「マージービート・ゴーズ・オン!」 (8月21日・木曜日)
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今年の「ビートル・ウィーク」の幕開けは、キャヴァーンで行われた “This is
Merseybeat !” だった。リー・カーティス&オールスターズ、イアン&ゾディアックス、ファロンズ・フラミンゴス、キングサイズ・テイラー&ザ・ドミノーズなどなど、マージービート伝説のスターたちが続々登場するというイヴェントだ。当然これは見逃すわけにはいかない。それにしてもいきなり初日から「濃いい」なあ。
夜8時すぎ。少し遅れて到着すると、すでにギグは始まっていた。今はたしか「ビートルズ・ストーリー」館長のマイク・バーンさん率いるジュークボックス・エディーズだ。キーボードを弾きながら歌うマイクさんがとにかく格好いい。エルヴィスやバディ・ホリー、ジェリー・リー・ルイスのカヴァーを、ご機嫌なパフォーマンスで披露。ベーシストはウッドベースをぐるぐる回したり飛び乗ったりして演奏。盛り上がる盛り上がる。いいぞいいぞ! ホール・ロッタ・シェイキン・ゴーイン・オン!!
続いて、レイヴ・オンの登場。なんとドラマーは13歳(!)のポールくん。フロントマンのおじさんの息子さんなんだそうだ。懸命にドラムを叩く姿から目が離せない。「フェイヴァリット・ドラマーは誰?」とMCに訊かれたポールくんは、「んーと…リンゴ」と答えて1曲歌った。ビートルズの「ボーイズ」だった。でも1番しか知らないらしくて、ずっと同じ歌詞を繰り返していたから、ほんとにフェイヴァリットかどうかはかなり怪しいところだ。まあいいんだけど。でも13歳かあ。タイシタものだと思う。キャヴァーンでプレイしたドラマーの、最年少記録なんだそうだ。とびきりのハンサムだし、これからスターになるかもしれないな…しまった、サイン貰っとくんだったな。
用事があったので、会場を2時間ばかり抜けなければならなかった。
階段を上ったところに、ファロンがいた。ファロンズ・フラミンゴスのファロンだ。いつものように、サングラスをかけて派手な服を着ている。嬉しさのあまり思わず声をかけてしまい、ちょっと後悔。なにしろこのおじさん、いつでもどこでも誰に対してもパワー全開で、喋りだしたら止まらない。延々と機関銃のようにまくしたてるのだ。
「おーお前か、また来てるのか、どうだ調子は、そうか、カッカッカッ(笑い声)、なに? わしか? わしがどっか悪いように見えるか? カッカッカッ、そうだろこの通りピンピンよ、カッカッカッ、わかりゃあいいのよ、おおなんだ、帰るのか? また戻って来る? そうかそうかそりゃそうだよな、これからが本番だからな、なにしろ今日はすっげえ連中がバンバン出てくるぜ、カッカッカッ、それでなあおいちょっと聞け…」
やれやれ、60年代からずうっとこの調子なんだろうな、このおじさん。憎めないけど。
夜中の12時ごろにキャヴァーン再訪。名前は分からないが、平均年齢がひときわ高そうなバンドが演奏していた。「いやあわしら、ひさしぶりに楽器触りましてなあ」てな感じで、心底楽しそうに演っていらっしゃった。
そしていよいよ、キングサイズ・テイラー&ザ・ドミノーズが登場した。いちばん観たかったマージービートのバンドだ。やっと生で観ることができた。レパートリーは、古いロックン・ロール・ナンバーのオンパレードだった。「ディジー・ミス・リジー」、「スロウ・ダウン」、「ジョニー・B・グッド」、「フォーチュン・テラー」、「ボニー・モロニー」…。名前のとおり、テイラーさんはやっぱりでっかい。ものすごい存在感だ。ビートが重くうねり、ずしんと腹に響く。炸裂するサキソフォン。そしてドスの効いたヴォーカル。こりゃあすげえや。全員が60を過ぎているはずだけど、それでもこのド迫力。いったい、40年前はどんなステージをやっていたんだろう。
60年代初頭のマージーサイドには、およそ500組ものビート・バンドがひしめき合うように存在していて、あちこちのクラブやホールで熱いパフォーマンスを繰り広げていたという。それは、後のパンクとかへヴィーメタルなんかよりもずっとずっとワイルドな音楽シーンだったんじゃないかと思う。
結局、僕が観たのはこの4バンドだけだった。でも大満足だった。
帰り道、「うおお、ロックン・ロールは最高だ!!」と叫びながらマシュー・ストリートを歩いた。
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(「リヴァプール・ニュース」第114号に掲載)
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「反逆者たち」 (8月24日・日曜日) |
「インターナショナル・ビートル・ウィーク」期間中には、毎年、フェスティヴァルのプログラム以外にもビートルズにちなんだイヴェントがいろいろと企画される。
何しろ何万人ものビートルズ・ファンがつめかけるフェスティヴァルだから、「どうせやるのならこの時期に」ということになるのだろう。もちろん我々ファンにとっては、嬉しい特別プレゼントのようなものだ。目が回るほど忙しいフェスティヴァルではあるけれど、きちんとアンテナをはっていれば、そういったチャンスを逃さずに済むし、予期せぬ幸運が舞い込んで来ることもある。
今年は、マイク・マッカートニーの写真展(ミュージアム・オブ・リヴァプール・ライフ)と写真集出版記念サイン会(ヴァージン・メガストア)、そしてスチュアート・サトクリフのエキシビション(ミュージアム・オブ・リヴァプール・ライフ)などがファンを喜ばせていたが、もうひとつ、あまり目立たなかったけれどとても印象的なセレモニーが「イー・クラック」で行われた。
8月23日の昼ごろ、僕は「ブルー・エンジェル」の前にいた。
朝からお客さんと一緒にLIPAで行われた「ビートルズ・オークション」を見に行き、それを適当なところで切り上げて街中に戻る道すがら、即席のガイド・ツアーをしているところだった。
ビートルズ・ファンにはおなじみだが、「ブルー・エンジェル」とは、ビートルズの初代マネージャー、アラン・ウィリアムズが経営していたナイト・クラブで、シルバー・ビートルズがビリー・フューリーのバック・バンドのオーディションを受けたところだ。キャヴァーン時代のビートルズの、行きつけのクラブでもあった。
その前で写真を撮っている我々の前を、1台の車が通り過ぎたと思うと少し向こうで止まり、がっしりした初老のおじさんが降りてこちらに歩いて来た。
「やあ、君たちはビートルズが好きなんだね。明日もリヴァプールにいるのかな」とおじさん。
「ええ、そうです。明日ですか、もちろんいますよ」と僕。
「そうか、実は『イー・クラック』というパブでちょっとしたセレモニーがあるんだ。ぜひ行ってみるといい。ほら、これをあげよう」
おじさんはそう言って1枚の紙を差し出した。そこには、こう書かれていた。
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NEWS RELEASE・NEWS RELEASE・NEWS RELEASE・NEWS RELEASE
At 1pm on Sunday 24 August, a Plaque to commemorate John
Lennon's "other band"(the one which never played a note) will be
unveiled at Ye Cracke, Rice Street, off Hope Street, Liverpool.
