとクリーンシート(無得点)に抑えられたのもよかったね。ここぞという場面でいいディフェンスができたと思う」
「リヴァプールはストロングなチームで、いくつもチャンスを作ることができる。アンフィールドでの彼らは、より自信を持ってチャンスを作り出して来るだろうね。でもこっちだって同じだ。向こうに行っても点を奪う自信はあるよ」

リヴァプールのホーム、アンフィールドでのセカンドレグは、5月1日に行われます。 (4月27日)

【ピートからのメッセージ】
デビュー直前に解雇された元ビートルズのドラマー、ピート・ベストが、サー・ポール・マッカートニーと仲直りしたいと全国紙に語りました。

65歳のピートは、ビートルズを首になった日以来、サー・ポールとは一度も話したことがないそうです。
ピートに代えてリンゴ・スターをドラマーに迎えたビートルズは、デビュー後またたく間にスターへの階段を駆け上り、ポピュラー音楽史上最大の成功を収めるバンドになりました。
一方のピートは、自分のバンドを結成してしばらく音楽活動を続けるもあまりぱっとせず、ヴァンに乗ってパンを配達したり、様々な仕事をして生計を立てなければなりませんでした。

しかしピートは、ビートルズを恨む気持ちはまったくないと言います。
「だんだん若くなるってわけじゃないからね。それなりに年をとって分別もある。今会って話をしても、お互いをけなし合うなんてことにはならないさ」
「神様だって喜んで祝福してくれるさ。なんたって40年以上も前のことなんだから」

ピートがビートルズに加わったのは1960年。ビートルズがハンブルグへの巡業に出発する直前のことでした。
ハンブルグのインドラやカイザーケラー、スター・クラブといったライヴハウスでの過酷な修行はビートルズの演奏技術を格段に進歩させました。そしてブライアン・エプスタインという唯一無二のマネージャーを得たグループは、EMI傘下のパーロフォン・レーベルとの契約にこぎつけます。しかしピートは、パーロフォンのオーディションの後でエプスタインから首を宣告されてしまいました。

解雇された理由について、ピート自身はちゃんとした説明は一切なかったと言っています。
そのために、ありとあらゆる憶測が流れることになりました。
曰く、ピートには才能がなかったから。曰く、ヘアスタイルがバンドにフィットしていなかったから。曰く、あまりにも人気が集中することにレノンが我慢できなかったから。曰く、ブライアンの立て替え払いを断ったから。曰く、信頼のおける人間ではなかったから…。
これらの噂は、すべてピート自身により、長年にわたって否定されてきました。

ピートは続けます。
「あんな経験をすれば、根に持ったり、ひねくれてしまう人もいるだろう。だが私はそうではないよ。自分の人生はすごく幸運だと感じている」
「ビートルズが耐えなければならなかった激務やストレスは、神様にしかわからないだろう。それに、私がビートルズを追い出されたときには、その後あんなことが起きるなんて誰にもわからなかったんだし」
「あの頃みんなで『エルヴィスよりビッグ』になるぞって何かにつけて言ってたのは確かだよ。でも本当にそうなるなんて私は信じてなかったな。他の連中もそうだったと思うけど」

脱退から30年以上が経った1995年、ピートがビートルズとして演奏したナンバーが公式にリリースされました。
『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』に、パーロフォンのオーディションで演奏した<ラヴ・ミー・ドゥ>と<べサメ・ムーチョ>が収録されたのです。
ピートには、印税としておよそ100万ポンド(約2億4000万円)が支払われたと言われています。

ピートは今もドラム・スティックを握っています。
自身の<ピート・ベスト・バンド>を率いて、マイペースな演奏活動を続けています。 (4月22日)

【準決勝へ】
4月11日、リヴァプールはPSVアイントホーフェンをホームに迎え、UEFAチャンピオンズリーグ・準々決勝のセカンドレグを戦いました。
結果は1−0での勝利。2試合合計のスコアを4−0として、準決勝進出を決めました。
ゴール・スコアラーはピーター・クラウチ(67分)です。

