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スカウスハウス・ツアー2006 「利物浦日記2006」(レポート)


「利物浦日記2006」 - SCOUSE HOUSE TOUR 2006 / REPORTS

<イントロダクション・その1>

恒例の "International Beatle Week" 観光パッケージ《スカウスハウス・ツアー2006》は、無事に終了しました。ご参加くださったみなさん、バンド<リッキー廣田&ザ・ミッシェル>のみなさん、ありがとうございました&お疲れさまでした。おかげさまで、今年も最高に楽しくてエキサイティングなツアーになりました。心より感謝いたします!

今年の<ビートル・ウィーク>、すんごく、すんごくよかったですよ。
格式と伝統のあるエンパイア・シアターで、ビッグネームをラインナップに並べたコンサートを3夜にわたって開催したのは、実に画期的なことでした。サーチャーズ、無茶苦茶カッコよかったです。

恒例の<ビートルズ・コンヴェンション>は、今年はなんと午前10時半からスタートし、朝から大盛況。ドノヴァンのサイン会にはあっという間に長蛇の列が出来上がてしまって、僕は早々にあきらめました。

同時開催される<マシュー・ストリート・フェスティヴァル>も、観衆の動員記録をさらに更新しました。なんと35万人です。あっちに行ってもこっちに行っても人がうじゃうじゃ、インドアの会場には人がぎっしり、です。
リヴァプール・フィルやジェリー&ペースメーカーズ、それから僕はよくわからないんだけど最近の人気バンド(ミナコさんが今週の<ゴールドフィッシュだより>でレポートしてくれています)がたくさん登場して、そりゃもうえらい盛り上がりようで、ちっちゃなお子さんからお年寄りまで、みいんなほんとうに幸せそうでした。

毎年思うんですけど、マシュー・ストリート・フェスティヴァルの最終日ほどカラフルでハッピーでピースなアトモスフィアって、他ではなかなか体験できないんじゃないかと思います。8月の最終月曜のリヴァプールにしかない、ブリリアントなアトモスフィアです。

それから…そうそう、そうです!
今年スカウス・ハウスは、<リッキー廣田&ザ・ミッシェル>をフェスティヴァルのパフォーマーとしてエントリーし、現地コーディネートを担当したのです。
日本のビートルズ・トリビュート・バンドにとって伝説的存在であるリッキーさん、そして自由奔放なリッキーさんをがっちり受け止めてサポートするザ・ミッシェルの2人。いやあ素晴らしかったです。予想に違わぬハイ・センス、ハイ・クォリティの演奏で会場を沸かせてくれました。

現地での様子の一部は、つい先日にNHK BS1の情報番組で報道されたので、ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんね。ちなみに僕も映ってたんですよ。バンドがキャヴァーン・クラブに入って行くシーンで、リッキーさんたちを先導していたのが僕です…といっても、ほんの2秒ほどだから、きっと誰も分からないだろうなあ…親戚にも「出てなかったんちゃう?」と言われてしまったし…。

えー、というわけで、帰ってきて1週間が経ちました。
実はいまだに疲労でぐったりする毎日です。時差ボケもまだしぶとく残っております。
まああれだけ連日走り回ったりしゃべり続けたり呑み続けたりしてたらしょうがないかなー、と自分では思っています。
ぼちぼち今年のツアーの様子をレポートにしてお伝えして行きたいと考えています。どうぞお楽しみに!

NLW No.264「フロム・エディター」より抜粋)



<イントロダクション・その2>

ウールトン・シネマが閉館してしまいました。
いきなり<ウールトン・シネマ>といわれても、ほとんどの人には「なんのこっちゃ?」かもしれませんね。
えーと、ウールトン・ヴィレッジというとても小さな町というか村にある、とても小さな映画館です。
ウールトン・ヴィレッジは、ジョンの家(育ての親ミミおばさんの家)から歩いて12〜3分ほどのところにあって、ジョン少年の遊び場でもありました。ポール・マッカートニーと出会った教会や、行きつけのミルク・バー(ストロベリー・ミルク・シェーキがお気に入りだったそうです)や、通っていたスイミング・プールなどが、今も残っています。映画好きだったジョン・レノンのことですから、このウールトン・シネマも彼のテリトリーのひとつだったことは、まず間違いないと思います。

ウールトン・シネマの閉館が発表されたのは、9月2日の地元紙「デイリー・ポスト」紙上でした。
その日は、僕にとって今夏のリヴァプール滞在最後の日でした。
朝食後に定宿の<ブランデルサンズ・ゲストハウス>を出て、雨の中を最寄りのブランデルサンズ&クロスビー駅まで走り、いつものように売店で<デイリー・ポスト>を買って、いつものようにシティ・センターに向かう列車の中で目を通しました。そして、この記事を発見したのです。

「やれやれ」
というのが、最初に僕の口から出た言葉です。
(リヴァプール最後の日というのに、なんでこんな悲しいニュースを目にしなくちゃいけないんだ?)
そう思ったのです。

でも次の瞬間には、思い直しました。
今日なら、このシネマに、お別れを言いに行くことができる。行けば、記念の写真を撮ることもできる。これが明日やあさってだったら、そういうわけには行かない。ということは、これは「お告げ」のようなものなのかもしれない…。オーケー、お別れを言いに行こう!

いくつかの用事を済ませた後の夕方、78番のバスに乗って、ウールトン・ヴィレッジに向かいました。朝から降っていた雨は、もうすっかり上がっています。天気予報は確か「一日中ヘヴィー・レイン」だったんですけどね。

閉館の一日前のウールトン・シネマは、いつもと変わりのない、静かな佇まいでそこにありました。
受付には、若い金髪のお嬢さんがいました。頼んでみると、上映中のために客席には入れなかったものの、ロビーには快く入れてくれました。ほんの10畳ほどの、ほんとうにこじんまりとした作りでした。
(古き良き時代の香りが隅々にまで沁みこんでいるんだろうなあ)
としみじみ感じながら、写真を撮りました。

このシネマがオープンしたのは、1927年の12月26日。78年と8ヶ月前のことです。エントランスの横の壁には、「ブリティッシュ・フィルム・インスティテュート」による記念プラークが設置されています。曰く、 《現存するリヴァプール最古のシネマ》。

その歴史の故に、クローズした後も、シネマの存続を願うキャンペーンが続けられています。
この運動がうまく行って、再び映画館としてオープンするといいですね…いや、きっとそうなるはずです。
「ウールトン・シネマ復活!」の記事が地元紙に掲載される日が来るのも、そう遠くないと信じています。

NLW No.265「フロム・エディター」より抜粋)



<イントロダクション・その3>

今日、リッキー廣田さんのファンクラブから会報が届きました。
「あれ? 僕はファンクラブのメンバーじゃないんだけど、いいのかな…??」
と思いながら開封してみると、なんとなんと、会報まるまる全部が、今回のリヴァプール・ツアーのレポートになっているではないですか!