The plaque commemorates THE DISSENTERS-
John Lennon (1940-80) musician
Bill Harry (1939-) writer (founder/editor Mersey Beat)
Stuart Sutcliffe (1940-62) artist (and "5th Beatle")
Rod Murray (1937-) artist/holographer
The plaque will be unveiled by Bill Harry and Rod Murray.
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ディセンターズ。
反逆者たち、ということだろうか。「ジョン・レノンのもうひとつのバンド(音楽を演奏しなかったほう)」、という表現が洒落ている。つまり、このパブから生まれた4つの偉大な才能を記念するプラークを作って、その除幕式が明日行われるということらしい。 こんなセレモニーが予定されているなんてまったく知らなかったけれど、面白そうだ。それに、最後に「除幕をするのはビル・ハリーとロッド・マーレー」と書いてある。ロッド・マーレーについては、ジョンとスチュと一緒のフラットに住んでいたということ以外はよく知らないが、ビル・ハリーには前々からどうしても一度会ってみたいと願っていた。ブライアン・エプスタインとビートルズを引き合わせたのも、マージービートが世界的なムーヴメントになったのも、この人がいてこそ、だったのだから。
「こりゃすごいですね。ビル・ハリーとロッド・マーレーが来るなんて」
「そうなんだよ。ええとそのパブはだね、そっちの坂を上がって行って…」
「だいじょうぶですよ、『イー・クラック』でしょ? よく知ってますから。明日行ってみます。どうもありがとう」
翌日、1時ちょっと前に「イー・クラック」に着いて外で写真を撮っていると、ホープ・ストリートから折れて、2組の中年のカップルがこちらに歩いて来るのが見えた。その中の1人は、間違いなくビル・ハリーさんだった。写真で見た昔の風貌とはずいぶん変わっているが、ひと目でわかった。紺のジャケットにブルーのシャツ、白のカジュアル・パンツ姿のビルさんには、確かに知的で繊細なムードが漂っていた。
談笑のタイミングを見計らって、挨拶をした。
「こんにちは、ビル・ハリーさん。お会いできてとてもとても嬉しいです。今日はセレモニーがあると聞いて、ここに来たんです」
「やあ、そうかい、それはありがとう。そう、1時からだ。もうすぐだな。中でやるんだよ」
「イー・クラック」は、こじんまりとしていてとても古く、いかにも「ローカル」という雰囲気がある。外観も内装もシンプルな造りで、ディスプレイも質素この上ない。おそらく、ジョンやスチュやシンシアやビルやロッドたちが毎日のようにここで議論したり騒いだりしていた頃と、あんまり変わっていないんじゃないかと思う。妙に落ち着けるパブで、僕のお気に入りのひとつだ。特に、よく晴れた暖かい日の午後に、バック・ガーデンに出て小鳥のさえずりを聞きながら呑むビールは、とても美味い。まさに至福のひとときである。
セレモニーのために集まった人数は、関係者と取材スタッフを入れても、ざっと20人くらいのものだった。店のサイズを考えても、やはりとても少ない。
除幕式が始まった。
簡単な挨拶があって、ロッドとビルが幕に繋がっている紐を引っぱる、プラークが現れる、みんなが拍手をする、それだけだった。
プラークには、4人の反逆者たちの名前と顔が掘り込まれている。なかなかカッコいいデザインだ。
ロッドとビルがテーブル席に移る。新聞社のカメラマンが、もう1人のおじさんを加えて写真を撮る。よく見ると、ロッドとビルに挟まれているそのおじさんは、昨日「ブルー・エンジェル」の前で声を掛けてくれたおじさんだ。なんとこの人、プラークのデザイナーだったのだ。
公式の撮影が終わると、次は一般のファンの番だ。順番に並んで、サインをもらったり一緒に写真を撮らせてもらったりする。ビルもロッドも、快く応じている。僕は、まずビルにサインをもらった。やっぱり緊張した。それからロッドにもお願いした。ロッドは、ビルよりもかなり大柄だった。声も大きく、なかなか豪快な性格の持ち主のようだ。ベージュのカジュアル・スーツの下には、グリーンのTシャツを着ていて、その下のお腹はまんまるにふくらんでいる。
「ロッドさん、こんにちは。お会いできて嬉しいです。ええと、ここにサインをもらえますか?」
僕は、「 Beatles' Liverpool 」というビートルズ・ガイド・ブックの、ガンビア・テラスを紹介したページを広げて差し出したのだが、それがロッドに受けたようだった。
「ん? おおー、これこれ、ここだここだ、俺たちが住んでたガンビア・テラス! おいビリー、ちょっと見てみろ、ほら。いやあ、懐かしいなあ。この本は何なんだ? どこに売ってるの? へえ、そうかあ」
そう言いながらロッドは、ページの上の余白に、ささっとサインをして、ガンビア・テラスの写真の下に「
our old home 」と書き、ジョンとスチュと一緒に暮らしていた頃のフラットの様子を説明しだした。とても嬉しそうに。
「ええとな、ほらここに3つ窓があるだろ。この真ん中が俺の部屋だったんだよね。それでさ、中はこうなってて(と言って表紙の裏の白いページに、フラット内部の見取り図を書く)、ほら、ここが俺の部屋だろ、それでこれが階段で、その裏っかわの部屋にジョンとスチュが一緒に住んでたんだ。キッチンはここで、バスルームはここ。え? そうなんだよ、 俺の部屋がいちばん広いんだ。ははは。いやあ、懐かしいなあほんと…」
嬉しくてしょうがないという表情で、ロッドはしゃべり続ける。
ロッドもビルも2人とも、リラックスして、心底楽しそうに40数年前を懐かしんでいた。
40年後の「反逆者たち」。
「今ここにジョンやスチュもいたら…」
ふと、そんなことを考えてしまった。 |
(「リヴァプール・ニュース」第117号に掲載)
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「コンヴェンション・デイ」 (8月24日・日曜日) |
「ビートル・ウィーク」の日曜日は、毎年「ビートルズ・コンヴェンション」の日と決まっている。
会場であるアデルフィ・ホテルでは、豪華なラウンジやホールのあちこちでライヴ・コンサートやディーラーズ・マーケット、インタヴュー、フィルム・ショウなどのイヴェントが1日じゅうぶっ通しで行われ、世界中から集まって来た熱心なビートルズ・ファンたちは、それらを思い思いに楽しむことが出来る。
ライヴやショッピングももちろん楽しいけれど、僕のこの日の最大の楽しみは、やはりビートルズにゆかりのある人々と の対面だ。
そう、この日のこの会場では、何人ものビートルズ関係者に会うことができるのだ。ビートルズの歴史に深く関わってきた、ほとんど「伝説」と言っていいような人たちが、すぐ目の前にいるのだ。こんなチャンスはそうあるものではない。
もちろん、握手をしたり記念撮影をお願いすることもできるし、サインをもらったり、会話をすることだってできる。それだけでもじゅうぶん嬉しいけれど、さらにもう少し近づいてみると、とっておきのエピソードが聴けることもあるし、あたたかい人柄に触れて心がぽかぽかすることもある。どの人も、ビートルズ云々を離れても、実に魅力的な人たちなのだ。
今年「コンヴェンション」に招待されていたのは、アラン・ウィリアムズ、アリステア・テイラー(ブライアン・エプスタインのパートナー)、アルフ・ビックネル(ビートルズのツアー・ドライヴァー)、アストリッド・キルヒヘア、ロバート・ウィタカー(フォトグラファー)、ウィングスのメンバー3人(ヘンリー・マッカロウ、デニー・シーウェル、スティーヴ・ホリー)、クリス・ホール(ポールの「ラン・デヴィル・ラン」バンド)、ジャッキー・ロマックス(アップルが契約した第1号のアーティスト)、トニー・シェリダン、ビリー・キンズリー(「マージービーツ」のフロントマン)といった人たちだった。毎年そうだけど、今年もえらく豪華な顔ぶれだ。
僕が会場にいたのは、わずか2時間ばかりだったけど、幸運にもほとんどのゲストと話をすることが出来た。その中からいくつかをここで紹介しようと思う。でもほとんど世間話みたいなものなんだけど…。
<ジャッキー・ロマックスさん>
僕:ライヴは月曜日ですね。ひさしぶりにキャヴァーンで。
ジャッキー:そうなんだよ。前に出たのはずいぶん昔だからなあ。
僕:どんな曲を演るんですか?