試合後、ラファエル・ベニテス監督はこう話しています。
「チャンピオンズ・リーグの準決勝に残れてとてもハッピーだ。チェルシーとの対戦でもきっとやってくれるだろう」
「我々は向こうのことをよく知っているし、向こうも我々をよく知っている。彼らは強いチームで、カウンター攻撃はとてもデンジャラスだ。だがこっちだって同じように強いチームだ」
「今日のゲームは難しいと感じていた。向こうにかなりポゼッションを持って行かれてしまった。しかしあの退場で楽になったね。そしてクラウチがまた決めてくれた。この調子で決め続けてほしいね。チャンピオンズ・リーグのファイナルまで」
「(ベラミーの負傷については)あまりシリアスなものではない。木曜日にメルウッドで検査する必要はあるがね」

ファーストレグに続いてのゴールを決めたクラウチは、こう話しています。
「仕事を終わらせるっていう種類のゲームだったけど、ちゃんとそれができたと思う。スペクタクルなゲームではぜんぜんなかったね。でもプロフェッショナルに正しいことをやるのが僕らの仕事だったから。試合前からみんなそのことはよくわかっていた。だからスコアが低いことは別に問題じゃないよ。たぶん0−0のままだったらもっとガンガン行ってたと思うけど。なんとか勝たないとってことでね」

「ゴールを決められたことはすごく嬉しいよ。このシーズンのこの大会ではいい結果が出てるね。最近は自分でも調子がいいと思う。チェルシーとの対戦が楽しみだ。彼らはすごくタフなチームだから、難しい相手だってことはよく分かっている。でもうちのチームのみんなは、また決勝に行くんだって燃えてるよ。僕自身にとっては初めてだから、もし行けたらドリーム・カム・トゥルーってことになるね」

準決勝の相手は同じプレミアリーグのチェルシーです。
ロンドンでのファースト・レグは4月25日、リヴァプールでのセカンド・レグは5月1日に行われます。 (4月13日)

【アウェイで快勝】
4月3日、リヴァプールは、UEFAチャンピオンズリーグ・準々決勝のファーストレグを戦いました。
相手はアーセナルを退けてベスト8に勝ち上がったPSVアイントホーフェン。アウェイとなるPSVスタディオンでの試合でした。
結果は0−3での快勝でした。ゴール・スコアラーは、スティーヴン・ジェラード(27分)、ヨン・アルネ・リーセ(49分)、ピーター・クラウチ(63分)です。

試合後、ラファエル・ベニテス監督はこう話しています。
「いいプレイができたね。よくオーガナイズされた、効果的なパフォーマンスだった。しかしそれ以上に、我々全員が怪我をしたファビオのことを心配している。あれはテリブルだった。リヴァプールに戻ってからのスキャンの結果を待たないと確かなことは言えないが、かなりシリアスであることは疑いがない。ファビオはいいプレイをし始めたところだったから、彼にとっても我々にとっても大きな痛手だ。彼の周りには誰もいなかったから、後から石でもぶつけられたと思っただろうね。まったく災難としか言いようがない」

「新記録が出たことは、チームにとってもプレイヤーにとってもポジティヴだね。スティーヴィーが点を取って、キャラが大活躍して、そしてゲームに勝つ。こんな試合が年間を通じてできればパーフェクトなんだがね。今のウチには、これで気を抜く選手はいないよ。セカンドレグも同じように本気で戦う。もし前半の45分間相手を沈黙させることができたら、そこではじめてセミファイナルを意識することになると思う」

「私にとっては、トロフィーを獲った年と今年とでは、違った感触がある。違う年の違う大会だから一概に比較はできないが、今のチームの方が上だ。結果もどんどん近づけて行きたいね」

キャプテンのステーヴン・ジェラードは、この試合のゴールでヨーロピアン・カップでの得点を15とし、イアン・ラッシュが持っていたクラブの最多得点記録を塗り替えました。ジェラードの話です。
「ラッシィの記録を破るなんて、ちょっと複雑な気分なんだ、正直言って。子供の頃から憧れてた選手だし、彼の記録を破るなんて考えたこともなかった。彼のほかの記録を上回るかどうかなんてことも考えられない。確かに光栄なことだけど、個人的にすごく大事なことってわけじゃない。大事なのはチームがどうだったかってことだからね。今日のパフォーマンスはすごくよかったと思う。この調子で行きたいね」