<ビートル・ウィーク>フェスティヴァルへのブッキング・エージェントとして、また、現地でのお世話係のひとりとして関わったことから、僕にも送ってくださったのでしょう。
レポートはかなりの力作で、たくさんの写真も一緒にちりばめられています。なんだか懐かしさを感じながら一気に読んでしまいました。

早いもので、あれから1ヶ月以上経ったんですね。リッキーさんやバンド<ザ・ミッシェル>のみなさん、ファンクラブのみなさんと過ごした数日間は、無茶苦茶ハードだったけど、ムッチャクチャ楽しかったです。

フェスティヴァルのプログラムに掲載するリッキーさんの紹介文に、僕は「レジェンド」という言葉を使ったのですが、今年のリヴァプールでのリッキーさんの存在感は、まさに「レジェンド」と呼ぶに相応しいものでした。

いちばん印象に残っているのは、<キャヴァーン・クラブ・バック>のギグでのことです。
3ピース・バンド、リッキー廣田&ザ・ミッシェルの圧倒的なパフォーマンスに、オーディエンスは熱狂しています。ステージも客席も、ほとんど蒸し風呂のような状態でした。
ギグが中盤に差し掛かったころ、間奏の途中で、ステージの袖で演奏を見守る僕のところに、リッキーさんがするすると近づいて来て、こう言いました。

「どうかな、カズさん?」

その顔はにこやかで、エキサイティングなパフォーマンスを繰り広げている人とは思えないくらいに穏やかでした。そして信じられないことに、リッキーさんは汗ひとつかいていないのです。今この会場のすべての人間が汗を洪水のように流しながら踊ったり歌ったりしているというのに、そのグルーヴを生み出している張本人が、まったくヒヤシンスのように冷静そのものなのです。

「さ、最っ高ですよ、リッキーさん」

やっとの思いで僕が答えると、リッキーさんはニコリと頷いて、フロントラインに戻って行きました。
再び前を向いて熱唱モードになったリッキーさんの後姿を眺めながら、
「まったく、30年以上も第一線を張ってやってきただけのことはあるなあ」
と思いました。プロフェッショナルの真髄というものを見せてもらったような気がしました。

会報と一緒に、リッキーさん直筆のメッセージと、僕とリッキーさんのツー・ショット写真が同封されていました。
(あ、そういえばリッキーさんと一緒に写真撮るの忘れてたなあ。サインももらわなかったしなあ…)
と、後で気がついて残念に思っていたところだったので、これはとてもとても嬉しいサプライズでした。
リッキーさんや、ファンクラブのみなさんに感謝です。

NLW No.267「フロム・エディター」より抜粋)



【利物浦日記2006 / 8月22日(火)】

8月22日火曜日。早朝、ロンドン・ヒースロー空港に到着。
市内のホテルにチェックインしてすぐに外出。
偶然だったのだが、このホテルはアビー・ロードの近所にあった。歩いて5分くらいで、スタジオのある方とは反対側の端に行ける。
というわけで、アビー・ロードを端から端まで歩いてみることにした(一度やってみたかった!)。
天気もいいし、とても気持ちのよい30分だった。

続いて、ロンドン中心部のビートルズ・スポットをリサーチ。
ロンドンを歩くのは実に3年ぶりだ。ビートルズ・スポットめぐりとなると7年ぶりぐらいかな。いろんなところが変わってしまっていても不思議はないけど、ほとんどはまるでそのまんまだった。さすがはイギリス!

夕方、トウィッケナム・スタジアムで行わるローリング・ストーンズのコンサートへ。
イギリスで観るストーンズのコンサートは11年ぶりだ。とてもとても楽しみにしていたのだけれど、残念ながら全然楽しむことができなかった。
もちろんストーンズが悪いわけではない。キースはちゃんと復活していたし、ミックの喉の調子も良さそうだ。問題は僕の方のコンディション。
長旅の疲れと時差ボケ加えて、昼間にあちこち走り回ったおかげで、スタンドの座席についた瞬間から強烈な睡魔に襲われてしまったのだ。

「おいおい、ストーンズ観ながら寝るかあ?」
と、自分で自分にツッコミを入れながら、2時間あまりのショウのほとんどを、夢心地で観て…いや聴くことになってしまった。なんともったいない!

NLW No.283に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月23日(水)】

リヴァプール行きの列車に乗る前に、ロンドン在住のハレルヤ洋子さんに会う。
一年ぶりの再会でいろいろと話したいこともあったのだが、ハレルヤさんが一方的にしゃべって終わる。相変わらずだなあと感心してしまった。ハレルヤ洋子はどこに行ってもハレルヤ洋子だ。さすがだ。とにかく元気そうでよかった。来週また会おう!

夕方リヴァプールに到着。ミナコさんに駅まで来てもらって打ち合わせ。続いて、リヴァプール在住の熱心なビートルズ・ファン、S.H.さんとビール。ブランデルサンズ・ゲストハウスに到着したのは9時を回っていた。主人のリズと少し話して、早めに床に着く。
さあ明日から本番だ!

NLW No.283に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月24日(木)】

実質リヴァプール初日の今日は、くっきりと晴天。気持ちがいい。朝食を食べて、宿の主人のリズに洗濯を頼んで街に出る。

リヴァプールはとくかく物事の変化が早い。1年も見ないと、街の景色はずいぶんと変化しているように思える。
この街では、変わらないものはずっと変わらないが、変わるものは猫の目のように(あるいはイギリスの天気のように)くるくる変わる。

あちこちに挨拶に行って、最後にアデルフィ・ホテルのキャヴァーン・シティ・ツアーズのデスクに寄った。
レイさんにビルさん、そしてイアン、ヴィッキーがいる。まだ木曜日だけど、結構忙しそうだ。
毎年やっているビートル・ウィークの<スカウスハウス・ツアー>だが、今年は久しぶりにバンドのブッキングをやり、そのファンの方たちのツアーのコーディネートもしている。
フェスティヴァルのチケットやバンド用のパッケージを受け取り、ブッキングにいろいろと尽力してくれたイアンに礼を言って、ホテルを後にした。

夕方、ミナコさんと「イー・クラック」で打ち合わせ。1年ぶりのケインズのビターが美味かった!

6時ごろ、バスに乗ってディングルのマーガレットさんの家へ。リンゴが育った家に住むおばあちゃんだ。毎年リヴァプールに来るたびに必ず遊びに行く。
マーガレットさんはいつも歓迎してくれるのだけれど、なぜか決まってそのうちに説教になってしまう。もちろん、説教するのはマーガレットさんで、説教されるのは僕だ。しっかりものの母親が、いつまでたってもだらしのない息子を叱る図、そのまんま。結果、毎年数え切れないくらいたくさんの「ノーティー・ボーイ!」をマーガレットさんにいただいてしまうことになる…。
たぶん、僕がお調子者過ぎるんだろう。でもマーガレットさんの説教には愛情がたくさんこもっていて、決して嫌いじゃないんだよなあ…。

結局、マーガレットさんにおやすみを言ったのは8時すぎ。2時間もお邪魔してしまった。

同じくディングルのエンプレス・パブへ。ここで9年前からの友人であるジム&アイリーンのご夫婦と再会。スペインに旅行に行った時の写真や、孫の写真を見せてくれた。
ジムは去年に体を壊して、大好きなビールはもう飲めない。サイダーにレモンを絞って飲んでいる。残念だねと言うと、
「まあ若いときからず〜っとここで飲んできたからな、もうビールはじゅうぶんだよ」
と笑った。

シティ・センターに戻ったのは10時すぎ。テイクアウェイのカレー&チップスを買って、マージーレイルに乗ってリズのゲストハウスに帰った。

NLW No.284に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月25日(金)】

シティ・センターのスチューデント・アコモデーションに移動。今日からはフル稼働だ。
雑用を済ませて、スカウスハウス・ツアーのお客さんを迎えに3時にライム・ストリート駅へ。OさんとNさん。Nさんとは初対面だが、Oさんは2度目の参加だ。6年ぶりの再会。相変わらず頭と口の回転が速い。いや、前よりもパワーアップしているかも。ジョークのくだらなさにもますます磨きがかかった感じだ。僕も見習いたい。

4時、ライム・ストリート駅へ。フェスティヴァルでパフォームする「リッキー廣田&ザ・ミッシェル」のファンご一行さまの出迎えのために、少し早めにマンチェスター空港へ向かった。