ジャッキー:古いのを半分、新しいのを半分、だね。
僕:新しいの、というと?
ジャッキー:新しいアルバムを作ったんだ。いくつか持って来てるよ、会場で買ってもらおうと思ってね。
僕:そうなんですか、そりゃぜひほしいなあ。キャヴァーンのライヴの時に買えるんですね?
ジャッキー:そうだよ。俺が自分で荷物に詰めてさ、LAからえっちらおっちら運んで来たんだよ。たいへんだったよ。でも15枚くらいしかないから、早めに来た方がいいかもな。
僕:わかりました。月曜日、楽しみにしています。
ジャッキー:ああ、俺も楽しみにしてるよ。月曜日に会おう。
<アラン・ウィリアムズさん>
僕:アランさん!
アラン:おお、Kaz! 今年も来たのか!
僕:はは、まあ仕事ですから。お元気ですか、アランさん?
アラン:わしか? わしはこの通り、だいじょうぶじゃ。
僕:それは何よりです…ええと、ベリルさんのこと、ほんとに残念です。信じられなかったです。
アラン:ああ、わしもじゃ。あんなことになるなんてなあ…。
僕:去年のボブさんの時もびっくりでしたけど、まさか今度はベリルさんなんて…。
アラン:そうだな。だがな、これが人生ってもんなんだろうよ、Kaz 。
僕:…。でもほんとお体を大事にしてくださいよ、アランさん。すごく心配してるんですから、いつも。
アラン:ありがとう、Kaz 。君はわしの友だちだよ…永遠にな!
<アリステア・テイラーさん>
僕:こんにちは、アリステア。Kaz です。また会えて嬉しいです。
アリステア:おお、Kaz 。会えて嬉しいよ、私も。
僕:またサインいただけますか? (ガイドブックの、NEMS が紹介されているページを広げて)ええと、ここのところに…。
アリステア:ああ、もちろん。おお、今ちょうどここにいる人たちと、この Ann Summers の話をしてたところなんだよ(昔
NEMS があった場所は、今は「アン・サマーズ」というランジェリー・ショップになっている)。
僕:へえ、そうだったんですか。そういえば、あなたが出演したBBCのドキュメンタリー番組を観ましたよ、日本で。ブライアン・エプスタインの生涯を辿るもので、あなたがアン・サマーズの店内で下着に囲まれながら当時の様子を説明してて…。
アリステア:そうそう、まさにその話を今していたところなんだよ! この人たちはアメリカから来ているんだが、この人たちにもTVで観たって言われてね。あれ、日本でも放送されてるの? うわあそうかあ、参ったなあ。
僕:ははは。そういえば1つ伺いたいことがあるんです。オリジナルのキャヴァーンの場所についてなんですが、あの番組の中で説明していらっしゃいましたよね、このへんだって。実際あのあたりにあったんですか?
アリステア:そうだな、あのへんだよ。よく言われてる駐車場じゃあなくて。
僕:ええ、それは知ってます。あの駐車場じゃあないですよね、どう考えても。実は僕、毎年リヴァプールに来るたびに、一所懸命正確な場所を突き止めようとしてるんです。でも、あんなに内側だとは…。
アリステア:う〜ん、何しろずいぶん昔の話だからな、私の記憶も完全じゃあないが…やはりあのへんだろうなあ。そうなるはずだよ。
僕:そうですか、アリステア。どうもありがとうございました。
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(「リヴァプール・ニュース」第118号に掲載)
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「世界最大のストリート・フェスティヴァル」 (8月25日・月曜日) |
「マシュー・ストリート・フェスティヴァル」は、間違いなく、「ビートル・ウィーク」の中でいちばん盛り上がるイヴェントだ。
今年のレポートに行く前にまず、「マシュー・ストリート・フェスティヴァル」とはどんなフェスティヴァルなのかを説明しておこう。
「ビートル・ウィーク」のプログラムの一部ではあるものの、これは別扱いで、リヴァプール市主催の音楽フェスティヴァルだ。元々はバンク・ホリディ(祝日)となる8月最後の月曜日だけで開催されていたが、2年前からは土・日・月の3日間に延長されている。もちろん、メインは最終日だ。
「マシュー・ストリート・フェスティバル」は、マシュー・ストリートだけで開催されるわけではない。
リヴァプールをあげてのフリー・イヴェントだ。
最初の2日間は、チヴァッセ・パークの野外ステージでコンサートが行われるだけだが、最終日は、リヴァプールの中心エリアは車両禁止となり、街全体が巨大なコンサート会場に変身する。
5つある野外ステージと、そこらじゅうのパブやクラブ(なんと80ヶ所以上)で、昼の12時から夜の8時まで、延々と絶え間なくアツい演奏が繰り広げられる。
どこもかしこもぎっしり超満員で、特にインドアの会場ではぎゅうぎゅう詰めの酸欠状態となる。
この最終日は、ただ街を歩いているだけでワクワクしてしまう。
信じられないくらいたくさんの音楽ファンが街じゅうを埋め尽くし、歴史と伝統を感じさせるスカイラインと、大音量のポップ・ミュージックとともに見事なハーモニーを奏でるのだ。その様子はまさに圧巻で、感動的だ。僕は勝手に「世界最大のストリート・フェスティヴァル」と名付けているのだけど、実際に見てもらえば誰もが納得するはずだ。
参加者は毎年増加の一途で、今年はついに、3日間で50万人を越えたということだ。ご、50万人!?