「先制点を取った後は、無理に攻めなくてよくなった。そうなるとこっちは有利だ。相手にとっては崩しにくくいし、その上カウンターアタックにも注意しなくてはならないからね。アイントホーフェンとの前の対戦と今日とでは、ウチの戦い方に大きな違いがあったとみんな気づいたと思う。前の時はチームとしてまとまっていなかったし、多くのビッグプレイヤーは本調子ではなかったからね。ご覧の通り、今はキャラガーもリーセもアロンソをはじめ、みんなの調子がいい。僕もね」

「シーズンの初めはほんとにフラストレーションが溜まったよ。エナジーが不足してるっていうか、だるいような状態だった。メンタル的にもフィジカル的にもね。でもクリスマスのあたりからばっちりになったね。何もかも元に戻ったって感じがした。トレーニングもうまくこなせてるしね。ビッグゲームが続くこの時期にピークを持って来れてよかったよ」

「2年前と同じようなフィーリングだね。他の選手も感じてると思う。でも同時に、スロウダウンすることも自分たちに言い聞かせないとね。アテネのことを考えるのはまだまだ早い。その前にやるべきことはたくさんあるんだから」

PSVのロナルド・クーマン監督はこう話しています。
「前のラウンドでアーセナルを破った時と同じ戦術で臨んだ。しかし怪我で重要なプレイヤーを何人も欠いた状態だったから、見ての通り、リヴァプールと対等に戦えるクォリティではなかったね。最悪の結果だ。アンフィールドでひっくり返して次のラウンドへ進むことは不可能だ。それが可能と言えるのは宇宙人ぐらいだろう。1点目を取られるまでは、いいプレイが出来ていたんだがね。しかし徐々にスティーヴ・フィナンを自由にさせることになって、ミスが目立ち始めた。リヴァプールは我々よりも遥かに強い。それは明らかだ。この対戦に勝てると考えるのは現実的じゃない」

元リヴァプールのプレイヤーで、この試合に先発出場したPSVのヤン・クロンカンプは、こう話しています。
「現実は直視しないとね。今の我々のプライオリティは残りのリーグ戦で、リヴァプールでの試合は二の次だ。ここから挽回できるとは思えない。前半はまずまずイーヴンだったと思うけど、後半はぜんぜん違うゲームになってしまった。なんとかゲームの流れを自分たちに取り戻そうとがんばったけれど、2度も手痛い目に遭ってしまった。1つはディフェンスの末のルーズボールから、2つめはカウンターアタックから。ご覧の通り、今のウチは自信を失った状態なんだ。ボールを奪われるのがあまりにあっけなさすぎた。それが度々だったし、獲られたらもう取り戻せない」

リヴァプールのホーム、アンフィールドでのセカンドレグは、4月11日に行われます。 (4月6日)

【クイーンで新オープン】
新オーナーを迎えた「ウールトン・シネマ」が、3月29日の夜に新装オープンしました。
およそ80年の歴史を持ち、リヴァプール最古のインディペンデント・シネマであった「ジ・ウールトン」は、経営者の死去により昨年9月に閉館しました。
このシネマを救おうと有志によるキャンペーンが展開されましたが、買い取りに必要な資金を集めるまでには至らず、シネマは昨年11月にオークションにかけられました。
新オーナーになったのは、リヴァプール南部のビジネスマンたちの共同体でした。彼らは地元住民たちの希望に応え、シネマを存続させるとを約束していました。そして、予定よりも4週間も前倒しして、再オープンにこぎつけました。

新オープンのセレモニーでは、赤いカーペットが敷かれ、国歌が演奏されました。そして、「クイーン」が出席しました。女王はエリザベスではなく、ウールトン・ヴィレッジに住む84歳のベアトリス・マッケンジーさんでした。ベアトリスさんは、このシネマを誕生以来ずっと見守って来ている唯一の人物です。

