ブライアン・エプスタインが任されていたレコード店。ビートルズは試聴の常連でした。キャヴァーン・クラブからは歩いて2〜3分の近さ。
リヴァプールで最大の老舗楽器店で、ビートルズをはじめ多くのマージービートのバンドがよく利用していました。
ジョンとジョージは1963年に、「マージー・ビート」紙の読者人気投票で1位になった記念として、社長のジェイムズ・ラシュワースからギブソンのアコースティック・ギターをプレゼントされています。
マージービートのバンドが重宝していたもうひとつの楽器店。ジョンが、1957年に最初のギターを£15で買ってもらったのはここでした。
マージー・ビート・ムーブメントに大きな役割を果たした地元の音楽紙「マージー・ビート」のオフィスがあった場所です。
集長はアートスクール時代からのジョンの友人ビル・ハリーで、リヴァプールでもかなり早くからビートルズの記事を掲載していました。
ビートルズが多くのパブリシティ用写真を撮った写真館のオフィス。
1960年5月13日、ここでアラン・ウィリアムズが企画した芸術祭“Liverpool Arts Ball”が開催されました。
もちろん、ジョンとスチュを中心にビートルズも参加しています。1842年に建てられた世界有数のグレコ・ローマン建築です。
1962年8月23日、ジョンとシンシアの結婚式の後、出席者はここで会食しました。支払いはもちろんブライアン持ち。
ビートルたちはここでよくコーヒーを飲み、テーブルナプキンの裏を使って作曲をしたりしていたそうです。
1962年8月23日、ジョンとシンシアが結婚した登記所です。
1964年7月10日、ビートルズが初主演映画 “A Hard Day's Night” のプレミア出席のために帰郷した時、ここで市主催のレセプションが開かれました。
ホールの前にはヒーローの凱旋を祝う大群衆が集まり、彼らは正面のバルコニーで手を振って応えました。
1963年12月7日、ビートルズはここでコンサートをしています。
また、1964年7月10日には、初主演映画 “A Hard Day's Night” のプレミア・ショウがここで行われました。
交通事故で亡くなったジョンの母ジュリアは、ここに埋葬されています。気が遠くなるほど広大な墓地です。
ジョンの親友で、脳溢血で若くして亡くなったスチュアート・サトクリフが眠る墓地はこの教会にあります。
1999年、ポールの想い出の公園、カルダーストーンズ・パークの中に作られた、リンダ・マッカートニーを記念した子供用のプレイ・エリアです。