5時半に着くと、手配した送迎バスがもう待っていた。でも予約したバスよりもかなり大きい。大きいだけじゃなくてずいぶんと豪華だ。横にドライヴァーが疲れた顔で立っている。

「君がベーニーかな?」
と声をかけると、ぱっと顔が明るくなった。
「おおなんだ、ちゃんとコーディーネーターがいたのか、助かった〜!」

やけに嬉しそうだ。聞くと、前の団体の送迎が終わった後で会社から急遽指令を受けてここに来たものの、飛行機の到着時間とKazという名前しか知らされていないのでどうしたらいいのか分からず、途方に暮れていたそうだ。やれやれ。
コーヒーを差し入れて、しばらくベーニーのおしゃべりに付き合う。この兄ちゃん、疲れてるはずなのにほんとよくしゃべる。スカウサーだなあ。

結局、ロンドンからの乗り継ぎ便は1時間以上も遅れてマンチェスターに到着した。
ツアーの主催は大阪のギターショップMcCさん。総勢20名が無事に到着。リッキーさんだけは別行動で、ロンドンから鉄道でリヴァプール入りすることになっているそうだ。

雨模様の中、全員をバスに乗せて出発。車内でフェスティヴァルや街についての案内をしているうちに、アデルフィ・ホテルに到着。もうほとんど8時だった。ツアーのみなさんのチェックインを済ませ、ザ・ミッシェルの2人をバンド専用のアコモデーション<カセドラル・パーク>へ案内。
荷物を置いて全員でアデルフィに戻ったと思ったらリッキーさんが到着していた。仕方がないので、僕だけがリッキーさんを連れてカセドラルへとんぼ返り。守衛のおっちゃんに大笑いされてしまった。

10時30分ごろだったろうか、McCさんご夫妻とレストランで食事。その後は1人でマシュー・ストリートへ。キャヴァーンに入って、シルヴァー・ビーツのステージを少し観た。まだ金曜日だというのに、すんごく盛り上がっていた。

(NLW No.285に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月26日(土) / その1】

8時30分にアデルフィ・ホテルのロビーへ。McCさんと打ち合わせ。9時半に全員集合。
今日はジョンとポールの家の観光<ナショナル・トラスト・ツアー>を予約している。我々が用意した20枚近くのチケットは、きれいに完売した。よかったよかった。

お客さんをツアーバスの発車ポイントに引率して行くと、ジョン・レノンの家の管理人コリン・ホールさんが待っていた。
全員が乗り込むと、うちのお客さんだけでバスは一杯。貸し切り状態だ。気がつくとコリンさんが不安げな顔をしている。

「君たちは乗らないの?」
うん、チケットもないしね。
「そうか。ええと、この人たちは英語をしゃべれるかい?」
う〜ん、どうかな。よくわからない。
「そうか、あと1人2人ならなんとか座れる。君らのうちひとりでも同行してくれないか?」

…顔を見合わせる僕とミナコさん。
悪いけど、僕らどっちもこれから用事があるんだ、ごめんね。でも心配することないよ、だいじょうぶ、何人かは英語話せるはずだから、と答える。コリンさんはあきらめたような、覚悟を決めたような顔で運転席に乗り込んで行った。グッドラック!

ミナコさんには、ツアーの終わるころにまたこの場所に戻って来てもらうことにした。
今日は昼から、<08 Place>でマイク・マッカートニーさんのサイン会がある。マイクさんと面識のあるミナコさんに、お客さんたちを案内してもらうことにしたのだ。

そして僕はローカル・バスに乗ってアンフィールド・スタジアムへ。
レッズの今季ホーム開幕戦を観るのだ。カモン・リヴァプール!

4年ぶりのアンフィールド。ここはほんとうに素晴らしい。今日は偶然にもKOP100周年の記念ゲームだった。《KOP 100》と、KOPスタンドにきれいな人文字ができた。
ここは当然ジェリー・マースデンを呼んで<You'll Never Walk Alone>を歌ってもらうべきだろうと思ったが、しかしジェリーは今まさにこの時間、ピア・ヘッドの野外特設ステージで歌っている。
おいおいジェリーさん、何か間違ってないかい?

レッズの相手は数ヶ月前のFAカップ決勝で対戦したウエスト・ハム。あの試合は死闘になったが、今日は2−1で見事な勝利。めでたしめでたし。

4時。集合時間ギリギリにアデルフィ・ホテルのロビーへすべり込む。
これから<ぶらぶらウォーク〜ウールトン&ペニーレーン編>の出発だ。

NLW No.287に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月26日(土) / その2】

<ぶらぶらウォーク〜ウールトン&ペニーレーン編>の参加者は8人。
タクシー2台に分乗して、セント・ピーターズ教会へ。管理人のグラハムさんにアポイントを取っていたので、教会の内部や、49年前にクォリーメンが演奏したホールの中も案内してもらうことができた。

ビートルズ・ファンにとって、ここは聖地のようなものだ。ジョン・レノンとポール・マッカートニーが出会った場所。ジョンが幼い頃に通っていた教会でもあるし、ジョージおじさんやエリナー・リグビーのお墓もある。ツアー最初の訪問地がいきなりハイライトになってしまった。
グラハムさんとの記念撮影のあとで、みんなでささやかながらドネーションをした。

静かで、とてもゆったりしているウールトン。ほんとうに住みやすそうなエリアだ。ここにはたくさんのジョン・レノンゆかりのスポットがある。ミミおばさんと暮らした<メンディップス>をはじめ、少年時代に通ったスイミング・プールや、ハリエットおばさんの家、友だちと待ち合わせをしたミルク・バーや映画館、クォリーメンとしてステージに立った公民館、などなど。

途中、ピート・ショットンの家を見るコースにするか、ジョンが通ったパブを見るコースにするかを多数決で決めたら、圧倒的多数でパブに決定。パブに「入る」とは一言もいっていないのに、少し疲れ気味のおじさん連中(僕も含めて)は俄然元気を取り戻し、歩くスピードに勢いがついた。もうみんな、頭の中はビールでいっぱいになっているみたいだ(僕も含めて)。

パブ<ダービー・アームズ>は、メンローヴ・アヴェニューのすぐ近くにある。わりに大きなパブだが、ウールトンらしい落ち着いた佇まいが僕はとても気に入っている。
カウンターにローカルの人たちが数人。9人の見慣れぬ集団がぞろぞろと入って来たので「なんだなんだ?」という顔をしていたが、笑顔で手を振ると、笑って応えてくれた。

ビール派はたしかみんなギネスをオーダーしたと思う。ツアー中もそうだったけど、お酒が入るとみんなまたいちだんと饒舌になった。
最初はビートルズのマニアックな話で盛り上がっていたのだが、だんだんとくだらない冗談の方が多くなった。特にOさんとKさん、ホント面白すぎです。次々に繰り出されるナンセンスなおやじギャグに、どれだけ笑わされたことか。
でもどんなギャグだったのか、今思い出そうとしても何ひとつ思い出せない。きっとパブを出た途端にきれいさっぱり忘れてしまったのだろう。楽しい30分だった。

メンローヴ・アヴェニューでタクシーをひろって、ストロベリー・フィールドへ。孤児院は閉鎖になってしまったけれど、門や建物はそのままの状態で残っている。
しみじみとした風情に、さすがのおやじギャグ軍団も誰もが神妙な顔つきになった。ここは永遠にこのままにしておいてほしい。