世界中から観光客がやって来るのはもちろんだが、地元の人もずいぶん多い。
老若男女、いろんな人種や国籍の人々が、一緒になって音楽を楽しむのだ。その一体感というか連帯感は、一度体験すると病みつきになる。これほどハッピーでピースフルでインターナショナルな音楽フェスティヴァルというのは、どこにもないのではないだろうか。
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演奏される音楽について書こう。
「ビートル・ウィーク」に開催されるからといって、演奏される音楽はビートルズばかりというわけではない。むしろ、ビートルズ色は年々薄まって来ている。それが、より大きなポピュラリティの獲得に繋がっているのは間違いない。
「リヴァプール=ビートルズの街」ではなく、「リヴァプール=音楽の街」なのだということが実感できる。
古くはシナトラやエルヴィスにはじまり、最新のヒット・チューンまで、この50年間のポピュラー・ミュージックの「つぼ」を押さえたプログラムになっているのだが、もちろん、本物のスーパースターたちがフェスティヴァルに勢揃いするわけではない。中には例外はあるが、ほとんどの場合コピー・バンドによる演奏だ。
「しょせんコピーじゃないか、なぜそんなものにみんな夢中になったりするわけ?」とあなたは言うかもしれない。
なぜなのだろう?
コピーだからこそ、パフォーマーもオーディエンスもリラックスして楽しめるという部分は、確かにあると思う。アーティストに対する思い入れが必要ないぶん、歌そのものに集中できるのだ。現役のアーティストにベスト・ヒットだけを演ってもらうのはなかなか難しいが、その点コピーなら理屈ぬきでお馴染みのナンバーを並べられる。さらに、今は亡きアーティストや解散してしまったバンドなどの場合は、コピー・バンドの存在は貴重だし、良い音楽を後の世代に伝えて行くという点でも、意義がある。CDよりもやはりライヴの方がダイレクトに五感を刺激するからだ。
…なんだかむずかしい話になって来た。つまり、グッド・ミュージックは、誰が演奏してもグッド・ミュージックなのだ。
もちろん、コピー・バンドに、エンターテイメントとして成立するだけの実力がなければ話にならないわけだが、このフェスティヴァルに登場するパフォーマーに限っては、その点は問題ない。コスチュームにしろ演奏にしろ、おそろしくクォリティが高いのだ。単独でコンサート・ツアーをしているバンドも多い。いわゆる「ものまね」とは次元が違う。「さすがロックの国だなあ」と、何度感心したことか。
「マシュー・ストリート・フェスティヴァル」の最終日は、安心して自分の好きな音楽に思う存分どっぷり浸かっていられる1日なのだ。ビートルズもストーンズもフーもツェッペリンもアバもクイーンもその他もろもろみ〜んなまとめて楽しめてしまうのだ。
周りの人たちと一緒になって騒ぐのもよし、1人でしみじみするのもよし。楽しみ方はいろいろだが、「音楽って素晴らしいなあ」とか、「人間って素晴らしいなあ」と、素直に感動できる日でもあるのだ。
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今年の「マシュー・ストリート・フェスティバル」の、野外ステージのラインナップをざっと挙げてみよう。
ザ・マージービーツ以外はコピー・バンドで、もちろんそれぞれにちゃんとバンド名があるのだが、ややこしくなるので省略して、コピー元の名前だけにしておく。
― “キャピタル・オブ・カルチャー” ステージ (チヴァッセ・パーク)―
ジョージ・ハリスン、フリートウッド・マック、ザ・コアーズ、U2、エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、レッド・ツェッペリン
― “マーキー” ステージ (デール・ストリート)―
クラウデッド・ハウス、ローリング・ストーンズ、ピンク・フロイド、ジミ・ヘンドリックス、ジャム、ブライアン・アダムス、ポリス、Tレックス
― “トップ・オブ・ザ・ポップス” ステージ (キャッスル・ストリート)―
クリフ・リチャード、ステレオフォニックス、ポール・ウェラー、REM、アバ、ロビー・ウィリアムス、マドンナ、デイヴィッド・ボウイ
― “ザ・キャヴァーン” ステージ (ウォーター・ストリート)―
ロッド・スチュアート、ザ・フー、オアシス、エリック・クラプトン、ザ・マージービーツ、クイーン、ローリング・ストーンズ
― “ザ・ビートルズ” ステージ (ヴィクトリア・ストリート)―
ビートルズ、ウィングス、ジョン・レノン
…こんな具合だ。
恐るべしヴァリエーション。これだけ幅広ければ、子供でも大人でも老人でも、あるいはひょっとして犬でも猫でも、みんなが楽しむことが出来るというものだ。
1時間交替で次々とバンドが登場するので、1つのステージでじっとしているのもいいし(チヴァッセ・パークでは、芝生の上にシートを広げて、安楽椅子とビールでのんびり楽しむ家族が多い。まさにピクニック状態だ)、スケジュールをチェックして自分のお目当てのバンドを目指してあちこちハシゴするのもいい。
さて、当日1時。
僕がまず向かったのは、デール・ストリートだった。ローリング・ストーンズだ。バンドは、スウェーデンから来た「ロックス・オフ」。ヴォーカルがとにかくミックそっくりだった。ハイ・テンションのアクションで観客を煽る煽る。「ホンキー・トンク・ウィメン」、「ミス・ユー」、「ブラウン・シュガー」、「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」…。最前列で観ると、かなりの迫力だった。
この日僕は、なぜかストーンズのTシャツを着ていたのだけど、きっと目立っていたのだろう、後でマシュー・ストリートを歩いている時に、このロックス・オフのメンバー3人から声を掛けられた。嬉しかった。
次は、チヴァッセ・パークのフリートウッド・マックだ。このバンドの名前はなかなか洒落ていて、「ルーモアズ・オブ・フリートウッド・マック」という。
メンバーのルックスは、本物に良く似てはいるのだが、微妙にズレていて、ミック・フリートウッドにそっくりな人がキーボードを弾いていたり、スティーヴィー・ニックスとクリスティン・マクヴィーのルックスが入れ替わっていたりするのがなんだか面白かった。
ステージの近くに陣取って後ろを振り返ってみると、パークの広い丘がびっしりと観衆で埋まっていた。ちょっとジーンとした。実は、僕はマックの大ファンなのだ。
ショウは、「ジプシー」で軽快にスタートした。
「エヴリホエア」、「ドリームス」、「ザ・チェイン」、「リトル・ライズ」、「セヴン・ワンダーズ」、「ユー・メイク・ミー・ラヴィング・ファン」…。2大マスターピース・アルバム、『ルーモアズ』と『タンゴ・イン・ザ・ナイト』からの曲が中心だ。
中盤では、マックのルーツであるブルーズ・ナンバーが披露された。「オー・ウェル」と「グリーン・マナリシ」。渋い。
あっという間に最後の曲となり、みんなで「ドント・ストップ」を大合唱。チヴァッセ・パークに歌声が響く。
まさかフリートウッド・マックを大勢で歌う日が来ようとは、夢にも思わなかった…もう感涙ものである。
おそらく、本物のマックをライヴで観ることはかなわないだろうから(なんと現在復活ツアーを敢行中だが、クリスティン・マクヴィーは参加していない)、このライヴは本当に本当に嬉しかった。
チヴァッセ・パークを後にして、ビールを左手、ホット・ドッグを右手に、群集の中をぶらぶら歩く。すれ違うどの顔も笑顔だ。もちろん僕も。
さて次は、と…。
3時からの予定は、ポール・ウェラーかジミ・ヘンドリックスかエリック・クラプトンか…。
よっしゃ、エリック・クラプトンにしとこう!
