第10話 <なごやかなエンディング>
スタジアムに足を踏み入れた瞬間から、気分はもう雲の上でした。
まずユニフォームを着こんでスタンバイ。外のパブでは何も食べられなかったので、売店でデニッシュパイとコーヒーを買って腹ごしらえをします。
そして、いよいよスタンドへ…。
ピッチ上ではビラの選手がウオーミングアップを始めていました。
スタジアム自体はそれほど大きすぎず、コンパクトにまとまった感じです。客席とピッチとの近さや、芝生の美しさにいちいち感激してしまいます。一応ブロックごとの仕切りはあるのですが、その範囲内ならピッチ際まで近づけるので、嬉しくなってついウロウロ。
そうこうするうちに、コーナー付近の入口でざわめきが起こりました。なんと、ルイス・ガルシアが私服で出てきたのです。てことは、今日はサブにも入らないわけですか。CLの決勝に向けて温存でしょうか。ちょっとがっかり…(それにしてもフツーのお兄さんだよなあ…)と、目の前を通り過ぎるガルシア君をぼーっと眺めていると、おっと、続いて登場したのはモリエンテスじゃありませんか! ベルベットのジャケットにジーンズ姿で、お子さんの手を引いていました。残念、彼も出ないんですね。目の前でプレーする姿を観たかったのに。ショックのあまり(ホントは見とれていて)、写真を撮るのも忘れてしまいました。声をかけたら振り向いてくれたけど、違う方向を見てたよなあ…。
セミファイナルの日はすさまじい盛り上がりだったようですが、今日の Anfield は、日曜日の午後に相応しく、のんびりゲームを楽しもうという雰囲気でした。少し拍子抜けしましたが、これはこれでいいのかも知れません。
今日の最終戦が終われば、あとは10日後のチャンピオンズ・リーグの決勝を残すだけ。イスタンブールでの決戦に備えて、KOPのみなさんも力を温存しているのかも知れない。
ビラのサポーターが結構気勢をあげているのも意外でした。
やがて歓声と拍手に迎えられて、レッズの選手がピッチに登場、ウオームアップを始めます。私の席は Anfield Road スタンドのコーナーフラッグから少し上がった位置。ちょうど反対サイドになるので、遠目で分かりづらかったのですが、バロシュらしい長髪の姿を確認しました。スタメンのアナウンスは、ちょっと聞き取りづらかったけど、シセ、キューウェルの先発とジェラードの不在は確認できました。残念。キャプテンも見たかったのに…。
そろそろ試合開始時刻です。『 You'll Never Walk Alone 』のメロディーが流れ、みんなでマフラーをかざして大合唱。おなじみの巨大なフラッグが向かいのKOPスタンドに掲げられ、プレミアリーグのテーマも雰囲気を盛り上げて、いよいよキックオフ!
今日のレッズも、立ち上がりは微妙で、ビラに何度もチャンスを作られていました。ビラサポの盛り上がりようにはちょっとイライラ。KOPのみなさんも、押されている場面では意外におとなしいような気がします。
それでも、ときどきわいてくる選手のチャントに(ああ、こうやって盛り上げるんだ〜)と納得。
前半、シセがエリア内で倒されてPKを得ると、これをキレイに決めて先制ゴール。その後、右サイドからの崩しで、ホセミが攻めあがり、シセへ絶妙なパス、これをきっちり決めて2点目。やった〜! シセの復活ゴールを見られるなんて!