次はペニー・レーン。このエリアもみどころがいっぱいだ。歌に出てくるスポットや、ジョン、ポール、ジョージゆかりのスポットのほかに、<フリー・アズ・ア・バード>のヴィデオのロケ場所が3ヶ所ある。ロケ場所といっても、もちろんビートルズが収録にやって来たわけではない。一般のガイドブックには載っていない超マニアックなスポットだ。
しかし今日のお客さんたちはさすがにビートルズ偏差値が高い。

「はい、ここがヴィデオの<ピギーズ>のシーンですよ〜」
「はい、ここが<ミスター・カイト>!」
「はいはい、ここが<ア・デイ・イン・ザ・ライフ>ね」
と言うだけで、
「おお! ここがあれか!!」
と話が早い早い。みんな大喜びで写真を撮っていた。これだけ反応があると、ガイドする方としても非常に嬉しい。
そうなのだ、我々はただのおやじギャグ軍団ではないのだ。

今年のウールトン&ペニーレーンの<ぶらぶらウォーク>も無事終了。
お客さんに恵まれて、近年になく楽しいツアーになった。

NLW No.288に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月26日(土) / その3】

8時ごろにシティ・センターに戻り、すぐにエンパイア・シアターへ。今日は“Liverpool to Hamburg, to India and Back Again!”と題されたスペシャル・コンサートがあるのだ。

まずはオリジナル・クォリーメン。「オリジナル」といってもジョンはもちろんいないし、ピート・ショットンさんはバンド活動から引退、エリック・グリフィスさんも2005年に亡くなってしまったので、現在のメンバーは4人だ。
しかしサポートのベース・プレイヤーを入れて5人で奏でるオールド・ロックンロールやスキッフル・ナンバーは、じゅうぶんに魅力的だった。いつも思うんだけど、レン・ギャリーさんの声はほんとうに素晴らしい。

続いて登場したのはトニー・シェリダン。このフェスティヴァルには3年ぶりの登場だ。前回と同じ3ピース・バンドでパワフルな演奏を聴かせてくれた。この人はほんとうに、ほんとうにスゴイ。シブい! カッコいい!! 

最後はいよいよドノヴァンの出番。しかし申し訳ないんだけど、疲れが出たのか強烈な睡魔に襲われて、ほとんど寝てしまった。それにドノヴァンって僕はぜんぜん好きじゃないんだよね。ごめんね!

じゅうぶんに睡眠をとった後は、キャヴァーン・パブへ直行。記念すべき、リッキー廣田&ザ・ミッシェルの<ビートル・ウィーク>デビュー・ギグだ。
向かいのキャヴァーン・クラブが「本番」のステージとするなら、この小さなパブは「ウォーミングアップ」向きといえる。入場無料ということもあっていつも超満員だが、とにかく何をやっても盛り上がってくれる。
演奏するほうはプレッシャーをあまり感じなくて済むのだ。デビュー・ギグにこの会場を選ぶことができたのはラッキーだった。

熱気ムンムンの中でリッキー&ザ・ミッシェルのステージが始まった。
ゆったりとしたギターのリフがしばらく続き、オーディエンス全員が「何を演るのかな〜??」という気持ちになったところで、ようやくリッキーさんが歌い始めた。スローにアレンジされた<コールド・ターキー>。思わず「うひょ〜、カッコいい〜!」という言葉が口をついて出た。

その後も、<Happiness Is A Warm Gun>や<Revolution>、<Helter Skelter>など、かなりヘヴィーなナンバーを中心にステージは進む。
リッキーさんには「最初だから軽めに、軽めに」って言っておいたはずなんだけど…。
聞いたところでは、リッキーさんはセット・リストなんてものは用意しないんだそうだ。ステージに上がってから、その場の雰囲気や気分で演奏する曲を決めるそうな…。ソロならともかく、バンドでそんなのアリ?? なんて思っていたのだが、実際に観るとほんとうにそうだった。曲が終わるとリッキーさんがイントロを弾いてそのまますんなり次の曲が始まる。あるいは、エンディングのところで次の曲を耳打ちしていたりする。
まあなんというか、とっても “ライヴな” ライヴだ。もちろんどの曲をやってもアンサンブルは完璧だ。リッキーさんも、ベースの藤田さん、ドラムスの竹原さんも、伊達にプロで何十年もやってないってことよ〜くわかった。百戦錬磨だな、この人たちは。すげえや。

しかし感心しているばかりでは終わらなかった。終盤近くに思わぬハプニングが起きてしまった。
なんと、あろうことか、調子に乗ったリッキーさんが<Satisfaction>のイントロを弾きはじめたのだ。あっちゃ〜〜っ! ビートルズのカヴァーバンドとしてフェスティヴァルに招待されたバンドが、ビートルズ以外の曲を演奏するのは許されない。ご法度なのだ。

オーディエンスは喜んでいるが、ブッキングをした僕にとっては非常にマズイ事態だ。それまではニコニコしていたステージ横のPAスタッフの間にも緊張が走ったのがわかった。2名のスタッフは顔を見合わせ、一方がもう片方に耳打ちしようと身を乗り出す…。うわ、どうしよう…。

しかしそのとき、<Satisfaction>のリフが<Day Tripper>に変わった。
「してやったり」の表情で歌いだすリッキーさん。会場バカウケ。PAスタッフ2人は一瞬ぽかんとした表情になり、それから苦笑いしながら手と首を振った。「もぉびっくりさせやがってよぉ」とでも言っているのだろう。僕もまったく同じ気分。この熱気の中で冷や汗をかいたのは我々3人だけだったろうな。まさに緊迫の10数秒間だった。

あとでリッキーさんに、「あのまま<Satisfaction>やってたらエライことになってましたよぉ」と言ったら、「あ、そうだったの?」と平然としたものだった。
やれやれ、さすがリッキーさんだ。

NLW No.290に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月27日(日) / その1】

9時。ヴェジタリアンのカフェで朝食。その足でジャカランダへ。
もちろんこの時間はクローズだが、ビールを飲みに来たわけじゃないからだいじょうぶ。スタッフのドットに挨拶をして、明日このくらいの時間にツアーで来るからよろしくと言う。
「だいじょうぶさカズ、どんどん連れていらっしゃい」
と、いつもどおり気持ちのいい言葉が返ってきた。

10時10分にアデルフィ・ホテルへ。これから<ぶらぶらウォーク〜ディングル編>だ。参加メンバーは僕を入れて8人。昨日とほとんど同じ顔ぶれだ。朝から和気あいあい、みんなゴキゲンで集まってきた。

ライム・ストリートからバスに乗る。これが意外に大好評だった。みんなリヴァプールでバスに乗ってみたかったのだそうだ。
まず僕が運ちゃんに料金を聞き、ほかの7人に乗り方を教えてあげる。順番にバスに乗り込んで、さあいざ出発。
天気もいいし、バスの中も適度に空いていて気持ちがいい。チャイナタウンのゲートのそばを通り、大聖堂を見上げ、おや、向こうはマージー側が…なんて言っているうちに、すぐディングルに着いてしまった。
「はい、降りますよぉ〜!」
「えっ? もう降りるの??」
ほんとうにあっという間で、みんなびっくりしていた。

リンゴゆかりのスポットが少しあるだけのディングルは、巡礼に来るビートルズ・ファンにとってもマイナーなエリアだ。
よほどのリンゴ・ファンじゃない限りは、わざわざ個人で行ってみようという人はいない。あの<マジカル・ミステリー・ツアー>のバスも、30秒ほど窓越しにガイドするだけだ。この<ぶらぶらウォーク〜ディングル編>は、世界的にみても珍しい企画かもしれない。