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ヴィクトリア・ストリートやキャッスル・ストリートのステージをちょっとだけ観て(アバのバンドのおねえちゃんたちがセクシーで可愛かった)、ウォーター・ストリートに向かった。
エリック・クラプトンのトリビュート・バンド「クラプトナイト」のステージは、もう終盤に入っていた。「プリテンディング」、「レイラ」、そして「ワンダフル・トゥナイト」でしっとりと幕となった。
このバンドも感心するくらいに上手い。エリック役の人は、本物よりもすいぶんがっしりしていて、「健康優良児のエリック・クラプトン」という感じだ。遠目からだったので顔の造作はよくわからないけれど、髭もじゃで、雰囲気がよく出ている。
クラプトナイトが終わると、次はいよいよ我らがザ・マージービーツだ。
パフォーマーが代わると、ステージ・チェンジの15分の間に観客も入れ替わる。
やっぱりできるだけ近くで観たいので、前に移動する。運良く前から3列目までたどり着くことができた。
しばらくして後を振り返ると、広いウォーター・ストリートは、いつの間にか見るからに年齢層の高い群衆でぎっしり埋まっていた。これまでとは全く違う、異様な空気に包まれている。
このマージービーツは、本物のマージービーツなのだ。ビートルズと同時代のスターたちなのだ。40年前にキャヴァーンに通い詰めていた「昔の少年&少女」たちが、ホームに帰って来たスターたちに会うために大集結しているのだろう。
どの顔も、本当に嬉しそうだ。長いこと会っていなかった恋人に会いに来ているような、ワクワク、ソワソワした気持ちが伝わってくる。「あらあんた、○○じゃない? キャー、あたしよ、あたし、××!」「××!? キャー、ひさしぶりねえ!!」という会話も聞こえてくる。
マージービーツが颯爽ステージに登場すると、会場は大騒ぎになった。「ビリィー!」とか「トニィー!」とか、あちこちから大きな歓声が上がる。
「ハロー、リヴァプーーーーール!」
ビリーが叫んで、マージービーツの演奏が始まった。「プア・ボーイ・フロム・リヴァプール」だった。オープニングにぴったりのロックン・ロール・ナンバーだ。ビ
リーは全身に気合いがみなぎっていて、バンドを、そしてオーディエンスを、ぐいぐいとドライヴして行く。昨日コンヴェンションの会場で話した時のビリーとはまるで別人だ。いや、これが本当のビリーなんだろうな。鬼気迫るような、すごい迫力。そしてスターの貫禄。
続いて、「ヘイ・ベイビー」。
去年リヴァイヴァルで大ヒットした曲だ。マージービーツの持ち歌ではなかったはずだけど、この選曲は大正解だ。ビリーがガンガン煽ったこともあって、数万人規模の大合唱となった。僕も、声を限りに歌った。
「♪ヘエ〜〜〜〜〜、ヘエエベイベッ! (ウッ! アッ!) アウァナノッオッオ〜ウオッ! イフュビマッガ〜♪」
3曲目は僕の大好きな「ドント・ターン・アラウンド」。マージービーツの大ヒット曲だ。
次のスロウ・ナンバー「レット・イット・ビー・ミー」の時に、後からひとりのおばちゃんがずいずいと割り込んで僕の前に立ち、懸命に手をふりながら叫びだした。
「ビリーーーーッ!! あたしよーーーー!! ビリーーーーーッッ!!!」
気がついているのかいないのか、ビリーはそ知らぬふりで演奏を続けている。
おばちゃんはそれでもしばらく絶叫を続けていたが、やがてあきらめて元の場所へ帰って行った。
「ジョニー・B・グッド」、「リヴ・アンド・レット・ダイ」、「アイ・シンク・オブ・ユー」、そして再び大合唱となった「ソロウ」と来て、最後に「ヘイ・ホー・シルヴァー・ライニング」でマージービーツのステージが終わった。あっという間の45分だった。
還暦前後だとは到底信じられないマージービーツのタイトでアグレッシヴなパフォーマンスにも、それに夢中になって叫んだり踊ったりする5〜60代のおじちゃんおばちゃんたちの姿にも、じ〜んと来るものがあった。
ふと、「色褪せない青春」という言葉が浮かんだ。
色褪せないのは、過去のものになっていないからだと思う。この40年の間には、きっといろいろなことがあっただろう。リヴァプールにとってハードな時代も長く続いた。歳を重ねるにつれて失くしてしまったものも少なくないはずだ。それでも、今日ここ来ている人たちはみんな、きっと一所懸命に生き抜いて来たのだ。いちばん大切なイノセンスだけは、色褪せさせないように大事にして…。
なかなか熱気の冷めない会場で、僕はぼんやりとそんなことを考えていた。
周りの「昔の少年&少女」たちの顔が、生き生きと輝いて見えた。
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マージービーツの後は、同じウォーター・ストリートのステージに「クイーンB」が登場する。名前から分かると思うけど、クイーンのトリビュート・バンドだ。ここ2〜3年くらい、我が家ではなぜかクイーン・ブームが続いているので、これはぜひ観ておきたかった。
マージービーツがお目当てのおじさんおばさんたちはみんな満足そうに帰って行った。入れ替わりに、明らかにジェネレーションの違う群集が集まって来る。
そのままそこに居れば最前列でだって観られそうだったが、しかしビールが飲みたくなってしまった。一旦離れるということは、せっかくの良いポジションをあきらめるということになるが、仕方がない、ちょっとパブへ行って来よう。美味いビールに勝てるものってなかなかないのだ。
すぐ近くにあるお気に入りのパブ、「ピッグ&ホイッスル」に入った。
ここは歴史のあるパブで、いつもは静かで落ち着いていて「隠れ家」のような雰囲気なのだけど、さすがにこの日は違った。
狭い店内は満員で、外で呑んでいる人もたくさんいる。注文をする人が後から後からカウンターを取り囲み、中にいるスタッフ3人はほとんどパニック状態だった。
どうにかこうにか、やっとのことでビールを買って、運よく空いた席に座る。居合わせた老人と何となく会話を交わしながら、ケインズを味わう。グッド・ミュージックとグッド・エール。幸せだ。
ひとごこちついて少し元気になって、ウォーター・ストリートに戻る。
クイーンBは、「アイ・ウォント・トゥ・ブレイク・フリー」を歌っているところだった。
フレディ役はもちろん女装していて、つくりもののおっぱいを振り回しながら歌っている。みんな大爆笑。