新マネージャーのポール・プライスはこう話しています。
「クイーンがリオープンしますって宣伝していましたからね。私たち自前のクイーン、ウールトンのクイーンであるベアトリスに来ていただいたわけです。彼女は1927年の最初のオープンのときも、去年9月の閉館のときも、ここにいたんですよ」
「そういうわけで、私たちはベアトリスのためにレッド・カーペットをひいて、セレモニーを行ったんです。ビショップ・マーティン・スクールから何人か女の子に来てもらって、最後はきちんと国歌の演奏で締めくくりました」

復活して最初に上映された映画も、「クイーン」でした。主演のヘレン・ミレンが今年のオスカーを受賞した映画です。
再オープンが大きな注目を集めたことで、シネマ側は当初の予定を変更し、ローカルの映画ファンのために前売りチケットを発売しました。もちろんすぐにソールド・アウトになりました。

ポールは続けます。
「これでこのシネマは、リヴァプールが800歳になる今年に80歳の誕生日を祝うことができますね」
「この場所は我々に残されたヘリテイジのひとつですよ。それに来年の『キャピタル・オブ・カルチャー』にちなんで言えば、カルチャーの一部を担っているんです。私たちが失ってはならないものなんですよ」
「常連客のみなさんやローカルの著名人のみなさん、協力してくださったみなさんに、心から感謝しています」 (4月1日)

【キャプテンがMBEに】
21日、リヴァプールFCのキャプテンでイングランド代表選手でもあるスティーヴン・ジェラードが、MBE勲章を受章しました。
バッキンガム宮殿での授章式に出席したあとでジェラードは、緊張したけど光栄に思うと話しています。
「これまで僕は、スペシャルな人たちとのビッグ・ゲームをいくつも経験しています。でも今日のようなのはまったく初めての経験で、フットボールとはぜんぜん違うドキドキ感でした。フットボールなら、どうしていいかわからないなんてことにはなりませんからね。でも今日は僕にとってビッグ・デイです。とても光栄な日です」
「自分としては、ピッチの中でも外でも、よくやって来たと思います。ラヴリーな家族に恵まれましたし、フットボールのほうも順調で、たくさんのことを達成できました。でも僕はまだ26で、自分のキャリアはこれからだと思っています。まだまだハングリーですよ」

ジェラードはリヴァプールFCの選手として、2度のFAカップ優勝、UEFAカップ優勝、UEFAチャンピオンズ・リーグ優勝に貢献しています。
特に、ミラクルな大逆転でヨーロッパのクラブチームとして最高の栄誉であるUEFAチャンピオンズ・リーグ優勝にチームを導いたことは、2年が経つ現在も人々の記憶に新しく、今回の受章は「遅すぎるくらいだ」と多くの人が考えているそうです。

イスタンブールで行われた2005年のチャンピオンズ・リーグ決勝戦、ACミランを相手に3点をリードされ、誰もが負けを覚悟したところで鮮やかなヘディングシュートを決め、反撃ののろしを上げたのがジェラードでした。

あの試合のことを尋ねられて、ジェラードはこう答えています。
「あれは何もかもがアメイジングでした。3点も取られてしまって、キャプテンとしてハーフタイムのときに考えたのは、ゲームを台無しにしないようにしよう、少しでも点差を縮めよう、ということでした」
「最終的にゲームをひっくり返して勝てたけれど、さすがに僕ら自身、まさか逆転できるなんて考えてなかったですね」
「国際的な舞台では、ハイもロウも経験させてもらいました。成功の秘訣はと言われたら、そうですね、我慢が肝心ってことですかね」 (3月25日)

【バイエニアル大成功】
昨年行われた第4回の「リヴァプール・バイエニアル」には、記録的な数のヴィジターが集まったと発表されました。
The Mersey Partnership の調査では、およそ1ヶ月にわたって開催されたこの現代ヴィジュアルアート・フェスティヴァルに、40万人以上のヴィジターが訪れました。これは、2004年のバイエニアルよりも5万人も多い数字です。
40万人のうちおよそ半数がマージーサイドの外部からで、海外ではチリ、デンマーク、アイルランド、ドイツ、日本、オランダ、スイス、USAなどから観光客が集まりました。
2004年に比べて宿泊するヴィジターが多かったことも報告され、期間中の市の経済効果は1350万ポンド(約31億円)と見積もられています。