僕は毎年ディングルを訪問しているけれど、ここで嫌な思いをしたことがない。
よく「治安の悪いスラム」みたいな言い方をされるけれど、一体何を見ているんだろうと思ってしまう。たしかにここはそんなにリッチなエリアではない。でも治安が悪いようにはぜんぜん見えないし、住んでいる人たちのハートのあたたかさは、“フレンドリー・シティ”リヴァプールの中でもトップクラスだと思う。こちらが切なくなるくらいに、義理や人情に厚い人たちなのだ。
僕がこのエリアを訪ねるツアーを毎年企画するのは、そういうことをみんなに知ってもらいたいという思いがあるからだ。

リンゴか通った小学校、リンゴのおじいちゃんの家、リンゴの生家を見て、マーガレットさんの家へ。リンゴが4歳からビートルズで成功するまで住んでいた家だ。
マーガレットさんには3日前に言ってあったので、ちゃんと待っていてくれた。マーガレットさんのお部屋で、リンゴがいた頃の話をいろいろと聞かせてもらう。おまけに、どういうわけか僕の「ノーティー・ボーイ」な話もしっかり披露してくれて、みんなに笑われてしまった。マーガレットさんは嬉しそうだった。

12時からはエンプレス・パブで乾杯。女手一つでリンゴを育てたエルシーお母さんが働いていたパブだ。きっとリンゴにとっては我が家のような場所だったに違いない。
このグループはとりあえずビールがあればみんなゴキゲンだけど、このパブでの一杯は格別に美味しかったようだ。話は弾んだし、ほとんどの人がビールをおかわりした。
主人のリンダさんの話によると、何週間か前、リンゴの息子のザックが、妹のリーを連れてここに来たということだった。今やザ・フーやオアシスといった超ビッグなバンドのドラマーとなったザックにとっても、ここは大切な故郷なのかもしれない。

NLW No.293に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月27日(日) / その2】

1時半。アデルフィ・ホテルへ。今日はビートル・ウィークのメイン・イヴェント<ビートルズ・コンヴェンション>の日だ。トリビュート・バンドのライヴやマーケット、有名人のインタヴューやサイン会、フィルムの上映などなど、午前3時ごろまでぶっ続けでビートルズのイヴェントが開催される。

まず、ぐるっとマーケットを見て、レコードを1枚購入。それから会場を抜けて自分の宿に帰って洗濯をした。再び会場に戻ってぶらぶらしていると、日本人のカワイイ女の子に突然声をかけられた。

「カズさん? カズさんでしょ? あーカズさんだ! あたし、あたし! あたしのこと覚えてるぅ?」
「え!? えーと、えーと…」

いきなりあたしって言われてもわかるわけないじゃんか、と思ったが、一生懸命考えた。でも思い出せない。誰だっけ?

「あーやっぱり忘れてる、あたし、Yです。おぼえてないのぉ?」
「Y? Yちゃん…あー思い出した! Yちゃんだ! わぁ、何してるんだ、こんなところで!?」

Yちゃんは5年前のツアーに参加してくれた女の子なのだった。

「もぅ〜やっと思い出した。カズさんぜんぜんダメじゃん、相変わらず〜」
「ぜんぜんダメ言うな。相変わらずってのも余計だよ。でも来るんだったら連絡してくれたらよかったのに」
「そうなんだけどね、でもあたしも来れるとは思ってなかったの。直前になって急に休みが取れて、飛行機とホテルだけ予約してばばーって来ちゃったの。さっき着いたんだけどね。カズさんいるかなーって思ったらほんとにいたからびっくりしちゃった」
「びっくりするな。こっちの方がびっくりしたがね。でも思い出せてよかったぁ。ほんとひさしぶりじゃん」
「ねー。でもカズさんすぐわかったよ。ぜ〜んぜん変わんないんだもん、笑っちゃった」
「笑うなー!」

…というわけで、ラウンジの奥にあるバールームに行って、Yちゃんとビールとジュースで乾杯。
Yちゃんは今日着いたばかりというのに、明日の夕方にはロンドンに移動するんだそうだ。短い間だけど、スカウス組に飛び入り参加してもらうことにした。みんなきっと喜んでくれるだろう。

5時。
アデルフィ・ホテル内のバーCromptonsで、リッキー&ザ・ミッシェルのギグ。
昨日のキャヴァーン・パブと同じく、このステージもブルージーなアレンジの<Cold Turkey>でスタート。シビれるほどカッコいい。
すべての曲目は憶えてないが、<Hey Bulldog>や<Helter Skelter>などのハードなナンバーや、<God>などのちょっと変わったナンバーも演奏していた。そして終盤、リッキーさんがいきなり切り出した。
「リクエスト・タ〜イム!」
これが意外にウケた。ヘルプやらミスタームーンライトやらタックスマンやら、あちこちから一斉に声があがる。リッキーさんは、お客さんとのやり取りを楽しみながら、ひとつひとつを短めに演奏してたくさんのリクエストに応えていた。リラックスした雰囲気で、まるでホーム・パーティーみたいだ。45分のステージの中での、いいアクセントになった。

リクエスト・タイム終了。このステージ最後のナンバーは<How>。アーティストの顔に戻ったリッキーさんが、しっとりと締めくくった。

NLW No.294に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月27日(日) / その3】

7時にアデルフィ・ホテルに集合。大勢でマシュー・ストリートへ向かう。
リッキー&ザ・ミッシェルが、いよいよキャヴァーンのステージに立つのだ。

今晩のステージは、<Cavern Back>。
ビートルズゆかりのステージではない。再建された際に新しく奥に作られた、少し大き目のステージだ。
別名<ポール・マッカートニー・ステージ>。そう、1999年の12月、Run Devil Run Bandを従えたサー・ポールの“ミレニアム・ギグ”は、ここで行われたのだ。

リッキー&ザ・ミッシェルのギグは、8時スタート。
15分前にバックステージに入ると、2セットあるソファは他のバンドの荷物に占領され、テーブルは空きグラスや空き瓶でいっぱいだった。
今演奏しているバンドの荷物があるのは理解できるが、どうもこれは2バンド分あるように見える。もしかしてスケジュールが遅れているのだろうか…と一瞬心配になったが、間もなくバンドメンバーらしい数人が荷物を引き取りにやってきた。

前のバンドの本編のステージが終わり、アンコールをうながすMCの声が聞こえてきた。キャヴァーンのDJ、ニール・Bの声だ!
アンコールが始まると、ニールが楽屋に入って来た。
「やあ、二ール、久しぶり」
と僕。ニールは
「!? えーと、えーと…??」
と、困っている。僕の名前を思い出せないのだ。

「あれ? 忘れたの? カズだよ。スカウスハウスの」
「カズ!! スカウスハウス!!! いや、ちゃんと覚えてる覚えてる! 髪型変えた? や〜、久しぶりじゃん!」

ジェームス・ディーンばりのハンサムで長身。黙ってればクールでカッコいいニールだが、やたらおしゃべりで、超のつくお調子者だ。みんなに可愛がられている。
ニールと最後に会話をしたのは、サー・ポールのリヴァプール・コンサートの時だから、もう3年前のことだ。そりゃあ忘れていても無理はない。
でも、ちょっといじめてみたくなった。

「な〜にが久しぶりじゃんだよ。忘れてたなら忘れてたって正直に言えば?」
「スマン! カズ! いや、でも忘れてたわけじゃないんだって! 信じてくれよお。な? な? そうだ、くらよしビートルズは元気か?」
「お、ちょっとは思い出したみたいだな。うん、みんな元気だよ。こないだ会って来た。ジョン中本とポール住吉は違うメンバーと一緒にバンド作って活動始めたところなんだ。いいバンドだったよ」
「おーそうか、そりゃよかった! あいつら最高だったよな」
「お、くらよしビートルズのことはよく覚えてるじゃん。俺のことは忘れてるくせに」