着替えを終えたフレディが次に歌い始めたのは、「ボヘミアン・ラプソディ」だった。ひとり残らず大合唱だ。オーディエンスは、3〜40代の男が圧倒的に多く、パワフルで野太い歌声が左右の重厚なビルディングにこだましている。メロディーに合わせて人波が揺れている。肩車された少女が、「いったい何なのこれ?」という顔で周りを見渡している。
これで終わりかなと思っていたら、フレディが真っ赤なガウンを纏って再登場。頭には王冠を被っている。「ウィー・ウィル・ロック・ユー」で再び盛り上がりが頂点に達したところで、フレディがガウンを取った。上半身は裸、下半身は…ユニオン・ジャックのトランクス! その姿で「ウィー・アー・ザ・チャンピオンズ」を熱唱するフレディ。最後はちゃんとブライアン役が「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」を弾いて、熱狂のステージを締めくくった。
それにしても、クイーンの曲ってとんでもないパワーがあるもんだとつくづく思った。何というか、体の血液の濃度が上がってしまったんじゃないかという感じがした。
ああ、またビールが飲みたくなってきた。
7時からの最後のステージは、ロックス・オフ(ローリング・ストーンズ)にするかレッド・ゼット(レッド・ツェッペリン)にするか迷った末、レッド・ゼットを観ることにした。
会場のチヴァッセ・パークへ行き、ビールを飲みながら観る。暗くなってきたし、さすがに少し寒い。
このバンドも感心するくらいに上手い。ジミー・ペイジ役がかなり大柄で目立つ。
「コミュニケイション・ブレイクダウン」、「デイズド・アンド・コンヒューズド」、「イミグラント・ソング」、「ブラック・ドッグ」、「ロックン・ロール」、「ステアウェイ・トゥ・へヴン」…。
さすがに、ツェッペリンの曲はみんなで大合唱というわけにはいかない。前の方は結構盛り上がっていたが、僕はかなり離れていたし、回りのお子様たちがはしゃぎ回るのに気を取られたりして、あまり集中できなかった。それにこれで6ステージ目だから、ちょっと疲れてきているみたいだ、たぶん。
中盤ではもちろん、ボンゾのドラム・ソロ・コーナーもあった。永遠に続くんじゃないかと思った。
僕の今年の「マシュー・ストリート・フェスティヴァル体験」は、こんなところだ。
プログラム全体からすると、ほんの一部ということになるのだけど、実に実に充実した1日だった。
それは、クォリティの高い音楽を堪能できたから、というだけではない。何万人もの人々のハッピーな笑顔を見ることができたから、ということの方が大きいかもしれない。誰かの笑顔は、別の誰かを笑顔にするものなのだ。
音楽って、ライヴって素晴らしい。
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(「リヴァプール・ニュース」第121, 122, 123, 126号に掲載)
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「快楽、興奮、緊張、そして安堵 〜 The Fab Faux at Royal Court Theatre 」 (8月25日・月曜日) |
ビートル・ウィークには毎年、世界中から何十組ものビートルズ・バンドがやって来る。
「最高のバンドはどれ?」と毎年いろんな人から訊かれるけれども、ここ数年間僕の答えはいつも一緒だし、これからもたぶんそうだろう。
ファブ・フォー( The Fab Faux )だ。
とにかく上手い。信じられないくらいに、圧倒的に、上手い。
5人のメンバー全員がニューヨークで活躍するトップ・スタジオ・ミュージシャンで、特にリーダーのウィルは、ジョン以外のビートルズ全員のレコーディングに参加した経歴を持ち、ソロ・アーティストとしても知られている。だからまあ上手いのは当り前といってしまえばそれまでなのだが、プロ中のプロである彼らが心から楽しみにしているギグが、このビートル・ウィークのステージなのだ。
2年ぶりの登場となる今年のビートル・ウィーク。待ち焦がれていたファンも多いことだろう。
ファブ・フォーに用意されたステージは3つあったが、僕は最初の2つには行けなかった。しかし最後の1つだけはしっかり観に行った。マシュー・ストリート・フェスティヴァルの日の夜に、ロイヤル・コート・シアターで行われたコンサートだ。毎年のことだけれど、この日のこの時間、この会場で行われるコンサートが、ビートル・ウィークの全プログラムの中で最もメインのものとなる。
会場に入ると、すでにショウは始まっていた。
「ディア・プルーデンス」。続いて「グラス・オニオン」。
この時点で「ああ、ホワイト・アルバムを演るんだな」と分かったが、2枚全部なのか、それとも1枚だけにして残り半分の時間は別の構成にするのか、ということが問題だった。できれば後者にしてほしかった。疲れた体でホワイトアルバムを全部聴くのは、ちょっと重いような気がしたからだ。でもまあそれならそれで仕方ない。どのみちD面の「レヴォリューション9」はカットされるだろうから、その分アンコールは長くなるはずだ。初期のナンバーをたくさん聴くことも出来るかも知れない。
このバンドがユニークなのは、そのルックスからは、ビートルズのトリビュート・バンドだということがまったく分からないところだ。誰もビートルズ・スーツなんか着ていないし、5人のうち2人はカッコいいけれど、あとの3人はハゲかデブかその両方か、というありさまだ。演奏のスタイルはもちろん素のままだし、ドラム以外の楽器や、ヴォーカルの役割分担はイレギュラーで、まったく自由だ。つまり、ジョン係もポール係もジョージ係もリンゴ係も存在しない。曲によってリード・ヴォーカルや楽器が変化自在に入れ替わる。
そして、そういったスタイルで奏でられるサウンドは、まぎれもなく「あの音」なのだ。ビートルズなのだ。「似ている」とか「そっくり」とか、そういうレヴェルを超えている。分かっているつもりだったけれど、やっぱり思ってしまった。「これは一体どういうことなんだろう??」と。
その答えは1つしかない。上手いのだ。細部にわたるまで全てが、パーフェクトな正確さでもって演奏されるからなのだ。ヴォーカルでさえ、音程と発音と発声がおそろしく正確なために、どの曲も不思議なほどオリジナルと同じに聴こえてしまう。