「リヴァプール・バイエニアル」のチーフ・エグゼクティヴ、ルイス・ビッグスはこう話しています。
「とても励みになる数字ですね。出資してくださったりスポンサーになってくださった方々にもいい恩返しになりそうです。私たちのバイエニアルが、リヴァプール名物の国際イヴェントとしてこんなにメジャーになったんですからね。さらに、世界規模で行われているバイエニアルに貢献するUKチームの一員として、リヴァプール・バイエニアルは独自のポジションを築けたと思いますよ」

リヴァプール・シティ・カウンシルのリーダー、ウォーレン・ブラッドリーはこう話しています。
「リヴァプール・バイエニアルは、今やすっかり、アート・カレンダーの中のメジャーなフェスティヴァルになりました。こんなに短い期間でここまでになるなんて、アメイジングな成功だと思います」
「バイエニアルによって、文化都市としてのこの街を、国際的に広くアピールできました。でもそれだけではありません。私たち自身にもはかり知れないほどの自信を与えてくれました」
「市の財政への経済的な貢献については、ケーキの上のさくらんぼみたいなものです。このフェスティヴァルをもっと良いものにして行くこと自体が、エキサイティングなことですからね。もうすでに、2008年のバイエニアルを『マスト・シー』にするようなワクワクするプランも挙がっていますよ」 (3月18日)

【キャヴァーンで歓迎】
チャンピオンズ・リーグの試合のためにリヴァプール入りしたFCバルセロナの役員たちが、マシュー・ストリートのキャヴァーン・クラブに招待されました。
バルサのジョアン・ラポルタ会長はもちろん、350人のサポーターも一緒にリヴァプール・スタイルのパーティーを楽しみました。

当初の予定では試合当日の6日午後に行われることになっていたそうです。しかし、バルサ側の希望で、急遽前夜にスケジュールを変更してのパーティーになりました。

キャヴァーンのダイレクター、ビル・へックルはこう話しています。
「本当は今日(6日)の予定だったんだよ。何もかも準備していたんだけど、昨日向こうから電話がかかってきたんだ。都合がつかないから今からにしてほしいって」
「そりゃ無理だって最初は思ったよ。だってクラブはもう閉めるところだったし、スタッフもいない。でもとにかくあちこち電話をかけて、なんとかみんなに1日早く来てもらうようにしたんだ。もちろんバンドのスケジュールも調整した。で、ファンタスティックなイヴェントになったってわけ」
「みんな予定を変更してよく集まってくれたと思う。バンドのマージー・ビートルズも含めてね。チームワークの勝利という感じかな。嬉しかったよ。みんなが協力してくれてほんとうに助かった」

歓迎パーティーのアイデアは、ビル自身が思いついたものでした。バルサのラポルタ会長がビートルズの大ファンということを、新聞で読んで知ったからです。
ラポルタ会長は、組み合わせ抽選でリヴァプールと対戦することが決まると、「ずっとキャヴァーン・クラブを訪ねてみたいと思っていたからとても嬉しい」とコメントしていました。

ビルは続けます。
「それで我々は彼らにコンタクトをとって、招待したんだよ。バルサファンにも伝わったんだね、会長が来るってことが。で、ものすごい団体さんになってやって来たってわけ」 (3月11日)

【ベスト8!】
3月6日、UEFAチャンピオンズリーグ・決勝トーナメント1回戦・セカンドレグが、アンフィールド・スタジアムでに行われました。
リヴァプールはバルセロナに0−1で敗れ、ファースト・レグとの合計スコアが2−2と同点になりました。しかし、アウェイ・ゴールを2倍にカウントするルールにより、リヴァプールの準々決勝進出が決定しました。ディフェンディング・チャンピオンを退けてのベスト8です。