「カズ! だから忘れてないって! 頼むよ〜! ところでもしかしてこのバンド、君んとこのバンド?」
「そうだよ、リッキー廣田&ザ・ミッシェル。ヒロタは、ヒロ〜タじゃないぞ。ヒのとこにアクセントだよ。はい、言ってごらん?」
「リッキー・ヒ・ロタ。こんな感じか?」
「お、うまいうまい! ニール、リッキーはスター・ミュージシャンだよ。30年以上ビートルズを演奏している。13年じゃないぞ、30年だ。日本のレジェンドだよ。ちゃんと紹介してくれよ」
「オッケー、レジェンドだな、任せんかい。日本語のMCもつけてやるよ。コニチハ、Liverpoolヘヨウコソ。これであってる?」
「うひゃ〜、さすがニール。うまいうまい!」

「だからさカズ、俺は日本のことがすごい好きなんだって。家でニシキゴイを飼ってるんだぜ!」
「ニシキゴイ??」
「そー、ニシキゴイ。こぉ〜んな大きいやつ」

両手を4〜50センチくらいに広げて自慢するニール。

「へぇ〜、すごいな。1匹だけか?」
「うん、1匹だけ」
「そうか、じゃ来年俺がもう1匹持って来てやるよ。同じくらい大きいやつ。やっ、はっ、お〜っとっとっとっ、とゃぁっ、へっ…ほいっ! って、こんな感じで」

暴れる鯉を必死にお手玉する僕のパントマイムに、ニールはお腹を抱えて大笑い。

「カ、カズ、たのむ! たのむからタイニーなやつにしてくれ。そんな大きなのはいらん! (親指と人差し指で3センチくらいの隙間を作って)これくらい。これくらいのでいいんだ。な?」
「なあに、遠慮するなって。なんならおまけに金魚もつけようか?」
「すまん、許してくれぇ〜〜!」

馬鹿な話をしているうちに、前のバンドの演奏が終わった。

(NLW No.301に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月27日(日) / その4】

リッキー&ザ・ミッシェルが、ついに<ポール・マッカートニー・ステージ>に立った。
ニールのMC(ちゃんと打ち合わせどおりに紹介してくれた。さすがニール!)に続いて、リッキーさんがギターを弾き始める。いつものように<Cold Turkey>でスタート。リッキーさんの表情もいつもどおりクールだ。気負いのようなものはみじんも感じられない。

よしよしと頷きながら楽屋で聴いていると、ニールが駆け込んで来た。叫ぶようにして僕を詰問する。
「カズ! おいカズ! リッキーはどっから来たんだ?」
やけに嬉しそうな顔だ。でもニールが何を言いたいのか、意味がわからない。
「どこから? どこからって…東京だけど?」
「嘘つけ! リヴァプールだろう? ありゃリヴァプールの発音だぜ。コールド・ターキィ〜〜〜〜〜。このィ〜〜〜な! んで、ハズ・ガット・ミィ〜〜〜〜〜。これもだ。そんで、オ〜ン・ザ・ルン。これだ、このルンっっ! もう俺たちの発音とまったく一緒。パーフェクトなリヴァプール訛りだぜ。バンドの音もサイッコー! 思わずPAのボリュームぐい〜〜〜っと上げちゃったもん!」

Fab Fauxなどの超大物バンドをはじめ、毎年何十ものビートルズ・バンドを見てきているニールにこれだけ絶賛されると、こっちだって嬉しくなる。さすがリッキーさんだ。
でもまあ、何割かは僕らへのサーヴィス・トークも含まれているんじゃないかな、と思う。ニールはニールなりに、気を遣っているのだ。オーディエンスもパフォーマーもその周りの人間みんなをハッピーにするのが、MCとしての彼のポリシーなんだと思う。

リッキー&ザ・ミッシェルのステージは大盛況のうちに終了した。
キャヴァーンの外に出ると、そこにYちゃんの姿があった。Kさん、Yさん、Oさん、Nさんと一緒に、食事に行くことにした。もう10時近い。みんなお腹がペコペコだ。
人と音楽ですんごいことになっているマシュー・ストリートを離れて、ボールド・ストリートのエリアへ。しかしここもほとんど同じだった。さすがマシュー・ストリート・フェスティヴァルの真っただ中の日曜日だ。

朝から歩きっぱなしで疲れている我々は、やはり静かなレストランでゆっくり落ち着いて食事がしたい。
ミナコさんに電話して相談してみると、<ニュー・ユーロ・パレス>なら空いているんじゃないかとのこと。なるほど。行ってみると、確かにそのとおりだった。お客さんがいるのは2〜3のテーブルだけだった。ラッキー、助かった〜!

席について、料理を注文。ここはトルコ料理のレストランで、メニューの文字を見てもそれがどんな料理なのかよくわからない。ウエイターにいろいろと教わりながら、セットメニューを頼んだ。
Yちゃんを除いてビール党の我々は、やはりここでもビールで乾杯!
やれやれ、やっと人心地ついたなぁ〜…と、ほっとしたのもつかの間だった。いきなり怪しい音楽が大音響で流れ出した。
嫌な予感がした。我々のテーブルの横には広いダンススペースがある…。

予感は的中した。我々以外のお客さんたちがそこで踊りだしたのだ。
おじさんおばちゃんばっかりだ。活き活きと楽しそうに踊りながら、我々にも「一緒に踊ろうよ」とちょっかいを出して来る。あまりしつこいので、Oさんがそれに応じて踊った。トルコ風のダンスだかなんだかわからないけど、Oさんは結構ノリノリだった。

空腹を満たした後はやっぱりパブでしょ、ということになって、ジャカランダへ行く。
1階と地下は予想通りぎゅうぎゅう詰めだったが、2階は少しましだった。そしてギネスを注文している間に、運よく後ろのテーブルが空いた。気がつくと、Yちゃんを間にはさんで、OさんとKさんが熱弁をふるっている。

リヴァプールではしょうもないギャグを連発するただのおじさんにしか見えないが、そういえば2人とも先生の肩書を持っている。出るところに出れば相当なインテリだ。そのアカデミックな2人が、スーパーマーケットで売っている鶏卵を温めたらヒヨコが生まれるとついさっきまで信じていた天然ボケのYちゃんを相手に、どんな話をしているのだろう…。

なんとなく興味をそそられるものがあるけど、周りの人の声や音楽で僕にはぜんぜん聴こえない。会話に割って入る元気も残っていない。
でもとにかく、OさんとKさんはもちろん、Yちゃんもとても楽しそうだ。よかったよかった。

窓から外を見ると、細かい雨が無数の糸のようになってスレーター・ストリートの喧噪の上に降り注いでいた。
なんだかとても長い1日だった。

NLW No.302に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月28日(月) / その1】

月曜日。3日間にわたって行われる“マシュー・ストリート・フェスティヴァル”の最終日。街をあげてのフェスティヴァル・デイだ。30万人以上の音楽ファンがリヴァプールの街を埋め尽くす。

フェスティヴァルは午後からなので、午前中は毎年、シティ・センターのビートルズ・スポットを訪ねる<ぶらぶらウォーク>を実施している。
9時にアデルフィ・ホテルに集合。今年は全員がアデルフィなので、集合がとても楽だ。
ツアー参加者は、昨日のディングル編のメンバーにYちゃんを加えた8人。おなじみの面々なので、和気あいあいと冗談を飛ばしあいながらのツアーになった。寝不足にもかかわらず、みんな元気だ。