レッズが攻め込んでくるたびに周りのサポーターがダーッと立ち上がってスタンバイ。決めたときには大盛り上がり。これを一緒にやってみたかったんですよね〜。
コーナーを蹴るアロンソを至近距離で見られたのも感激でした! 今日も攻撃の起点になって奮闘、たくさんのアロンソ・コールが湧いていました。前半はいい攻めの形が出来始めて、もう1、2点入りそうな勢いでした。
ところが、後半は押しこまれ気味になり、スピードに乗った攻勢にヒヤヒヤの連続。私も思わず危ないよ〜! 勘弁して! と日本語で叫んでしまいました。
DFの裏に抜けられたり、カーソンがボールの処理を誤りそうになった場面では、若い女性サポからも厳しいヤジが飛んでいました。レッズもセットプレーからのリーセのシュート、バロシュの突破など、チャンスはあったものの決めきれず。逆に、DFラインを崩されて1点返されてしまいました。
結局、前半の2点を守りきり、なんとか勝利で最終節を締めくくることができました。
勝ったからいいようなものの、押し込まれてヒヤヒヤさせられる場面、パスが上手く通らない場面、ディフェンスの隙なども相まって、ドローにならなかったのが幸いでした。
ヒーピアがいないセンターは不安定だし、この日のウォーノック、キューウェルの出来はいまひとつ。
ファイナルではどう修正してくるのでしょうか。一抹の不安が残りました。
ゲーム終了後、選手、マネージャー、サブメンバー一同が揃って、ゆっくりピッチを一周し、大きな歓声で迎えられました。なかでもひときわ声援を受けていたのは、リーセ、キャラ、スティーヴィー、そしてラファだったと思います。小さなお子さんを抱っこする選手、子どもの手をひいたり、肩車をしている選手など、それぞれの姿がほほえましく、ファンのサポートへの感謝や、家族との絆を大切にする気持ちが伝わってくるようでした。
何ヶ月も待ち焦がれ、このために地球を半周飛んできたわりには、あっという間の90分でした。
ピッチではごく当たり前のように、あのバロシュが、シセが、リーセが、所狭しと駆け回り、アロンソがコーナーを蹴り、ミスにはヤジが飛び、輝いている選手にはコールが沸き起こりました。それが特別なものではなく、身近で、日常的な風景のように繰りひろげられているのが、何とも羨ましく思われました。
YNWAの歌声と、Anfield の空気と、ひとつになれる瞬間は、何ものに
も代えがたい経験でした。
そうして最終戦の雰囲気を十分満喫したはずでしたが、いざ終了となると、しばらくゲームは見られないし、次はいつ来られるか分からないという寂しさが、ひしひしと感じられるのでした。
後ろ髪をひかれる思いで駐車場まで来ると、たくさんのファンがゲートの周辺に群がって出待ちをしていました。みんなも気持ちは同じなんですね。普段は滅多にしないのですが、選手を見送ってから帰ることにしました。
1人ないしは2人ずつ、ゲートを開けて、車を出していきます。彼等が一様にスーツで決めているのは、この後レセプションでもあるからでしょうか。
珍しいスーツ姿が決まっていたジェラード、意外とファンサービスは少なく、足早に去って行きました。キャラとリーセはやっぱり人気者。アロンソはノーブルな雰囲気を漂わせつつ、さっそうと帰っていきます。お子さんを乗せたベビーカーを押していくガルシア君には、すごく親近感を覚えました。キューウェルはサインを求めるファンに応じていたようです(人垣でお姿は見えず…)。
車がやたら目立っていたのはシセとモリエンテス(疎いので車種は分かりませんが)。シセのはロールスに似た感じのシルバーの車で、不思議なデザインのタトゥーのようなマークがついていました。いちど見たら忘れないでしょうね。モリエンテスのは、いかにも…な感じのスポーツタイプの車。あれで市内を走ったらかなり目を惹きそう。最後に出てきたモリエンテス、今日は出番はありませんでしたが、子どもたちからかわいい声援を受けていて、なんだかほっとしました。
みんなを見送ったあと、反対側の出口へ向かおうとしたら、オフィシャルのエントランス付近に、監督の出待ちと思しきファンの人だかりが見えました。
せっかくの機会だから、ラファのお顔も一目見てから帰ることにしましょう。
20分あまり待ったでしょうか、リック・パリー氏に続いて、監督が出てきました。ちょっとしたアイドルをお迎えするようなノリです。ラファもマメで、その場にいた40人くらいのファンのほぼ全員に、サインをしたり、記念撮影に応じてくれました。
近くで見る彼は、フツーのスパニッシュのお父さんといった感じで、試合中に見せるピリピリした雰囲気はなく、ファンとのやりとりを楽しんでいるようでした。
私もマッチ・プログラムにサインをしてもらい、『グラシャス!』と伝えたら、なんともいい笑顔がこぼれました。リズさんは、『彼はあまり笑わない』と言ってたけど、可愛いい笑顔じゃありませんか! 『ファイナルも期待してます』とか、言えればよかったんですけどね…。帰り際には、スレンダーでクールビューティな奥様が登場、お2人で、シルバーグレーのBMWで帰っていかれました。
サポーターが彼に寄せる信頼には絶大なものがありそうだし、ラファ自身もそれを意気に感じていて、彼等を非常に大事にしているようでした。CLの決勝でも、お互いにとっていい結果が出るように、願わずにはいられませんでした。
ラファが帰ってしまうと、辺りは閑散とした感じになってきました。日も傾いてきたし、そろそろいい時間です。気持ちは離れがたいけど、帰らなくては。祭りのあとの寂しさにひたりながら、Anfield
を後にしました。もし Anfield がご近所にあったなら、毎週でも、週2日でも通って来るのにと思いながら…。
(つづく)
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