試合翌日、キャプテンのスティーヴン・ジェラードは、ディフェンダーのジェイミー・キャラガーを絶賛しました。
「両レグともキャラは驚異的だったね。リヴァプールの外に出れば、彼のすごさにびっくりした人間はいるかもしれない。でも僕には驚きでも何でもない。彼はシーズンを経るごとにうまくなってる。彼のプレイを見たことがある人間ならわかってることだけど」
「ヨーロッパじゅう、あるいは世界中を見渡してみても、彼よりもいいディフェンダーがいるとは思えないんだよ。ほんとうに。誰かと交換してくれって言われても僕は絶対にイヤだね」
「イングランド代表監督が観に来てたのは知ってる。あれだけのパフォーマンスを見たんだから、今度の代表チームの選考が楽しみだね」
「でもキャラだけじゃない。勝ち抜いたことに対して、僕ら全員が称えられていいと思うよ。ダニエル・アッガーはアンビリーバブルなタレントだよ。あの年でね。スティーヴ・フィナンは2試合とも素晴らしかったし、加入してすぐのアルヴァロ・アルベロアはもグレイトな仕事をやってのけたね」
「昨日の晩はファンタスティックだったけど、他のグレイテスト・ヨーロピアン・ナイトと同じで、もう済んだことだ。僕らは前を向いて行かないと」
「大会の最後までたどり着くことが出来たら、その時に振り返ってみればいい。ああ、タイトル・ホルダーをノックアウトしたあの試合は最高だったな、ってね。でも次のラウンドで負けたら、何も意味がなくなってしまう」
「そうだね、次のラウンドではまだイングランドのチームとはやりたくないな。そうなったらなったで別に構わないけどね。バルセロナとやったんだから、どこが来てもだいじょうぶだよ」 (3月10日)

【新アンフィールドお披露目】
リヴァプールFCの新スタジアムの建設計画が、一般公開されました。
6万人収容の新スタジアムは、現在のアンフィールド・スタジアムに程近い、スタンレー・パークに建設される予定です。建設費用は2億ポンド(約470億円)。2009/2010シーズンの開幕にあわせて完成の予定です。
アンフィールド・スタジアムにあるミュージアムは、規模を拡大して新スタジアムに移転します。そのほか、カンファレンス施設やオフィス、地下の駐車場なども新しく作られます。

プライオリー・ロードのヴァーノン・サングスター・スポーツ・センターで行われた展示会には、アンフィールド周辺の住民やレッズ・サポオーターが訪れました。

プライオリー・ロードに住む54歳のロイ・ミラーさんはこう話しています。
「生まれてからずっとリヴァプール・ファンだよ。新しいスタジアムをすごく楽しみにしている」
「この計画がコミュニティ全体にこんなに利益をもたらしてくれるなんて、今日ここに来てみるまではぜんぜん知らなかったんだ」

アンフィールド在住のシーズンチケット・ホルダーで42歳、自営業の建築家ブライアン・クロウクロフトさんはこう話しています。
「僕の心配事はただひとつ、公共施設を含めてこれだけでっかいプロジェクトになるなら、チケットの値段がロケットみたいに上昇するんじゃないかってことだった」
「でもここに来て、いろんな設計図を見たり、このプロジェクトに関わっている人たちの話を聴いてみて、安心したよ。今じゃもう大賛成だ」

スタジアム建設は、より大きなプロジェクト「ニュー・アンフィールド/ブレックフィールド」のうちの一部となります。
スタジアム周辺には、多目的競技場やテニスコート、湖への遊歩道などが新しくつくられる予定です。
展示会が行われたヴァーノン・サングスター・スポーツ・センターは、コミュニティ・パートナーシップ・センターに改装されます。

3児の母ブレンダ・シェルトンはこう話しています。
「うちの子たちはみんなフットボールが大好きなの。ここのスポーツセンターに子供を連れてくる楽しみのひとつには、うしろにアンフィールド・スタジアムが見えるからってこともあるのよ」

新スタジアムの建設は数年前から計画されていましたが、莫大な建設費の財源が問題となり、なかなかあと少しのところで足踏み状態となっていました。
しかし先月に新オーナーに就任したジョージ・ジレットとトム・ヒックスが建設費の負担に同意したことで、正式なゴーサインが出されることになりました。
早ければ数週間のうちに、建設工事がスタートします。 (3月4日)