このツアーは、毎年雨が降るというジンクスがある。この日も、最初は晴れていたのに、マシュー・ストリートを目前にしたところでやっぱり降りだした。しかも結構強い雨だ。
10分か15分くらいだったろうか、ビートルズ・ショップで雨宿りしているうちに雨は小降りになり、ツアーを再開するとすぐに止んだ。そしてまたすっきりとした青空が広がった。

ジャカランダでは約束通りドットが待っていてくれた。ジョンとスチュが描いたという地下の壁画は、営業時間中はなかなかゆっくり鑑賞することができないので、オープン前のこの時間帯がベストだ。壁画の大部分は上から塗り直されているので、いわゆる「レプリカ」ということになるが、ほんの一部分だけ、オリジナルのままの状態で残されている。

しかしそのオリジナル部分は、この10年ですっかり色あせてしまった。
遅ればせながら上に透明のプラスチック板を張って保護しているが、以前はむき出しで、触り放題だったのだ。
スチュの造形した特徴のあるポートレートは、可哀想に、今や目を凝らさなければ顔であることさえ判別が難しくなってしまっている。

ツアーの終点はジョン・レノンが学生時代に毎日のように通ったパブ<イー・クラック>。予定時間の12時ほぼちょうどに到着した。ここからは毎年恒例の<スカウス・ランチョン>になる。
リヴァプールの伝統煮込み料理<スカウス>を楽しむこのランチョンのアレンジは、毎年ミナコさんに担当してもらっている。このこじんまりとしたパブは、ミナコさんの「ローカル」でもあるのだ。

ぶらぶらウォーク・ツアー隊に加えて、このランチョンだけ参加の方もたくさんいたので、結構な大人数になった。
しかし参加人数が把握できたのはつい昨日のことだったのがやはり影響したのだろう、今年のスカウスはとてもあっさりしていた。まるでポトフという感じだ。どろどろになるまで煮込んだスカウスが好きな僕としては、ちょっと残念だった。スカウスは、やっぱり煮込む時間が必要なのだ。

それでも、みなさんにはそれなりに満足してもらえたようだった。せっかくなので、シェフを呼んで記念撮影をした。これも恒例行事になりつつある。
毎年のことではあるけれど、イー・クラックは温かく我々をもてなしてくれた。ヴェジタリアン用のスカウスもちゃんと用意してくれていたし、パンもスカウスもいくらでもお代わり自由だった。ミナコさんにも感謝しよう。

お腹もいっぱいになったところで、さあ、街に繰り出そう。いよいよフェスティヴァルだ!

NLW No.304に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月28日(月) / その2】

最終日の“マシュー・ストリート・フェスティヴァル”は、6ヶ所の野外特設ステージと、80カ所以上のインドア・ヴェニューで8時間延々とライヴ演奏が繰り広げられる。

しかし我々がまず向かったのはライヴ会場ではなく、マシュー・ストリートのビートルズ・ショップ階上にあるギャラリーだ。
ここは以前、ビートルズ関係の作品を専門に扱う<マシュー・ストリート・ギャラリー>だったところだ。
残念ながら去年の春にクローズして今は違うギャラリーになってしまっているのだが、<ビートル・ウィーク>期間中に限って、“ビートルズ・ギャラリー”として復活するのだ。

今年の展示の目玉は、1969年のビートルズを撮影したフォトグラファー、ビル・ジグマントの作品群だった。ビルさん本人も土曜日の午後にギャラリーに来てサイン会をした。事前にギャラリーのスタッフから教えてもらっていて、ぜひ行きたかったのだが、残念ながら行けなかった(…だってアンフィールドでの試合観戦にウールトン&ペニー・レーンのウォークツアーがあったんだもん、どう考えても無理だ!!)。 
でもまあ作品だけはちゃんと見ておかねばと、この日にお客さんたちと一緒に行くことにしたのだ。

ビルさんの写真は、見たことのないものもたくさんあって、とても興味深かった。ビートルズ以外にも、やさしい笑顔のジミ・ヘンドリックスや可愛らしいメアリー・ホプキンの写真を見ることができた。
ひととおり見て、スタッフのアン=マリーに挨拶をして帰ろうとしたところで、部屋の隅にいる人物にふと気がついた。
どこかで見たことあるような気が……あ〜っ! ロバート・ウィタカーさんだ!!

1966年のビートルズのフォトグラファーで、日本公演にも同行したボブさんには、去年もここで会っている。そして幸運にも、我々スカウスハウス一行は、ボブさんに写真を撮ってもらうというハプニングを体験したのだ。

また会えて嬉しいですと話しかけると、ボブさんは、先々月に日本に行って来たばかりなんだと言った。
「ああそうか、来日40周年記念でしたもんね。日本はどうでした? 気に入りました?」
「好きだよ。日本人は好きだし、日本の文化もすごく好きだ。でも日本の街は…正直言ってあまり。だって日本らしさってものがないじゃないか。どこ見てもビルばっかりで。日本には独特の美があるのにね。西洋のマネをする必要なんてないのにね」
まったくそのとおりだ。ボブさんの鋭い指摘に、我々はただただ頷くことしかできなかった。

ギャラリーを出て、人波をかき分けるようにしてマシュー・ストリートを突っ切って、ウォーターフロントへと向かった。
ちょうど、Yちゃんのお気に入りのバンド<ロックス・オフ>が、ストランドの野外ステージで演奏している時間だった。
スウェーデンのストーンズ・トリビュート・バンド、ロックス・オフは、ここ数年、毎年フェスティヴァルに招待されている。本物もびっくりの熱いパフォーマンスは今年も健在で、ぎっしり集まったオーディエンスを沸かせていた。

その後はピア・ヘッドのビッグ・ステージに行ってみたのだが、予想以上の混雑ぶりで途中からまったく進めなくなってしまった。仕方なく引き返して、デール・ストリートのステージ(どんなバンドだったか思い出せない)を観ながらチップスをパクついて(他のお客さんはホットドッグだったかな?)いるところに、なんとミナコ&イアンのジャクソン夫妻にばったり遭遇。こんな何十万人も集まってるところで会えるとは。
これだよなあ、これがリヴァプールのマジカルなところなんだよなあと、あらためて実感する。

その後、ロンドンに移動するYちゃんと別れて、Kさん&Yさんと一緒にビール休憩。
この日はどこのパブも人でぎっしり満員だったが、クィーン・スクエア裏にあるケインズ直営パブ<Dr. ダンカンズ>まで行くと、少し落ち着いて座ることができた。

ケインズのビターで乾杯。しみじみ美味い。この日のこの時間のこの場所のこの1杯。フェスティヴァルの高揚と心地よい疲労が、ビールと一緒になってじわんとしみ込んでくるような充実感。
まさに至福の1パイントだった。

NLW No.305に掲載)



【利物浦日記2006 / 8月28日(月) / その3】

午後7時からはリッキー&ザ・ミッシェルのギグ。昨日に続いてキャヴァーン・バックでのステージだ。
ファンクラブのみなさんと一緒にマシュー・ストリートに到着したのは、その1時間前の6時。リッキー&ザ・ミッシェルが、NHKの取材を受けることになっていたのだ。
インタヴューを収録後、バンドがマシュー・ストリートを歩いてキャヴァーンへ向かうシーン、そしてキャヴァーンに入るシーンを収録。僕は画面に入らないように気をつけていたのだが、9月にオンエアされた映像を観ると、バンドをキャヴァーンにエスコートする姿がしっかり映ってしまっていた。ちょっと嬉しかった。

楽屋に入ってスタンバイ。
偶然にも、リッキー&ザ・ミッシェルの前のバンドは、昼間にストランドで観たロックス・オフだった。野外ステージとまったく変わらないハイテンションでオーディエンスを盛り上げている。
楽屋でのリッキーさんは余裕の表情だ。そしてさすがの分析。