つまり、個人個人がスーパーな演奏技術と歌唱能力を持ち、バンドとしてのアンサンブルが完璧であれば、「似せよう」と一生懸命努力する必要はないのだ。しかし言うまでもないが、それが最も難しい。ここまで出来るのはファブ・フォーだけだろう。逆に言うなら、演奏技術が完璧でない普通のバンドは、ルックスやステージでの仕草などで擬態するしかないのだ。こういうことは、ファブ・フォーが出現するまでわからなかった。しかも彼らが本当の意味でスーパーなのは、「正確に演奏する」ということが到達点ではなく、出発点であるところだ。リアルで自然なグルーヴと、パワフルで生き生きとしたパフォーマンスがそれを証明している。そう、ファブ・フォーの5人は心底楽しそうに演奏するのだ。飛び跳ねたり寝転がったり客席に飛び込んだりしながら。
誤解を恐れずに言ってしまえば、ファブ・フォーのステージは、レコードの中のビートルズを超えている。ビートルズよりも上手くてアンサンブルも完璧なバンドが作り上げる、究極のエンターテイメントなのだ。もちろんそれは、「ビートルズへのリスペクト」という隠し味が利いているからこそ、なのだが。
そういうことをつらつら考えているうちに、B面最後の曲である「ジュリア」が終わり、休憩に入った。1曲ずつ紹介する暇がなかったが、全部がハイライトといってもいいくらいだった。「正確で完璧な演奏は快楽である」と思い知った40分間だった。
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休憩が終わり、後半が始まった。やはり、ホワイト・アルバムの続きだった。
ファブ・フォーは相変わらず絶好調だ。1曲目の「バースデイ」から全開で、ウィルのジャンプと共に、我々の意識もぴょんぴょんと飛び跳ねる。次の「ヤー・ブルーズ」も思いっ切りハードで、我々はみんな躁と鬱、あるいは、絶望と狂気の渦の中に放り込まれて、ぐるぐると引きずり回されるような気分。3曲目の「マザー・ネイチャーズ・サン」でやっとほっとひと息つくことができたが、しかし次は「エヴリバディーズ・ガット・サムシング・トゥ・ハイド・エクセプト・ミー・アンド・マイ・モンキー」だ。我々は再びグラグラ煮えたぎったロックの鍋に放り込まれる。
そして「セクシー・セディー」でうっとりさせられたのも束の間、今度はとどめとばかりに「ヘルター・スケルター」だ。グループでいちばん小柄なジャックが、余裕たっぷりにヴォーカルを取っている。信じられないことに、あのポールのシャウトにまったく負けていない。他の4人が演奏とコーラスで嵐のようなサポート。まるでジェットコースターに乗せられたような気分。会場は興奮の坩堝。「うおーっ」とか「ギャーッ」とか叫んでいる人もいる。僕は叫ばなかったけど、その気持ちはよくわかる。演奏中ジャンプしっぱなしだったウィルが、「つま先にマメができちゃったぜ!!」と叫んで、エンディングを締めくくった。こんなにスリリングでワイルドな「ヘルター・スケルター」は初めて聴いた。呆然としながら、C面最後の曲「ロング・ロング・ロング」を聴く。
続けてD面のトップの「レヴォリューション1」。ジョンがそうしたように、ウィルが寝転んで歌う。続いて「ハニー・パイ」、そして「サヴォイ・トラッフル」ではブラス隊が登場。そして「クライ・ベイビー・クライ」が終わると、おや? ステージに譜面台のようなものや椅子が並べられる。会場がざわめく。僕も思わず、「まさか…や、やるの???」と声に出す。
椅子に座りながらウィルが、「さあてと、恐怖の時間がやってきたぞ」と呟く。
やっぱり、やるのだ。「レヴォリューション9」を。しかしどうやって…?? 我々の心配をよそに、ピアノの伴奏とウィルの「ナンバーナイン、ナンバーナイン、ナンバーナイン…」の呟きで、「レヴォリューション9」が始まった。
ステージの上にいるのはたったの5人。その5人が、声、楽器、その他のものを駆使して、ビートルズが36年前にコラージュしたサウンドをひとつひとつ丹念に辿って行く。ビートルズの、いやジョン&ヨーコのインスピレーションへの挑戦と言えるかもしれない。もちろんこの会場にいる人間は、「レヴォリューション9」を何十回も何百回も聴いてきている者ばかりだ。だからみな、この挑戦がどれほど難しいものであるかをよく知っている。無謀と言ってもいい。誰も、まさか生でこの曲が演奏されるのを聴く日が来るとは思わなかっただろう。ホール全体が緊張に包まれる。客席の全員が固唾を呑んでステージの上の5人を見守る。
さっきまでの興奮は完全に吹っ飛んでしまった。
ファブ・フォーの5人はもちろん、オーディエンスもおそろしいほど曲に集中している。人間の呟きやうめき声や笑い声、オーケストラの演奏、オペラ、クラクション、燃える火、マシンガン、パレード、スイッチ、シンバル、歌、拍手や歓声、テープの逆回転…それらの音やメロディーの断片が複雑に絡み合い、現れては消えて行く。無秩序な音の群れのはずなのに、耳に届く時には、不思議とそれはちゃんとした音楽として聴こえる。
曲が進むにつれ、ある種の高揚感のようなものが立ちのぼってくるのが見えるような気がした。おそらくこの場所にいる全員が、今まさに偉大な瞬間を共有していることを自覚している。
「ホールド、ザ、ライン!」、「ブロック、ザット、キック!」というフットボール場のシュピレヒコールが繰り返され、無事「レヴォリューション9」が完成した。あっという間だった。もちろん全員がスタンディング・オベーションでファブ・フォーをねぎらった。僕も、鳥肌を立てながら拍手をした。まだ信じられない気持ちだった。
そしてアルバム最後のナンバー、「グッド・ナイト」が歌われた。
ホーンとストリングスが3人ずつ加わった。ハープも登場。リッチでエレガントな「グッド・ナイト」。このアメイジングなショウの締めくくりに相応しい。ヴォーカルはやはりウィルだった。ベースを持たずに優しい声で歌うウィルは、これ以上ない位すがすがしい表情をしていた。とてつもないことを成し遂げた達成感や満足感でいっぱいだったのかもしれない。あるいは、大きな責任から解放された安堵の表情だったのかもしれない。
ファブ・フォーの5人が、リヴァプールのオーディエンス、そしてジョン、ポール、ジョージ、リンゴに礼を言って、ステージを降りた。すべてのプログラムが終わった。客電が点いても、多くの人がその場で呆然としている。もちろん僕もそのひとりだ。まったく、何というコンサートだったろう!
20年におよぶ「ビートル・ウィーク」の歴史の中でも、間違いなくベストのコンサートだろう。信じられないくらいにマジカルで、ラジカルで、ファンタスティックな体験だった。このコンサートを観られただけでも、リヴァプールに来た甲斐があった。
そして、「ビートルズってすっげえなあ」と思った。これほどビートルズをリアルに感じたことはなかったかもしれない。
僕も、ビートルズとリヴァプールに感謝した。そしてもちろん、ファブ・フォーの5人にも。 |
(「リヴァプール・ニュース」第115, 116号に掲載)
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「キャヴァーンのジャッキー&トニー」 (8月26日・火曜日) |
フェスティヴァルの最終日には、ジャッキー・ロマックスとトニー・シェリダンのライヴが、キャヴァーンで行われた。
ビートルズ・ファンにはおなじみだが、ジャッキー・ロマックスは、ビートルズのアップル・レーベルが契約した最初のアーティストで、1968年、ジョージ作&プロデュースの「サワー・ミルク・シー」でソロ・デビューした人だ。
リヴァプール出身(正確にはウィラル)で、1962年に当時地元で人気絶頂だったアンダーテイカーズに加入し、パイ・レコードからデビュー。その後アメリカに渡り、自身のバンドでCBSからレコードをリリース。英国に戻ってアップルで3枚のシングルと1枚のアルバムを発表した後は、再びアメリカに渡って、ワーナー・ブラザーズやキャピトルから3枚のソロ・アルバムをリリースした経歴を持つ。
だが、残念ながらどれもセールス的には成功しなかった。ルックスもいいし、曲もサウンドもアレンジもヴォーカルも申し分ない。特に、アップル時代のアルバム『イズ・ディス・ホワット・ユー・ウォント?』では、ポール、ジョージ、リンゴ、エリック・クラプトン、ニッキー・ホプキンス、クラウス・フォアマンといった信じられないようなスターたちがバックを務めていて(日本盤には「驚異のスーパーセッション」というサブ・タイトルがついていたほどだ)、最高のスワンプ・ロックを堪能することができる。僕の愛聴盤だ。
紆余曲折を経て、ほとんど40年ぶりに、ジャッキーがキャヴァーンに帰って来る…。
個人的には、今年の「ビートル・ウィーク」でいちばん楽しみにしていたギグだった。いちばんの楽しみであると同時に、いちばんの心配事でもあった。ミュージック・シーンの表舞台から遠ざかって久しいはずのジャッキーが、長いブランクの後でちゃんと歌えるのだろうか、という心配だ。
ジャッキーとは、ギグの2日前に少し話すことができた。ナーヴァスというほどではないが、やはり少しばかり不安もある、そういう印象を受けた。
前座の演奏が終わり、いよいよジャッキーが登場した。
簡単に挨拶をして、すぐに演奏が始まった。ワンダーウォールという4人組のバンドがバッキングを務める。
ステージの前半では、『イズ・ディス・ホワット・ユー・ウォント?』から5曲が演奏された。
まずは、「ユー・ガット・ミー・シンキング」。いきなり僕のいちばん好きな曲だったのでびっくりした。しかしジャッキーはやはり緊張している。ギターを弾く指がぎこちないし、声もあまり出ていない。パワフルな曲だが、レコードの迫力からはほど遠い。
続いてジャッキーは、「次は、ジョージ・ハリスンが書いた曲を」と言って「サワー・ミルク・シー」を歌った。これもハードなナンバーで、やはり苦しそうに歌う。こういう曲を歌うには、余程強い喉の持ち主でない限りは、ある程度のウォーミング・アップが必要だろう。もっと後の方に持って行くべきだったんじゃあないだろうか。ジャッキー自身もイライラしているようだ。間奏のギター・ソロのところでは、エフェクターがうまく踏めず、ヒヤリとする場面もあった。心配は募るばかりだが、でも、本人がイライラしているということは、本調子ならもっと声が出るということだ。これが実力ではないはずだ。ジャッキーも我々も、調子が出るのを待つしかない。最後まで調子が出なければ、それはそれで仕方がない。40年ぶりにこのステージに立ったのだ。それだけでも充分じゃないか。
3曲目はソウル・バラードの「サンセット」。このあたりで、ジャッキーにも我々にも、少し落ち着きが出てきた。
そして、「リヴァプールに帰って来たんだから、この曲を演らないわけにはいかないだろうね」と言って、「ゴーイング・バック・トゥ・リヴァプール」が始まった。どうしてもこの場所で聴きたかった曲だったから、嬉しかった。喉の調子が悪かろうが演奏をミスしようが、そんなことは問題じゃないのだ、と思いながら聴いた。
次の「フォール・インサイド・ユア・アイズ」で古い曲のコーナーが終わり、その後は新曲ばかり5曲が歌われた。すべて最新のアルバム『ザ・バラッド・オブ・リヴァプール・スリム』からのナンバーだ。
ジャッキーは、最初に比べるとずいぶんリラックスしていた。驚いたことに、ジャッキーの声が、伸び伸びと余裕で出ていた。カッコいいリフを持つ曲、軽快なビートの曲、ど演歌のようにべったりした曲など、タイプはいろいろだったが、どの曲もクォリティの高い、素晴らしいブルーズだった。昔の曲よりもずっとジャッキーのキャラクターに合っているような気がした。
「これが今の俺なんだ。こういう音楽を聴いてもらいたいんだ」
そういう意志が、迫力を持って伝わってきた。
終了後、キャヴァーンの楽屋へジャッキーを訪ねた。
握手をして、「最高でしたよ! 特に新曲が良かったです」と伝えると、ジャッキーは嬉しそうに笑った。僕も嬉しかった。
ジャッキーにサインをしてもらった『ザ・バラッド・オブ・リヴァプール・スリム』は、僕の新たな愛聴盤となった。
トニー・シェリダンは、3ピース・バンドでの登場だった。
こちらは、最初から最後まで余裕のパフォーマンスだった。トニー・シェリダンを生で聴くのは初めてだし、これまでどういった活動をしているのかはほとんど知らなかったのだが、ずうっとバリバリの現役でやって来たのだということが一瞬で理解できた。それほど圧倒的な存在感だった。トニー自身の体もでっかかった。
トニー・シェリダン・バンドは、一貫してエリック・クラプトンばりの貫禄のあるホワイト・リズム&ブルーズを演奏した。ベーシストとドラマーとの息もぴったりで、みんなものすごく上手い。
もちろん、「マイ・ボニー」もちゃんと演ってくれた。ものすごくブルージーなイントロつきの、ギンギンのロックン・ロールだった。あのギター・ソロには、やっぱり鳥肌が立った。
「おい、こりゃあエリックなんかよりよっぽどいいんじゃないか…?」
延々と続くスポンタニアスな演奏に気持ちよく身を任せながら、僕は、本気でそんなことを考えていた。 |
(「リヴァプール・ニュース」第119号に掲載)
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