「へえ、ローリング・ストーンズのバンド? すごなあ。みんなよく似てるね。でもヴォーカルはもうちょっとかな」
え? ダメですか? 上手いと思うけどなぁ。
「うん、もっとさ、こんなふうにしないと。あぁ〜〜いきゃぁ〜〜んげぇぇ〜っのぉおぉぉ〜〜♪」
なるほど、下品さが足りんと?
「そう、上品なんだよ。もっと下品さがほしいね〜」

などと評論をしているうちに、ロックス・オフのメンバーが楽屋に戻って来た。本編のステージが終わったのだ。
みんなものすごく疲れている。特にヴォーカルのトニーは息も絶え絶え、まさにノックアウト寸前という感じだ。「お疲れさま」と声をかけても、笑顔で頷くのが精いっぱい。肩でも叩こうものなら、がらがらと崩れてしまいそうだ。無理もない、あんなにすごい全力投球のパフォーマンスを、連日何度も繰り返しているのだから…。

しかし客席からはすさまじいコールが聴こえてくる。
MCのニールが、
「もっと聴きたいかぁぁ〜〜〜〜!?」
とオーディエンスを煽る声も響いてくる。

30秒ほどだったろうか、それとも1分も経ったろうか、トニーがよろりと立ち上がりステージに出て行った。他のメンバーも続く。
客席からフル・ヴォリュームの歓声が沸きおこった。グッドラック!

ロックス・オフと入れ替わりにニールが入って来た。また馬鹿な話をしているうちにあっという間にロックス・オフのアンコールが終了。リッキー&ザ・ミッシェルの出番になった。
すっかりおなじみ、ブルージーな<Cold Turkey>でスタート。その後はビートルズ初期・中期・後期、あるいはソロのナンバーをとり交ぜての選曲でステージは進む。オーディエンスも昨日よりも盛り上がっている。
ステージの袖からさすがだなあと感心して観ていると、間奏のときにリッキーさんが近寄って来た。

「カズさん、あと何分?」

うっかり忘れていた。
リッキーさんはステージに上がってからその場その場で演奏する曲を決める。つまりセットリストというものがない。セットリストがないということは、残り時間の計算が難しいということなのだ。終盤の選曲にもかかわってくる。
急いでニールに相談した。
「う〜ん、そうだな、押してるから、あと2曲だな。そのあとアンコールに1曲行こうか」
時計を見ると、確かにスケジュールはかなり遅れていた。次のバンド、リンガーもスタンバイしている。

ステージの袖に戻ってリッキーさんが近づいて来るのを待つが、一向にやって来る様子がない。こちらを振り向きもしない。曲が終わっても、すぐ次の曲に入ってしまった。
仕方がないので楽屋を出て客席に入り、中腰で最前列を横切り、リッキーさんのまん前にしゃがんだ。ちょうど<Helter Skelter>を熱唱中のリッキーさんだったが、すぐに気付いてくれた。「この曲を入れてあと2曲」と手で合図をすると、シャウトしながら小さく頷いてくれた。うまく行ったと安心するよりも先に、リッキーさんの冷静な対応にあらためて感心してしまった。あれだけ激しい曲を演奏している最中に、よくこんなに冷静でいられるものだ。プロフェッショナルの真髄を見た気がした。

しかし僕の伝え方がまずかったようだ。
リッキーさんは「この曲が終わったらあと2曲」と判断したのだろう、いったん終了するはずのところで終わらず、そのまま<Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End>のメドレーに突入してしまった。ニールがステージに出ようとしたが間に合わなかった。

ここで再びニールと相談。
「カズ、悪いけどアンコールは無理だよ。これ以上伸ばせないし、リンガーにもずっと待ってもらってるし。これで終わりにしよう」
オーケー、ニール。残念だけど仕方がない。

曲が終わって、ニールが飛び出して行った。リッキー&ザ・ミッシェルを紹介して、バンドを楽屋に帰す。そして時間が押してるのでこれで終わりです、ごめんなさいと説明するニールに、オーディエンスからはブーイングの嵐が浴びせられている。素晴らしいパフォーマンスだったから、誰もがアンコールを望んでいるのだ。もっともな話だ。僕だってアン
コールを聴きたい。

オーディエンスを納得させようと一生懸命になっているニールの後姿を見ていて、ちょっとしたいたずら心が湧いた。僕の姿は、オーディエンスからはよく見えるけれど、ニールには見えない…よっしゃ!

ステージの袖から少し出て、バンザイというか胴上げというか、「もっとやれぇ〜〜」というジェスチャーを繰り返してオーディエンスを煽る。もちろんみんな大喜びで反応してくれた。「モー! モー!」の大合唱はどんどんどんどんヴォリュームアップして行った。
ニールとしてはたまったものではなかっただろう。オーディエンスをなだめようとすればするほど、盛り上がりは静まるどころか、ますますヒートアップするのだから。

しかしさすがにニールも、何かヘンだということに気がついて、くるりと後ろを向いた。そこにはバンザイポーズの僕…うわっ、見つかってしまった!

「こらぁカズ!!」

ニールの怒鳴り声に背中を向けて、一目散に楽屋へと逃げ帰る。しかしニールは許してくれなかった。「カズ! こっちこい!!」と何度も呼ばれて、すごすごとステージに出て行った。

キャヴァーンのステージの真ん中で、僕をそばに立たせたニール。何をするのかと思ったら、オーディエンスに僕のことを紹介しだした。日本から素晴らしいバンドを連れてくるのはコイツだとか何とか…。
しかし時間がないというのに、ずいぶんゆっくりとした紹介の仕方だった。早くしろばかやろう、と何度も言おうとしたけど、言えなかった。恥ずかしさと緊張のせいだ。なにしろここはポール・マッカートニーが実際に立ったステージで、目の前には熱狂的なビートルズ・ファンが何百人もいるのだ。

いちばん印象に残っているのは、スポットライトの強烈さだ。眩しすぎて客席がまったく見えなかった。そして、ものすごく熱かった。
最後にニールが、
「カズの会社の名前はな、サイコーなんだぜ。なんていう名前かって言うとだな、いいかみんな、よく聞けよ、スカウスハウスって言うんだぜ!」
と言って、歓声と笑い声と拍手が沸いて、やっと解放された。

後でKさんに会ったとき、「あれはMCのテクニックだな」と言われた。
「どういうことかっていうと、あれだけ盛り上がってしまった後で客を納得させるのはほとんど無理だよ。だからカズさんを利用したんだ。ゆっくりゆっくり説明する間に客の興奮を醒まして、最後はハッピーにして終わらせたってことだよ」

…なるほど、そういうことだったのか。やれやれ、結局はニールの思うつぼだったわけか…まあでも、そんなに悪い気はしなかった。
考えてみると、キャヴァーンのステージで拍手を浴びるなんて経験、なかなかできるもんじゃない。

ひとつ残念なのは、この時の写真が手元に1枚もないことだ。
もしも読者の方で、僕とニールがキャヴァーンのステージで並んでいる姿を撮影した方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください!

NLW No.306に掲載)



【アウトロダクション】

「利物浦日記2006」は、以上でひとまず終了です。結局、《スカウスハウス・ツアー》の終わりまで紹介することができておりません。スカウスハウス・ツアー2006ページにざっと掲載しているように、この後もいろいろとアトラクションは続くのですが…すみません。
いずれ、機会がありましたら、続きを書いてみたいと思っています。期待せずに待っていてくださいね。
(2008年1月14日 山本 和雄)



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